138 はじめての御使い 5
「……で、どういうことかなぁ……」
「あ、いえ、その……」
「どおおぉういうことなのかなあああぁ……」
カラスから『緊急事態発生、カオルの出動を求む』との連絡を受け、全力疾走で飛んできたカオル。そして。
……怖い。
カオルが、怖かった。
主に、その目付きが……。
「私は、なああぁんて言ったかなあぁ、フランセットオオォ……」
「あ、あの、そのぉ、も、申し訳ありません!!」
必死で謝るフランセット。
いくら生理的現象であり仕方なかったとはいえ、護衛対象から眼を離し、ほんの数分とはいえ、異変にすぐに気付けない場所まで離れたのは、明らかに自分の過失である。
本当は、そういう事態に備えて交代要員のことを考えておかなかったカオルの責任も大きいが、フランセットは、他者に、それも女神様に責任を転嫁できるような人間ではなかった。そのため、現場を見た瞬間に逆上したカオルに責められっ放しであった。
「カオル、そんなことより、早くレイエットにポーションを!」
「あっ!」
カオルの護衛としてベルと共に一緒に来たエミールにそう言われるまで、そんな当たり前のことすら頭に浮かばなかったカオル。相当な逆上具合というか、動転しているようである。
「レイエットちゃん、これ飲んで!」
まだ怪我をしている孤児が4人いるが、カオルが来た以上、ポーションの本数など関係ない。下手に自分が『私は後でいいから』とか言い出した方が、揉めて時間が無駄になるだけ。カオルの性格と今の状況から正しくそう判断したレイエットちゃんは、黙って差し出されたポーションを飲み干した。
「よかった……。それで、いったいどうして……」
「その前に、みんなにもポーションをあげて!」
「え? う、うん、分かった!」
どうやら、頬をパンパンに腫らして涙の跡を付けたレイエットちゃんが地面に横たわっているのを見た瞬間から、他のものは何も視界にはいっていなかったようである。孤児達も、こひゅー、こひゅーという空気音を漏らすだけの肉袋も、芋虫のように這いずっている肉塊も……。
* *
「で、どういうことかな?」
残りの孤児達にポーションを飲ませ、その後、レイエットちゃん、フランセット、狐につままれたような顔の孤児達、そして地面に転がったままの肉袋と肉塊を前にして、『怒りの表情を抑えたつもり』のカオルが、低い声でそう尋ねた。
((((((((こ、怖いいぃ……))))))))
そして、フランセットとレイエットちゃんから状況を聞いたカオルは、次に、肉塊から話を聞くことにした。フランセットに左腕を切り落とされ、残りの手足を折られた方である。肉袋の方は、とても話が聞けるような状態ではなかったので……。
「で、誰に頼まれて、どういう目的で、何をしようとしたのかな?」
「…………」
痛みと恐怖で顔を引き攣らせてはいるが、小娘に凄まれたくらいでぺらぺらと喋るつもりはないようであった。
「そう……」
どうやら、素直に喋る気はなさそうである。そう思ったカオルは、服のポケットの中に手を入れると、そこに塩化ナトリウムを創りだした。そして、それを掴み、ポケットから手を出すと……。
「えい!」
男の、左腕の切断面に向けて投げつけた。
「ぎゃあああああああ~~!!」
((((((((ひいいいいいぃ!!))))))))
フランセット、レイエットちゃん、そして孤児達は、その悪魔の所業に震え上がった。
エミールとベルは、平然としている。ふたりにとって、カオルがやることは、全て正義。なにをやろうと、それは当然のことなのである。……そしてふたりは、可愛い妹分であるレイエットちゃんが傷付けられたこと、そして孤児達が半殺しにされたことに対して、静かに怒っていた。ふたりにとっては、自分達より年下の孤児達は皆、全て後輩であり、弟分、妹分であった。
そしてカオルは、転がっていた、男の左腕を拾い上げた。
「今なら、私が持っているポーションを使えば、くっついて治るんだけどなぁ。綺麗にすっぱりと切れているから。……でも、切断面がぐしゃぐしゃになると……」
そう言いながら、腕の切断面を、腕と一緒に落ちていた短剣でぐりぐりするカオル。
「や、やめろ、やめろおおおおおぉ~~!!」
そして更に、短剣で指の爪を剥いだり、ぐさぐさと適当に突き刺してみたり……。
「や、やめ、やめて、やめてくれええぇ~~」
斬り落とされた腕をいくら傷付けても、痛みなど感じるはずがない。なのに、どうしてそんなに取り乱すのか。
……などと疑問に思う者など、この場にいようはずがなかった。
孤児達は皆、蒼白になってガタガタと震え、何人かは蹲って吐いていた。
「あ~、こんなに切断面がぐちゃぐちゃになっちゃうと、くっつかなくなっちゃうかもねぇ……」
そう言いながら、更にぐりぐりし続けていると……。
「ま、待って、やめてくれえぇ! お願いだ、治して、くっつけてくれええぇ!」
そして、カオルが返事もせずにぐりぐりを続けようとすると……。
「喋る! 何でも喋るから、やめて! くっつけてくれええぇ~~!!」
「……というわけで、王都で雇われて、私に言うことを聞かせるために、身内で一番簡単に攫えて捕らえておくのも簡単、食費も安上がり、用済みになれば売り飛ばせるレイエットちゃんを狙うよう指示された、と?」
「は、はい!」
一応、斬り落とされた腕をくっつけてやった男が、やけに素直に返事した。
くっつけたとは言っても、一瞬で完全に治ったというわけではなく、少しずつ治る劣化ポーションを掛けた後に副え木で固定、ぐるぐる巻きにしただけである。このまま動かさなければくっつくであろうが、下手なことをすると、再びポロリと落ちるだろう。
……ポロリもあるよ、というやつである。
「ふぅん、そうか」
感情の籠もっていない、平坦な声。
それを聞いた孤児達は、あ、やはりこの人達はレイエットのことを『どうでもいい者』と思っているんだ、と考えた。
「ふぅん、そうかあぁ……」
ぞくり
「ふうううぅん、そおおぅかあああぁ……」
「「「「「「ぎゃああああぁ!!」」」」」」
カオルの顔を見ていた孤児達が泣き出した。誘拐未遂犯のふたりは、蒼い顔をして引き攣っている。
肋骨を折り砕かれた男も、内臓の損傷は治癒されている。しかし折れた肋骨自体はそのままなので、今、そこを殴られたりすると、再び内臓に刺さって致命傷となるため、子供相手であっても抵抗できない状態である。
その男に与えたポーションは『ただの強力な痛み止め』と説明してあり、元々内臓は無事であったという設定であるが、骨が折れていることくらいは本人にも分かっているであろう。
「じゃあ、もう少し詳しい話を聞こうかぁ……」
こくこくこくこく!
圧倒的な武力を誇る、凄腕剣士。
異様な威圧力を持つ、無慈悲な少女。
そしてその少女の残酷な言動に顔色ひとつ変えない、狂信者のような眼をした若手ハンターらしき男女。
もし何かあれば全力で自分達を殺しに掛かるであろう、木切れや石を握り締めた孤児達。
下手なことをすれば、殺される。
殺人未遂と誘拐未遂。
これだけの証人がいれば、警吏に死体を引き渡せば褒賞金が出て、勿論罪に問われることはない。なので、この連中が、自分達の敵に対して慈悲を与えねばならない理由はない。せいぜい、『生きたまま引き渡した方が、死体を運ぶ手間が省けるのと、犯罪奴隷として売る代金の一部が貰える』という利点がある程度である。
そしてそれすらも、『孤児達に手出ししようとした者の末路』として、将来的な、孤児達全員を守るための見せしめ効果を重視した場合、なぶり殺しという選択肢を選ばれる可能性は、決してそう低くはなかった。
全面的に降伏し、反省の意を示し、慈悲に縋る。
それ以外に、このふたりが助かる……、いや、生き延びる方法など存在しなかったのである。




