139 王都へ 1
「結局、黒幕は分からず終いか……」
あれから、訊問を続けた後、男達を警吏に引き渡した。褒賞金と犯罪奴隷売却益の分け前は、後日貰えるらしい。
勿論、そのお金は孤児達のために使うつもりである。……そんな大金を現金で渡したりすれば、その日のうちにゴロツキ連中か他の孤児達の集団に襲われるだけなので、そこは、色々と考える必要がある。
訊問している間に、ベルにロランドを呼びに行かせたため、警吏との話し合いはスムーズに進んだ。ロランドの存在価値は、対外的な話し合いが楽になる、ということ以外には全くないから、こういう時くらいは役に立って貰わねば、養ってあげている意味がない。
フランセットが仕事(レイエットちゃんの護衛)で不在だったため、ひとりで出掛けており、私と一緒に来なかったロランドが、『どうして、せっかくの見せ場に……』と文句を言っていたが、いなかった自分が悪いんじゃないの。私に文句言っても知らないよ!
とにかく、誰が見ても貴族のボンボンにしか見えず、しかも剣士としてもそこそこ強そうな風体のロランドがいれば、未成年の子供や成人直後の若者にしか見えない平民数人が訴えるのとは比べ物にならない効果がある。
うん、便利に使えるものは、何でも使った方がお得だからね。
そういうわけで、孤児達へのフォロー、男達の引き渡しを終えて、『便利な店 ベル』に帰ってきたんだけど……。
「まぁ、実行犯に全てを教える雇い主とかは、いませんよね、普通……」
フランセットが言う通り、そんなことをする黒幕はいないだろう。
まぁ、まだ私のことを疑っているか、もしくは髪や眼の色についての新情報をまだ得ていないかの、王宮、貴族、商人達のうちのいずれかの手の者に雇われた、使い捨ての犯罪者なんだろうな、多分。
……それはいい。
うん、それはいいんだ。
攪乱情報に惑わされなかった切れ者であろうが、攪乱情報すら入手できなかった情報弱者であろうが、私を利用しようと考えた者であろうが、みんなそれなりに自分達や部下、係累、そして自領の領民達の利益のために必死で活動している者達なのであろうから、それはいいんだ。
……だが、レイエットちゃんや孤児達に危害を加えようとした。
てめーらは、駄目だ。
「……潰す」
「はい?」
フランセットが、少し音程の狂った声を上げた。
エミールとベルは、黙って頷き、ロランドは、軽く肩を竦めるだけ。
そう、いつもの反応である。いつも通りの……。
そして、その日の夕方、ひとりのメイドが『便利な店 ベル』に買い物に来て、そして帰っていった。支払いの時に、銀貨と一緒に小さな紙切れを渡して。
『王都の貴族から、呼び出しあり。寄親であるマスリウス伯爵が所属する派閥の長であるため、拒否できず。説明する内容について打ち合わせの要ありと認む』
「……丁度いいタイミングだね。じゃあ、いっちょ、やりますか……」
にやり。
* *
「では、留守の間のことは任せましたよ」
「はい。行ってらっしゃいませ、お嬢様」
あれ、マリアルは今は子爵家の娘ではなく、自分自身が子爵様なんだけど、呼び名は『お嬢様』のままなんだ……。
まぁ、独身でこの若さで『奥様』もないし、『御主人様』ってのも似合わないよねぇ。
それに、使用人達は長年『お嬢様』と呼び慣れているだろうし、こりゃ、結婚するまでは『お嬢様』のままだな、多分。
マリアルは、寄親であるマスリウス伯爵が所属する派閥……ということは、マリアル自身の、レイフェル子爵家が所属する派閥ということなんだけど……、とにかく、そこの長、リーダーである侯爵様からの御招待、という名の召喚命令が来たために、王都へと向かうことになった。
マスリウス伯爵は、一足先に王都へ向かい、色々と根回しをしてくれているらしい。
そして、なぜ私が今、ここにいるかと言うと……。
「では、参りますよ、カオル」
「はい、お嬢様!」
こういうわけである。
マリアルからの連絡を受けた後、洗濯メイドや皿洗いメイド達、つまり使用人の中でも下級でありノーマークであろう者達に手紙を持たせ、何度か連絡を取って立てた作戦が、これである。
うん、私、侍女。マリアルはもちろん、女主人。そういうわけだ。
レディースメイドは上級使用人であり、若さの割にはかなりの特権がある。ハウスキーパーの人事権が及ばないとか、特別待遇だ。女主人にべったりくっついていてもあまり不自然ではなく、色々とやりやすい。
そして、その他にも、色々と……。
フランセット、ロランド、エミールは、騎馬護衛。
ベルは、子守りメイド。
レイエットちゃんは……子守られメイド?
……って、何じゃそりゃ~~!
いや、ベルに子守りをされる係だ。その役職は、私が作った。
そして更に。
エド他4頭は乗馬と替え馬要員。
レイフェル子爵家の護衛が乗る乗馬、マリアルや使用人達が乗る馬車の馬。
犬や鳥たちは希望者多数のため、選抜した精鋭チームに。
よし、王都襲撃の準備はバッチリだ!
……いや、やんないけどね。
この陣営で、王都に殴り込……まない。
マリアルは、呼び出された相手が派閥の長である侯爵様だし、派閥の主要貴族や王族、そしておそらくは神殿の連中に対しても『客寄せパンダ』ならぬ『客寄せ愛し子』として、女神の加護と寵愛は我が派閥にあり、という宣伝に利用されるのは、ほぼ間違いない。
なので、どこまで喋っていいのか、いや、全てを喋るよう要求されるに決まっているから、追い詰められた場合にどうすればいいかと不安でいっぱいなのであろう。
レイフェル子爵家、そして大恩あるマスリウス伯爵家の立場を悪くするわけにはいかず、派閥の長や王族、そして神殿に対して喧嘩を売るわけにもいかない。それは、困るだろう……。
そして私は、マリアルを助けてやりたいという思い、私のことをぺらぺらと喋られては堪らないという思い、人知れず王都に潜入してレイエットちゃんに危害を加えようとした連中を『プチッ』とするという目的から、マリアルの王都行きに便乗したわけである。
……自分達にも一口乗らせろ、と言い出した犬軍と鳥軍の連中の中から選抜した連中と共に。
勿論、目立たないようにと、みんな、マリアルの護衛や使用人として紛れ込んでいる。
レイフェル子爵家王都移動部隊そのものを目立たなくさせるという無謀な試みは、最初から放棄されている。
……数十匹の犬に取り囲まれ、数十羽の様々な種類の鳥たちが上空を舞い、前方や周囲の哨戒や掃討を行いつつ進む数台の馬車を、どうすれば目立たなくすることができるというのか……。
あはは……。
他の者は別の馬車に乗せて、マリアル、私、ベル、レイエットちゃんの4人だけとなった馬車の中では、色々と質問攻めにしてくるマリアルの攻撃を必死に躱し、チャンスとばかりにレイエットちゃんを独り占めにするベルに文句を言い、休憩時にはエドに『どうして俺に乗らない!』と青筋立てて怒られ、散々だった。
そして、王都へ到着する前日。
来ました。遂に来ました、本来は充分な護衛が付いた馬車を、しかも明らかに貴族の馬車と判るものを襲う馬鹿など滅多にいないのに、待ち構えていた盗賊達が。
王都の近くで貴族の馬車を襲ったりすれば、襲われた貴族家、そして面子を潰された王家と王都軍が全力で報復に出る。
放置したりすれば、舐められて次々と貴族家の馬車が襲われたり、他国から侮られたり、商人を含め、王都に向かう馬車が激減して大打撃になったりするから、当然のことである。
そして、更に……。
『あいつらの更に前方に、きれいに並んだ、大勢の人間が立ってるよ!』
前方の哨戒機から伝令が1羽やってきて、馬車の突起部分に止まってそう報告した。
ほほぅ……。
「みんなを呼んできて。爆装よ!」
『わかった!』




