131 面倒事 7
「さっきから、『王都から来た』、『使者だ』、って言われてますけど、それって、王都の犯罪組織のボスから子供を攫ってくるという任務を受けてやってきた使者、って可能性もありますよね。依頼主の名も用件も喋らずに、ただ王都から来た使者だなんて言っても、何の説明にもなっていないし、何の安心材料にもなりませんよね。
それに、言っていることが本当かどうかすら分からないのに……」
「なっ……」
一瞬言葉に詰まった後、再び私を怒鳴りつけようとした官僚は、腰に佩いた剣の柄を握ったエミールと、怖い眼で睨み付ける近所の人達の視線に気付き、開きかけていた口を閉じた。
「とにかく、私はこの国の王都には一度も行ったことがないし、王都に住む家族も親戚も知り合いもいないし、私に用がありそうな人の心当たりも全くありません。思い付くのは、私を騙して誘拐して、非合法の奴隷にしようだとか、小娘だと思って、脅迫してこの店を無理矢理奪い取ろうとするだとかの、悪党に眼を付けられたかな、ということくらいで……」
「なっ、何を……」
私のあまりの言葉に、眼を剥く官僚。でも、私が言っていることは、別におかしなことではない。だから、ご近所さんの眼が、かなり怖いことに……。
そして、そうこうしていると……。
「おい、警吏のあんちゃん、連れてきたぞ!」
近所のおじさんが、20代半ばくらいの警吏を連れてきてくれた。
警吏といっても、王都じゃあるまいし、屈強な精鋭兵士というわけじゃない。地元出身の、ちょっと鍛えただけの普通の下級兵士だ。……そして、皆と顔見知りの、「街の人間のひとり」である。
……つまり、余所者よりも、地元民を護る方向に動く、というわけだ。それも、未成年(に見える)の少女達と、その少女達を恫喝し、不埒な行為に及ぼうとしている3人連れとを見較べた場合とかは、特に。
「お前達か、徒党を組んでいきなり店に押し入って、子供達を脅迫しているという屑共は!」
おお、最初からトバしてるなぁ、警吏さん!
あ、ちらりと警吏さんの視線が動いたと思ったら、野次馬の中の、17~18歳くらいの女性の方を見た!
ははぁん、さては、若い女性達にいいとこを見せようとか企んでるな?
まぁ、調子に乗って、殊更に大仰な態度に出てくれた方が、私にとっては都合がいい。
「な、何を言っておる、私は王都から来た……」
「あ、最初からそればっかりで、自分の名前も、依頼者の名前も、そもそも用件さえ言わない上に、私の名前も知らないようなんです。これはもう、アレだとしか……」
そう、本当に、まだ名前さえ聞いていないのだ。
最初に自分の名と依頼者の名、そして用件を言えばよかったのに、小娘と侮って、いきなり詰問口調で怒鳴りつけたりするから、こういうことになるんだ。
もう、今更、警吏や大勢の人達の前で依頼者の名前なんか名乗れないだろう。
そんなことをすれば、噂がすぐに広まる。だから、それが有力者であればあるほど、その名を出せなくなる。
ま、警吏の人に連れていって貰って、他の人がいないところで名前を出して、身の潔白を証明するんだね。……証明できれば、だけど。
「貴様……」
殺しそうな眼で私を睨んだ後、官僚は警吏の人に向かって言った。
「私は、王宮の者だ。逆らうと、どうなるか分かっているのか!」
でも、警吏の人は、平気な顔。
「……それを証明することは?」
「そんなもの、このふたりが証言する!」
でも、それを聞いた警吏の人は、肩を竦めた。
「……そのふたりが王宮の関係者だと証明する方法は?」
「え……」
当たり前だ。そうなるわな……。
「ええい、後でどうなるか、分かっておるのか!」
「いや、犯罪行為の現行犯が身分の高い者だと名乗ったからといって、証拠もなくそれを信じて逃がしたりしたら、俺、クビになっちゃうぞ? そして、もし本当にお前が身分の高い者だったとしても、犯罪行為の現行犯で捕らえたことに対しては、褒められることはあっても、叱られることはないと思うぞ。
この街は、身分が高ければ犯罪行為を見逃して貰えるような、腐った街じゃないからな」
「え……」
おお、この街、けっこうしっかりしてる!
まぁ、『犯罪行為』と言っても、店員に対して、権威を笠に着ての強要未遂、といったところか。これが、私が大人の男性だったりすれば、ただの客と店員の揉め事で済んだかも知れないけれど、女性、……と言うか、未成年の女の子に見える私だと、さっきの会話の言葉だけから考えると、かなりタチの悪いことの未遂事件、と受け取られても仕方ないんだよなぁ……。
ま、実際に、私に無理矢理色々なことを喋らせて、その後王都へ連れていくつもりだっただろうから、その通りと言えばその通りなんだけど。
とにかく、とりあえず、警吏さんと一緒に、詰所へ行ってらっしゃ~い!
未遂だし、それなりの身分もありそうだから、多分、詰所で警吏さんとその上司の人達にこってり絞られただけで終わるだろうけど。
さすがに、私達に直接手を出したわけでもないのに、牢に入れたりはしないだろう。
でも、二度と私達に近寄るな、くらいの警告は受けそうだな。
あ、そうだ!
「ちょっと、その人にこっちに近寄って貰っていいですか?」
「ん? ああ、別に構わないが……」
そう言って、充分警戒しながら、官僚に私に近付くよう促す警吏さん。
「ちょっと、私の眼の色を見て戴けますか?」
「え? あ、ああ、分かった……」
そう言って、私に顔を近付けて、眼を覗き込む官僚。
「へ、薄茶色……」
愕然とした顔の、官僚。やはり、私が黒髪黒瞳だと思っていたか。
ということは、必然的に、御使い様のことを知っていた、というわけだ。
「そして……」
ひょい、と、ウィッグを取ると。
「なっ、茶髪!」
よし、これで、私がその『バルモア王国の、自称・御使い様』ではない、ということが分かったはずだ。……いや、一度も自称したことがないんだけどね、私自身は。
あの、口の軽い薬師の老人から聞いたのか。それとも、レイフェル子爵家の件で、馬屋から辿ったのか。はたまた、同じ王都からやってきた、あの商人達から聞いたのか。
いずれにせよ、バルモア王国の御使い様とも、レイフェル子爵家やドリヴェル男爵家の奇跡とも全く関係のない、ただの零細商店の店番に過ぎない。そう思ってくれたはずである。
そして、トドメに……。
「もしかして、あの商人さん達と同じように、誰かに担がれたんですか? 商人さん達が、『黒髪、黒瞳』と言って絡んでこられたので、瞳の色と、付け毛を取って地毛の色をお見せしたところ、すぐに引き揚げられましたから、同じようにお見せしたのですけど……」
「なっ……」
よし、任務完了!
これで、うちはあのクソジジイに薬草を売った店というだけに過ぎず、他の件には無関係、ということが確定した。レイフェル子爵家との関わりなんかないし、ドリヴェル男爵家なんか知らない。
馬屋?
そんなの、郊外に牧場を持っていて、そこで馬の面倒をみてくれる馬屋なんかそんなにないから、うちの馬を預けたところがたまたまレイフェル子爵家の馴染みの馬屋だっただけで、ただの偶然だ。
……というか、事実、本当にその通りなんだからね。
私達がこの街へ来た時期、つまりエド達を預けた時期を調べれば、関連性がないのはすぐに分かるだろう。そもそも、わざわざうちの馬を同じ馬屋の牧場に預けて疑いの眼を引くようなことをする理由がない。
これで、この官僚は、もううちには顔を出せないだろう。もし来たら、今度こそ牢屋行きだ。
そして、こんな失態、それも自分の傲慢な態度が招いた、依頼主の名や用件さえ伝えられずに接触不能になったことを正直にそのまま依頼主に伝えられるはずがないから、多分、私のことは報告内容から丸々削られるだろう。
多分、バルモア王国の御使い様のことは以前から知っていたにしても、ここにいる私のことを知ったのはこの街に来てから、調査の線上に浮かんだ少女として、もしくは商人達を締め上げて聞き出した結果として知っただけだろうから、報告に含まれていなくても、問題はないだろう。
それに、今は、官僚も本当に私のことは『ただの疫病神の、生意気で腹立たしい小娘』としか思っていないだろうし。
そして官僚一行は、警吏のお兄さんにドナドナされていった。
よし、これで全て片付いた。
明日からまた、暇で平和な生活が始まる。よしよし……。




