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137 はじめての御使い 4

 がしっ!

 左右から、それぞれレイエットちゃんの肩を掴み、レイエットちゃんを持ち上げようとする男達。

 そしてレイエットちゃんの首がぐるりと回り……。


 がぶり


「ぎゃあああああ~~!!」

 小石の直撃には声も漏らさずに耐えた男も、さすがにこれには耐えられなかったらしい。

 レイエットちゃんは、まだ6歳だがあごの力は結構強い。

 そして、歯は小さい。

 もし、歯の直径が半分ならば、面積は4分の1。……つまり、鋭い、ということである。そしてそこに、全ての力が加わることになる。

 しかも、レイエットちゃんは上顎犬歯やえばがかなり発達している。

 その、普通の靴のかかとで踏まれた時と、ピンヒールで踏まれた時くらいの威力差は、フランセットの首筋で実戦証明(コンバット・プルーフ)済みである。


「どうしてそんなに首の可動範囲が広いんだよ! 狼かよ!」

 噛まれた方ではない男が、呆れたようにそう言うが、噛まれている方は、それどころではなかった。

「ち、千切れる! 食い千切られる! こら、離せ、てめええぇ!!」

 しかし、身体を押し退けたり頭を掴んで引っ張ったりすると、その力はそのまま全て、自分の腕の肉を食い千切るための力となる。なので、男は方法を変え、レイエットちゃんを殴りつけた。

「よせ、そいつは傷付けるなって言われただろう!」

「うるせぇ、そんな指示を守って、腕1本駄目にしたら、誰が責任取ってくれるんだよ! お前か? お前が金貨1000枚くらい出して、一生俺の面倒みてくれるとでも言うのかよっ!!」

 そう言われては、それ以上、何も言えない。確かに、このままでは腕の肉をがっぷりと食い千切られて、下手をすると腕が使い物にならなくなる可能性がなくもない。

 かといって、自分にも責任を被せられるのはぴらなので、肩を竦めて見ているだけである。噛みつかれたのが自分でなくて良かった、と思いながら……。


 男が顔を、そして腹を殴っても、噛みついた口を決して離そうとはしないレイエットちゃん。

 そして、れてきた男は、カッとなって、左手で腰から短剣を引き抜いた。

「お、おい、やめ……」

 あせったもうひとりの男が止めようとしたが、構わず振り上げられた左腕。

 さすがに、刃部分ではなく、柄頭で殴打おうだするつもりのようであるが、そんなもので思い切り殴られれば、幼児の身体など、頭蓋骨であろうが肋骨であろうが、簡単に砕け散るであろう。

 そして、男の左腕が思い切り振り下ろされ、……空を切った。


「……え? あれ? あれ……」

 幼女の身体に触れることなく、そのまま振り下ろされた左腕。

 わけがわからず、自分の左腕を確認した男は、その理由をひと目で知ることができ、納得した。

 そう、自分の左腕はひじから先がすっぱりと切断されており、何もなかったのである。

 これならば、幼女の身体に触れずに振り下ろせても、何の不思議もない。

 ……納得。完全に納得できる理由であった。


「ぎゃあああああああ~~!!」


「……何をしているのかな?」

 異変を察知して口を離したレイエットちゃんを振り払い、左肘を掴んで泣き喚く男。

 慌てて飛び退すさり、短剣を抜いたもうひとりの男。

 そして、超高速の振動により血糊を弾き飛ばし、僅かな血塗ちぬれの跡すらない剣を持った、ひとりの少女。

「……いったい、何をしているのかな……」

 にこやかに微笑ほほえむ、騎士風の装備を身に着けた少女。

 ……しかし、その眼は全く笑っていなかった。

 作り物の笑みを浮かべ、その全身から立ち上るもの。それは……。


 怒り。憎しみ。そしてまた、怒り。

 同志を。そう、女神に仕える同志を傷付けられた怒り。

 幼気いたいけな幼女を傷付けられた怒り。

 愚かな自分の油断のせいでこのような事態を招いてしまったことに対する、後悔と自己嫌悪と、……そして怒り。

 女神の信頼を裏切り、神命を果たすことができなかったということに対する、恐怖と怒り。

 怒り、怒り、怒り、怒り、怒り……。


 どごぉ!

 ……めきょ


 短剣に触れることすらなく、剣の腹が男の脇腹にめり込んだ。

 確実に折れ砕け、その破片が内臓に食い込んだであろう、男の肋骨。

 そして倒れ伏し、声も出せずに、ただ、こひゅー、こひゅーという空気音を漏らすだけの男。

 フランセットは、倒れた男は放置し、まだ肘から先がなくなった左腕を掴んだまま泣き喚いている男に近付き、その男を蹴り倒した。そして……。


 べき! ばき! ぼき!


 踏み折られる、両膝と右腕。

「ぎゃああああああぁ~~!!」


 倒れた男達は、立ち上がったり逃げたりするどころか、這いずることすらできそうにない。それを確認した後、フランセットは懐から、金属製の小さな試験管のようなものを取りだした。

「レイエット、カオル様のポーションです、飲みなさい!」

 しかし、レイエットちゃんは、ふるふると顔を横に振った。

「みんなに飲ませてあげて! 私は大丈夫だから!」


 フランセットにとり、護るべき第一優先目標はレイエットちゃんであり、第二優先目標はレイエットちゃん、そして第三優先目標がレイエットちゃんであった。見知らぬ孤児など、『手が空いていれば、もしくは、カオル様が気に掛けておられれば助ける』程度にしか過ぎない。

 フランセットは、現在の外見はともかく、中身はアラサーの後半であり、結構ドライでシビア……、いや、命令に忠実なだけであろう、おそらく。


 しかし、優先目標であるレイエットちゃんの希望であり、そしてじっくりと観察したところ、レイエットちゃんは顔色もそう悪くはなく、呼吸も安定しており、そして会話も普通にできている。つまり、折れた骨が重要な臓器や太い血管を傷付けているというような、重篤な状態の兆候はなく、直ちに命がどうこう、という心配はなさそうであった。

 そして、男達に思い切り殴られ、蹴り飛ばされた子供達の中には、ぴくりとも動かない者もいる。内臓破裂や、重篤な機能障害を起こしている可能性は、いなめない。

 また、もし子供達に何かあれば、レイエットちゃんはそれを自分のせいだと思い、心が傷付き、一生に亘る大きな重荷を背負うこととなるであろう。

 フランセットが護らねばならないのは、レイエットちゃんの身体は勿論であるが、その『心』もまた、護るべき対象に含まれている。フランセットがそう考えるのは、当然のことであった。

 そして、フランセットは自分が潜んでいたのとは別の木に向かって、指笛を鳴らした。


 ピイイイイイィ~~!


 そして、その木の枝に止まっていた一羽のカラスが飛来し、フランセットの頭上で円を描いた。

 そのカラスに向かって、フランセットが両腕で大きなバッテンを示すと、カラスは街の中心部へ向かって飛び去った。

 ……そう、それは、カオルが万一に備えてフランセットに付けていた伝令役であり、簡単な合図を3種類程覚えさせておいたカラスであった。


 カラスが飛び去るのを確認した後、フランセットがレイエットちゃんに向かってこくりと頷き、それを見て、おそらくは殴られた顔面や腹、そして力いっぱい噛みしめていた顎や歯がかなり痛むであろうが、それに必死で耐えて、平気な振りをしてぎこちない笑顔を浮かべようとするレイエットちゃん。

 そして、それに気付かない振りをして、レイエットちゃんに背を向けて子供達の方へと向かうフランセット。


 フランセットは、意識を失っているらしき少年を抱き起こし、指で口をこじ開けると、ポーションが入った小さな金属容器のフタを開け、その中に注ぎ込んだ。

 そして次に、意識はあるが明らかに重傷らしき少女を同じく抱き起こし、もう1本のポーション容器を取りだしてフタを開け、その口にそっと押し当てた。

「薬です、飲みなさい!」

 よく分からないながらも、フランセットが敵ではないと判断したのか、幼い少女は言われた通りにポーションをこくこくと飲み干した。


「……痛くない……」

「ど、どうして……」

 わけが分からず、きょとんとした顔をしている、ポーションを飲んだふたりの子供達。

 河原に転がった子供はあと4人いるが、カオルから渡されていた非常用のポーションは、2本だけである。フランセットにできることは、もう、何もない。


「リュース、木切れと縛るものを! 俺は水を汲む!」

「ついでに、血止め草がないか探して!」

「分かった!」

 そして、我に返ったふたりの子供達が、たっ、と駆け出した。

 ……孤児の子供達の方が、フランセットより役に立ちそうであった……。



「小説家になろう」に、『誤字報告機能』が実装!

これ、本文修正がメチャ便利です!

既存の作品はディフォルトが「報告を受け付けない」になっているので、作者さんは、是非「受け付ける」にすべき。(^^)/


そして、この機能を活用するためには、誤字報告をして下さる方が、感想欄やメッセージではなく、この「誤字報告機能」を使って報告して下さることが必要です。

誤字の指摘も、該当行の表示がコピペしなくともワンクリックで可能だったりと、非常にやりやすくなっています。

よろしくお願いします!(^^)/

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― 新着の感想 ―
よかった。これでなんとかなりそうです。犯人には地獄を観てもらいましょう!デモ孤児達は凄いです、緊急マニュアルに沿って対応できる!
[一言] 孤児は守ってくれる人が居ない分、有能(・・)(。。)うんうん
[一言] これですよ。 普段ギャグ満載で、笑ったり癒されたりしてますが、いざとなれば容赦しない作風。 作者様の作品に私が思いきり沼った(ハマった)のはこういうところだと思う。 私もこんな作品を書いてみ…
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