130 面倒事 6
「店主はおるか!」
来た来た……。
普通のお客さんは、店にはいる時にこんな台詞は言わないよね。ということは……。
「む、お前が店主か?」
私の顔をまじまじと見て、そう言いやがった。
くそ、眼付きで判断しやがったな、テメェ!
……いや、ま、それはいい。
しかし、私が御使い様だと知っているにしては、少し態度が大きいな。
そのことは知らない? それとも、一応聞いてはいるけれど、信じてはいないのだろうか?
ま、もし聞いていたとしても、多分、『何かの間違いか、詐称。もしくは、担ぎ上げられただけの、ただの小娘』程度だとでも思っているのだろう。
確かに、本物の『御使い様』なら、わざわざ国を捨てて出奔、他国で零細商店を営んでいるわけがない。また、国の上層部が、そのようなことを看過するはずもないだろう。
……そしてそれは、『虚偽が露見して、大慌てで国から逃げ出した偽者』がやりそうな行為だ。
それに、この連中のお役目は、まずは『事実関係と真偽の確認』で、次の段階に進むのは、その後の話だろうからね。王宮には、まだ、マリアルと伯爵からの報告書くらいしか情報がないはず。
あと、長命丹の件とか、男爵家の息子さんの件とかが、一部の遣り手商人とか、情報に敏感な有力者の耳とかにはいっている程度かな。だから、調査の主目標はマリアルであり、私のことは、この町に来てから調査線上に浮かんだ、って程度だろう。
私のところへ辿り着くのが商人よりかなり遅れたのは、あまりやる気が……、いや、それはないか。命令者の期待に応えられなかったら、大変だ。それも、商人達に先を越された、とかいうことになれば、大事だろう。
ただ単に、商人達の方が遣り手で、情報というものについて詳しかったということだろう。
もしかすると、商人達に情報の提供を強要して、私がハズレだと思った商人達が、カス札を引かせてやろうと、私に関する情報を渡したのかも知れない。……ハズレだという情報は省略して。
うん、『最後の遣り取りに関しては説明を省略した』というだけで、嘘は吐いていないんだろうな、多分。
商人というのは、そういうものだ。嘘は吐かなくても、誠実だとは限らない。
この連中は、官僚っぽい感じの偉そうな者ひとりと、その手下っぽいのがふたりの、3人構成。手下っぽいのは、戦闘タイプではなさそうだ。お付きの者としての役割と、王都との連絡要員を兼ねているのかな? とにかく、私が話す相手はひとりだけ、ということか。
「はい、私が店主です」
聞かれたことに答えるだけ。いちいち、こちらから自発的に余計な情報を提供する必要はない。この連中は、『お客様』じゃないんだから。そして、お客様でもない連中に、ただで情報を提供してやる義理はない。それも、私にとって不利益になる情報ならば、尚更だ。
相手からいい情報を引き出すには、優れた技術か、それなりの対価が必要なんだけど、そんなことは全然分かっていないみたいだなぁ。怒鳴りつけて命令すれば何でも喋る、とでも思ってるんじゃないかな。
「名は、何という?」
「母から、知らない人にむやみに個人情報を晒してはいけない、と躾けられていますので……」
「え?」
私が吐いた 言葉に、一瞬、きょとんとした顔をする官僚っぽいの。……もう、『官僚』でいいか。
そして、ようやく私が言った言葉が頭に染み込んだのか、顔を赤くして怒鳴った。
「き、貴様! 私を誰だと思って……」
「いや、知りませんよ? いきなり店にはいってきて、自分の名も名乗らずに私の個人的なことを聞きだそうとした挙げ句、大声で怒鳴りつけて脅そうとしている人、ってことしか……」
そう言いながら、カウンターの上のハンドベルを鳴らした。
どどどどど!
「強盗か? 強盗だな? 強盗だあああぁ!!」
「ちょ、ちょ……」
階段を駆け下りながら、大声で叫ぶエミールと、その後ろに続くベル。
そして、それを聞いて、焦ったような顔で狼狽える官僚とその手下達。
エミールが思い切り大声で叫んだものだから、勿論、その声は店の外まで響き、店の外に人が集まり始めている。
うん、相手の出方によって、こっちの対応も変わる。当たり前だ。
だから、エミールには、ベルの鳴らし方によって、いくつかの対応パターンを指示しておいたのだ。……そしてさっき鳴らしたのは、『問答無用で強盗扱い、騒ぎにする』パターンね。
レイエットちゃんとふたりで店番をしている私は、妹の面倒をみながら働く感心な子供だと思われていて、近所の人達からは良くして貰っているんだよね。
ちなみに、エミールとベルは、家計を助けるためにハンターの仕事をしながら店を手伝う、兄とその恋人と思われているらしい。
そしてフランセットとロランドは、働きもせずにフラフラしている、子供達の稼ぎで暮らしている寄生虫の穀潰しだと思われている模様。ふたりが働いているところなど誰も見たことがないし、店番も買い物もしない、ろくでなし。
高そうな武具を身に着けているくせに、ハンターの仕事をするわけでもなく、子供達の買い物についていっても、荷物持ちもしない。ただ、散歩代わりに一緒に歩くだけ。
見た目がいいだけに、却ってそのクズっぷりが際立って……、と、散々な評価であった。
本人達は、近所の人達にそう思われていることなんか、全然気付いていないけどね。
近所の人達以外には、その見た目のせいで結構人気があるらしいから、余計に……。
いや、買い物で荷物持ちをしないのは、すぐに剣を抜いて私達を護るために、両手を空けておかなきゃならないからだし、ま、仕方ないんだけど……。
あのふたりが何も気付かず、幸せなら、それでいいや。小さいことは、気にしない!
……で、まぁ、そういうわけで、私とレイエットちゃん、そしてエミールとベルの危機となれば、ご近所さん達が飛んできてくれるわけだ。今のように……。
「テメェら、何してやがる! おい、誰か、衛兵を呼んでこい!」
大勢が扉の外を取り囲み、そのうちの何人かの男性が店にはいってきて、官僚達を怒鳴りつけた。
一応、官僚達は私達に直接手を出しているわけじゃないし、見た目もきちんとしているからか、さすがにいきなり殴りつけたり取り押さえたりはしていないけれど、かなり殺気立った様子。
……まぁ、私はこのあたりの国の人からは12歳前後にしか見えないし、私の膝の上に座っているレイエットちゃんは、『なんちゃって12歳少女』の私とは違い、正真正銘の、6歳の少女だ。
ある程度の地位がありそうに見える官僚一味に対して、これだけ強気に啖呵を切ってくれたのは、私達を地元の仲間だと思ってくれている証拠だろう。ありがたいことだ……。
「待て! 我々は怪しい者ではない! 任務を授かり王都から来た使者である!」
捨て台詞を残して、逃げるようにこの場から立ち去ることもできたであろうが、それをやると、もうここには来られなくなる。そんな立ち去り方をすれば、次にここに姿を見せた時、近所の人が見つけると大騒ぎになるだろうし、会った瞬間に私が悲鳴を上げれば、それでお終いだ。
だから、私と話をするためには、今ここで誤解を解くしかない。
なので必死に説明しようとする官僚であるが、そうは問屋が卸さない。
「え? 使者さんって、店にはいってくるなり、名前も用件も告げずにいきなり一方的に怒鳴りつけてきて、無理矢理色々なことを(聞きだそうと)するものなんですか?」
「「「「「え…………」」」」」
「そもそも、どなたの使者なんですか? どなたに、どんな命令をされて、自分の名前も立場も喋らずに子供に色々と強要しようとされているのですか? そんなことを命じた人の名前を教えて戴かないと、返事のしようがありませんよ!」
「う……」
「「「「「…………」」」」」
こんな大勢の前で、命令者の名を明かすわけにはいかないのだろう。他の王宮関係者や有力者達を出し抜いての行動であろうし、強引で常識を欠いた態度を糾弾されているこのような状況で、その名を出すことは。
それに、本人は気付いていないようだけど、私は、意図的に『この連中の目的が誤解されるような言い方』をしている。決して嘘ではないけれど。
この男は、当然のことながら自分の目的が分かっているから、私が言うことがそれに沿ったものだと認識している。しかし、そんなことは知らない普通の人達が私の言葉をどう受け取るかというと……。
「こんな子供に手を出そうたぁ、ふてぇ野郎だ……。依頼主とやらも、雇った連中に無理矢理拉致させようってぇのは、犯罪行為だろうが! おい、てめぇらに命令したって野郎は、誰だよ! さっさと吐かねぇと……」
官僚達は、あくまでも『使いの者と、そのお付きの者達』であって、部下のふたりも、別に護衛というわけではないらしい。……つまり、戦闘能力は皆無、ということだ。
かなり腕っ節が強そうな人を含む、ご近所さん多数。そして、剣を装備したエミールと、短剣を身に着けたベル。
よし、連中、困ってる困ってる……。




