136 はじめての御使い 3
「……ん? 何だ、その子は?」
戻ってきた5人の子供達は、10歳前後から13~14歳くらいであった。少年が3人、少女がふたりである。
「いい服着てるな……。どうしてこんな子がここにいるんだ? おい、シェリー、下手したら誘拐したと思われて、みんな犯罪奴隷だぞ、どうして止めなかった! 誰が連れてきた!!」
一番年長で、このグループのリーダーらしき少年が血相を変えてそう怒鳴ったが、留守番チームのうちで最年長らしき、シェリーと呼ばれた少女が、ふるふると首を振った。
「……自分で来た。『こっち側の子』だよ」
「え……」
リーダーの少年が、信じられない、という顔をしたが、シェリーはそういう危険は理解しているはずであるし、その子は服装と小綺麗な顔や手足が若干浮いてはいるものの、その他は、概ね皆の中に溶け込んでいる。表情も、皆を見下した様子はなく、全く対等の立場だという感じである。
「……しかし、この子はいいにしても、親が怒鳴り込んできたらお終いだぞ。いくら虐待されていても、自分の子供が俺達と一緒にいるところを知り合いに見られたりすれば大恥だから、俺達に連れ去られたってことにされる可能性が……」
「親はいなくて、拾ってくれた人にここへ行けって言われたんだって」
「…………」
シェリーの話を聞いたリーダーの少年は、『どうやら、その「拾ってくれた人」とやらは、ノミやシラミを湧かした状態で側をうろつかれては困るから身綺麗にさせているだけで、まともにこの子の世話をするつもりはないらしい』、と思ったようである。それは、そう考えても仕方のないことであった。
「……そうか。俺はマロイ、ここの纏め役をやってる。ま、いつでも遊びに来いよ!」
ほんの少し考えた後、レイエットちゃんに、そう言って声を掛けたリーダーの少年。
どうやら、レイエットちゃんを受け入れてくれたようである。
そして、更に暫く孤児のみんなと遊んだ後、年長者達が食事の支度を始めたのを見て、レイエットちゃんは引き揚げることにしたようである。
「今日は、もう帰る。遊んでくれて、ありがとう!」
みんなに向かってそう言って、たたた、と駆け去るレイエットちゃん。
おそらく、これ以上自分がここにいると、孤児達が乏しい食料を自分にも分け与えてくれるのではないかと思い、それはあまりにも申し訳ないと思ったのであろう。
……もしくは、ここのマズくてちょっぴりしかないであろう食事より、カオルが作った食事の方がずっといいと思っただけなのか……。
とにかく、『もう帰るところがないのでは』と思っていたシェリーの『え? え?』という戸惑ったような声を後にして、あっさりと帰るレイエットちゃんであった……。
「……という感じなの。ジュタもローシュもシェリーも、みんないい人なの!」
「うんうん、頑張ったね、レイエットちゃん! じゃあ、その調子で、明日も頑張ってね!」
「うんっ!!」
「フランセット、どうだった?」
「はい、孤児達と楽しそうに遊んでいました。別段変わったこともなく、エミール達の調べ通り、皆、境遇の割にはかなり誠実な連中かと……」
「ありがと。じゃあ、今回は明日で終了にしようか。後は、任務とは関係なくレイエットちゃんが自分の意思で遊びに行くのは、レイエットちゃんの自由だからね。命じられたお仕事じゃなく、自らが望んで行くのは……」
「ええ……」
フランセットも、少し優しい眼をしていた。
実は、クソ真面目で融通が利かず、頭が固いフランセットは、決して嫌われていたわけではないのであるが、あまり心を割って話し合える友達というものがいなかったのである。別に、目付きが悪いというわけではないのに……。
* *
そして翌日の夜、カオルから『あの子達は、合格。何かあったら助けてあげるだけの資格があると分かったから、調査は完了だよ』と言われて、少し表情に影が差したように見えたレイエットちゃんであったが、それに続いた『だから、あの子達とはいつでも遊んでいいよ』というカオルの言葉に、ぱあっと顔を輝かせたレイエットちゃんは、それ以降、時々孤児達のところへひとりで遊びに行くようになっていた。
……勿論、その時にはフランセットかエミールが隠れて護衛に就いている。
あの超過保護のカオルが、レイエットちゃんをひとりで外出させるはずがなかった。
そして今日は、フランセットが護衛の番であった。
いつものように、お馴染みとなった木の枝に腰掛けているフランセット。
エミールも同じ場所を利用しているらしく、ふたりがそれぞれ居心地が良くなるように手を加えており、水筒を引っ掛ける突起とか、座りやすいように枝を少し削るとか、色々と工夫されている。
……まるで、子供が作る『僕の秘密基地』である。
季節が変わってこの木の葉が落ち始めれば、また別の監視場所を探さなければならない。なるべく寒風が吹き込まない、良い場所を……。
「う……。いかん、お腹が……」
フランセットは、騎士である。なので、昔の護衛や警備任務中の食事や御不浄は、その間だけ他の者に任せたり、一時的に交代要員に代わって貰ったりして済ませていた。別に、ひとりで任務に就いているわけではないし、ちゃんと交代要員が待機しているのが普通であったので。
そう、別に忍者のように、任務中は飲食をすることも御不浄に行くこともない、などという訓練を積んでいたわけではないため、食事はともかく、水分補給と、……そして排出は必要であった。
そしてそれは、今回の任務においても、今までに何度か行っている。
「河原だから、見通しが良くて、近くには物陰がないんですよねぇ……」
ぶつぶつと呟きながら、フランセットは少し離れた場所へと向かった。
いくら実年齢はアラサーの後半の方だとはいえ、そして野外行動においてそれくらい何度もやっているとはいえ、さすがに、人目に付く可能性がある場所では、ちょっとアレであった。
……特に、『大きい方』とかは……。
しかし、今ではフランセットも孤児達に関しては全く心配しておらず、10分やそこら監視場所から離れても、どうということはない、と考えていた。カオルが異常に心配性過ぎるのだ、と。
そう、多くの『甘い考えや油断で、後で後悔する者達』と同じように……。
「いたぞ、あいつだ!」
レイエットちゃんが、いつものように居残り組の年少の孤児達と遊んでいると、ふたりの大人が近付いてきて、そう言うと急に駆け寄ってきた。
「攻撃開始!」
居残り組のリーダー、シェリーが躊躇う素振りもなくそう叫び、それを聞いた孤児達がそれまでの動作をぴたりと止めて、しゃがみ込むと両手に適当な大きさの石を握り締めた。そして右手の石を思い切り大人達に向かって投げつけると、左手の石を右手に持ち替えて再び投擲。
しゃがむ、石を拾う、2回投げて、またしゃがむ。
レイエットちゃん以外の6人の孤児達が、まるで何度も訓練したかのように、……いや、実際に訓練しているのであろう……、何度も何度も石を投げ続ける。河原なので、石の補充に困ることはない。
違法奴隷や慰み者にするための誘拐。
面白半分で、ゲーム感覚でいたぶったり殺したり。
それらの被害に備えて、おそらく何度も練習していたのであろう。4歳から8歳くらいまでの年少の子供達にしては、かなり統制の取れた攻撃であった。
この年齢の者達では、逃げても大人の足に敵うわけがない。狙いをつけた子供を簡単に捕らえ、連れ去るであろう。だから、子供の力でも当たり所によっては大人を倒せる、投石に全てを賭けることにしたのであろう。どうせ、失敗しても捕らえられる人数が増えるわけではない。大人ひとりで子供ひとりを捕らえるのが精一杯であり、ひとりで子供ふたりを押さえ込むのは難しいであろう。
「くそ、このガキ共!」
投げられた石が何発も大人達に命中するが、両腕で頭部をカバーしているため、衣服の上から手足や胴体に当たった程度では、幼い子供の力では大人を骨折させたり昏倒させたりできるだけの威力を出すことはできなかった。……かなりの痛みを与えるには充分ではあったが……。
たいした距離があったわけではなく、駆け寄る大人達はすぐに子供達のところに到達し、思い切り殴り飛ばしたり蹴り飛ばしたりして、一瞬のうちに子供達の戦闘力を奪った。
死ぬほどのものではないが、下手をすると骨折や、後遺症が残りかねないくらいの、幼い子供に加えるには明らかに過剰な攻撃であった。これでは、せっかく攫っても、大幅に値が下がる。誘拐犯としては浅慮に過ぎる。
レイエットちゃんは投石に加わってはいなかったため、暴行を受けることもなく、呆然と突っ立っているだけであった。
「よし、邪魔者は片付いたな。それじゃ、依頼の獲物を捕まえるとするか!」
ここで、ようやくレイエットちゃんは気が付いた。
大人達の目的は孤児達ではなく、自分なのだということに。
確かに、この中では自分が一番いい服を着ており、清潔で、高く売れそうである。
ならば、獲物は自分ひとりに絞り、大人ふたりで一番高く売れそうなひとりを確実に攫う。
なので、他の子供達は死のうが大怪我しようが、構わない。だから、思い切り殴り飛ばし、蹴り飛ばしたのだろう。投石による痛みの仕返しのために、不必要なまでに強く。
「がるるるる……」
レイエットちゃんが、牙を剥いた。
そう、以前、フランセットの首筋に噛みついて大打撃を与えた、あの牙を……。




