135 はじめての御使い 2
レイエットちゃんに命じた、女神の御使いとしての、初めての仕事。
……そう、『はじめてのみつかい』である。
なので、当然、安全のためにスタッフが隠れてサポートしている。
まず、対象となる孤児達のグループに関しては、事前にエミールとベルが調査を行い、地回りのチンピラや人買い等に目を付けられていないことを確認。
そして、リーダー役の少年がしっかりとしており、犯罪行為は、生きていくために必要な最小限のものしか許さず、そして被害者に与えるダメージが極力少ないよう配慮していること、理不尽な暴力や苛め、搾取等は行わない、真面目な者であることを調査済みであった。
……もしレイエットちゃんがその者達と仲良くなり、そして『祝福を受けるには値しない』などということになれば、レイエットちゃんが悲しむ。だから、最初から合格済みのグループに派遣したのである。
それを聞いたフランセットが呆れたような顔をしていたが、何も言わずにスルーした。
それは、フランセットの優しさなのか、ただ単に呆れ果て、諦めただけなのか……。
レイエットちゃんが、『カオルお姉ちゃん、絶対についてきたりしちゃダメだからね!』と、珍しく、本当に珍しく、本気の顔で念押ししたものだから、カオルは、壁からそっと顔を出して『レイエット……』という、飛雄馬ごっこをすることを封じられてしまったのである。
レイエットちゃんの頼みを無視するのも、約束を破るのも気が引け……というより、もしバレた時にレイエットちゃんを傷付けたり、嫌われたりするかも知れないとなれば、どんなに些細な危険も冒せない。なので、自分がこっそりとついていくことは断念した、カオル。
しかし、レイエットちゃんが言ったのは、『カオルお姉ちゃん、絶対についてきたりしちゃダメだからね!』である。……そう、他の者は、駄目だとは言われていない。なので、フランセットを派遣したわけである。
本当はエミールとベルも付けたかったが、自分がカオルの側を離れることとなるため、フランセットがそれは絶対に許容しなかった。
そして、隠れ護衛の訓練などしていないロランドは邪魔になるだけなので、ロランドも置いていったのであった。萎れるロランドを一顧だにせず……。
「あ、あれだ……」
レイエットちゃんが到着したのは、河原の草っ原。川面から少し離れて高くなっているところに、廃材や板切れ、丈の長い草等を使って作られた、掘っ立て小屋と呼ぶのもおこがましい、何というか……、『雨風避け』らしきものがあり、その周囲に4~5歳から7~8歳くらいの薄汚れた子供が5~6人いた。
おそらく、あの小さくて蒸し暑そうな『雨風除け』の中にいるよりはマシだからと、外に出ているのだろう。そして、自分達だけで生活するには、皆、あまりにも幼すぎる。多分、年長の者達は稼ぎにか食料集めに出ており、まだ幼児と呼ぶべき年齢の者達の面倒をみて安全を確保するために、やや年上の者が残っているのであろう。
このあたりは海に近く、地形の関係もあって、かなり雨が降ってもそのあたりまで川の水が来ることはないのであろう。そして、このあたりは雨量も少ない。それに、もし増水しても、これだけ粗末なねぐらであれば捨てて避難するのに何の抵抗感もないであろうし、大水で流されてきた木切れでまた作り直すのも簡単だろう。
川べりという立地条件は、危険なレベルまで増水する可能性よりも、普段の生活の利便性を考えれば、捨てがたい好条件である。共用の井戸を使わせて貰えない者達にとっては、飲用、洗濯、風呂代わりの行水、そして排便場所にと、生活のかなりの部分を支えてくれる、文字通りの『命の川』なのである。
「よしっ、お仕事開始!」
とてとてと子供達に近付いていくレイエットちゃん。
そして、不審そうな眼でレイエットちゃんを見詰める、子供達。
あと数メートル、というところまで近付いたところで立ち止まり、レイエットちゃんが子供達に声を掛けた。
「も、儲かりまっか?」
「「「「「「何じゃ、そりゃああああぁ~~!!」」」」」」
いったい、レイエットちゃんに何を教えているのか、カオル……。
「……で、お前も孤児だってのか? そんなにいい服を着て、身綺麗にしてる奴が?」
この中で一番年長らしい男の子が、胡散臭そうにじろじろとレイエットちゃんを眺めながらそう言うが、レイエットちゃんは平気な顔。
そう、今のレイエットちゃんには、怖いものなど何もなかった。何しろ、女神様のための極秘任務に従事している最中なのであるから、自分の命なんか気にする必要もない。
「うん! 父さんと母さんに売られて、人買いに運ばれる途中で誘拐団に攫われて、奴隷か生け贄かナグサミモノ?、かになるところを、助けて貰った!」
ぶふぉっ!
子供達が、盛大に吹いた。
ナグサミモノ、というのはよく分からない子供達も、売られる、人買い、誘拐、奴隷に生け贄、という言葉はよく知っている。それは自分達にもいつ襲い掛かるか分からない危険なので、年長者から口を酸っぱくして教え込まれていることだからである。
そして、親が死んだというならばともかく、親に売られた、というのは、重すぎた。
自分達は思いきり不幸であると思っていたが、下には下がある。そう思うと、喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら……。
とにかく、この少女が『こちら側の者』ということだけは、よぉく分かった子供達であった。
「今は助けてくれた人と旅をしたり、一時的に街に住んだりしてるの。で、『河原に子供達がいたから、しばらくそこに行ってろ』って……」
「「「「「「…………」」」」」」
自分達のことを知っているなら、ここの、このねぐらも見たはず。そして自分達が食うや食わずの孤児達の集まりだということも……。なのに、この子をここへ来させるということは……。
((((((……捨てられた?))))))
レイエットちゃんは、カオルに色々なことを教わっていた。そしてその中には、『嘘を吐く』ということに関することも含まれていた。
カオル曰く。
『嘘は、吐く必要がある時には吐いてもいいが、吐く必要のない時にはあまり吐かない方がいい』
『嘘を吐いているわけではないのに、一部のことを言い忘れただけで相手が勘違いするのは、そりゃ仕方ないよね。それは、勝手に勘違いした相手が悪い』
『人を笑わせ、楽しませ、幸せにする嘘は、吐いてもいい』
『ひとつの嘘を吐き通すためには、その嘘を99個の真実で飾れ』
『相手に信じさせるためには、まず最初に、自分がその嘘を信じろ』
……その他色々な、6歳児にはちょっと早過ぎるような英才教育が施されている、レイエットちゃんであった。
「そ、そそそ、そうか。ま、ままま、まぁ、ゆっくりしていけや……」
「? う、うん……」
突然挙動不審に、そして優しい態度になった少年に、きょとんとした顔のレイエットちゃん。
「い、一緒に遊ぼうか?」
そして、そう声を掛けてくれた、2番目くらいの年長者らしき少女。
「うんっ!」
レイエットちゃんにとって、村を出てから初めての、年齢が近い子供達との交流である。
カオルと一緒にいるのは嬉しくて光栄で安心で幸せだけれど、それは決して『友達』という関係ではない。やはり、子供には友達が必要なのであった。
「……レイエットの奴、うまく潜り込んだようだな……」
太い木の枝に腰掛けたフランセットが、少し離れたところから孤児達の様子を見ていた。
河原には遮蔽物がないため、少し離れた場所からしか監視できない。そのため、レイエットちゃんの安全の確認には充分ではあるが、その会話の内容までは聞くことができなかった。
「ま、赤ん坊は泣くのが仕事、子供は遊ぶのが仕事だからな。そして、騎士は……」
そう言って、剣の柄を軽く握るフランセット。
「敵を倒し、使命を果たすのが仕事だ。それが、たとえどんなに簡単な仕事であろうが、……到底不可能なことであろうが。それが、忠誠を誓ったお方からの御下命である限り!」




