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126 面倒事 2

 ……とりあえず、誤魔化すか……。

 どうやら、連中は『バルモア王国の御使い様』のことを知っているみたいだから、まず、そこを外そう。4年も御使い様をやってたから、外見ぐらいは伝わってるだろうけど、直接バルモア王国に行った者は殆どいないだろうから、大きな特徴が異なれば、なんとかなるはず……。


 この世界では、遠く離れた国へ行く者など、滅多にいない。商人も、自分で何カ月もかけて遠くの見知らぬ国へ荷を運んでも、知り合いの商人もおらず、政情も商品の相場も分からぬところでは大損する確率が高いから、あまり遠くへ行くことはない。……品薄だと思って高い輸送費をかけて運んだら、向こうではたくさん出回っていて超安値、とかだと、一発で破産である。


 なので、王都から来た連中がバルモア王国で私を見たという確率は、かなり低い。それに、万一見ていたとしても、何年も前に遠目でちらりと、とかなら、大丈夫だ。それこそ、大きな特徴が違えば、かえって別人だと思ってくれるはずだ。

 なので……。

「眼と髪の色を変えるポーション、出ろ!」

 そして、すぐにそれを飲み干した。もう、いつ連中が現れるか分からないからね。

 そして、鏡で確認。髪の毛が茶色で、眼は薄茶色ヘーゼル

 うん、これでOKだ。そして更に……。

「黒髪のウィッグが乗っかった容器にはいった回復ポーション、出ろ!」

 そして、とりあえずウィッグを適当に装着。

 よし、これで完璧!


 もう、ここでは私の黒髪と茶色(ブラウン)の瞳は周知のことだから、眼は『えっ、元々この色ですよ』と言い張れる感じに、少しだけ変更。そして髪は、黒髪のウィッグを着けていただけで本当は茶色、ということにすればいい。

 日本人の瞳は黒、と言われることが多いけれど、本当は、茶色(ブラウン)だ。地球でも多い色。九州あたりでは、薄茶色(ヘーゼル)の人がいるらしいけど……。

 私も、前世において、とある国外関係の書類で髪や瞳の色を記入するのがあったんだけど、髪はブラック、瞳はブラウンって書かれてたよ。自分が記入したんじゃなくて、そう書かれた書類をいきなり渡されたんだけどね。だから、私も瞳の本来の色は茶色のはず。

 この世界でも、私の瞳はよく『黒瞳』って言われるけれど、黒っぽい茶色なのかなぁ。

 まぁ、とにかく、外見はこれで良し。あとは、最初から決めてある設定通りで言い張るのみ!


     *     *


「失礼致します」

 ……来た!

 普通の客は、この店にはいるのにそんな声は掛けない。それは、『自分は、客じゃない』と言っているも同然だ。そして、王宮関係の者なら、そんな敬意を込めた丁寧な言い方はしないだろう。

 ということは、つまり……。

「私、王都から参りました、商人のエレクディルと申します。店主さんはおられますか?」

 うん、商人チームのひとりだよねぇ。

 あれ? でも、ひとりだけ?


「私が、店主のクァオルです」

 うん、わざと発音をなまらせて、『カオル』ではなく別の名前に聞こえるようにするのだ。……ぎりぎり、嘘にならない程度に……。

 これくらいであれば、この商人には『クァオル』と聞こえ、日頃から私の名前を聞き慣れている人には『カオル』と聞こえるだろう。うむうむ。

 商人は、一瞬、え、というような顔をしたけれど、いくつもの国をまたいで話が伝わる間に少し発音がズレたのだろう、とでも思ったのか、そのまま納得してくれた。

 まぁ、納得しようがしまいが、本人が『クァオル』だと言っているのだから、納得するしかないだろう。

 全く違う名前を名乗らなかったのは、ここで名乗っている名前などとっくに調査済みだろうから、違う名を名乗ったりすれば『私、怪しいです!』と旗を振りながら叫んでいるも同然だからだ。なので、発音のズレ程度の範疇に収まる名前にするしかない。だから、名前からは私が『御使い様』であることを否定したとは受け取られないだろうけど……。


「おお、御使い様! この度は、是非、我が『グリフォン商会』とのポーションの取引をお願いしたく、王都から参りました次第でございます……」

「「「待ったあああぁ!!」」」

 そして、店に飛び込んできた、3人の商人風の男性達。

「何、抜け駆けしているのですか!」

「交渉は一緒に行く、という話だったでしょう!」

「ふざけんなよ、ゴルァ!!」

 ……あ、やっぱり……。


「は? 何をおっしゃっているのですかな? 商売は、商人の才覚と、時の運。そして、早い者勝ち。商人の常識でしょう?

 今は、私が商談をしているのです。後から来て割り込むのは、ルール違反で……」

「ふざけんな、このォ!」

 後から来た商人のうちのひとりが、先に来た『グリフォン商会』のエレクディルとやらいう商人の襟首えりくびに掴み掛かった。


「諦めが悪いですぞ、『マンティコア屋』さん……」

 エレクディルさんは、襟首を掴まれながらも、余裕の笑みを浮かべている。

 あ~、屋号からして、如何にも仲が悪そうだ……。

「まぁまぁ、私達は商人なのですから、ここは落ち着いて、話し合いで……」

「その通りですよ。ここは、『角うさぎ(ホーン・ラビット)』さんの言われる通り……」

 強そうな屋号の次が、角うさぎ?

 あ、そうか。商家なんだから、強そうな名前じゃなくて、多産で豊穣の象徴であり、身近でもこもこしていて美味しい角うさぎの方が、商家の屋号としてはいいかも知れないな。変に強そうで攻撃的な印象の屋号よりも……。

 よし、とりあえず、この状況を利用しよう!


「えぇと、皆さん、地方都市で小娘が細々(ほそぼそ)とやっているだけの、こんな小さな店に、わざわざ王都から来られて、いったい何の御用が……」

 きょとんとした顔で私がそう言うと、商人達は、うんうん分かっていますよ、と言わんばかりの顔で、大きく頷いていた。

 ……くそ、全部調査済み、ってわけか……。


「クァオル、どうかしたの?」

 そして、さっきカウンターの下のスイッチで『ベル、普通の態度で下へ』という点滅信号を送っておいたので、ベルが2階から下りてきた。……フランセットと一緒に。

 呼んでいないのに、どうしてベルと一緒に下りてくるかなぁ、フランセット……。

 軽装のベルと違って、ガチガチの騎士装備であるフランセットがこんな小さな店にいるのは、ちょっと場違いで、目立つんだよなぁ……。

 ほら、商人達が、やっぱり、という顔で、うんうんと頷いているじゃん……。


「ベル、ちょっと店番をお願い。あなたは、この人達を2階へ御案内して下さい」

 ベルとフランセットにそう頼んで、ベル以外、みんなで2階へ。

 フランセットの名を呼ばなかったのは、これだけ調べてきたならば、当然バルモア王国の超有名人にして『御使い様』ととても深い関係にある『鬼神フラン』の名を知らないはずがないからだ。

 なので、勿論、ロランドの名も呼ばない。この商人や王宮からの使いの前で名を呼んでいいのは、エミールとベル、そしてレイエットちゃんだけだ。




「え~と、何かよく分かりませんけど、皆さん、私から商品を買い取りたい、と?」

「「「「はい!!」」」」

 並んで席に着いた、4人の商人達。その向かいに座っているのは、私ひとり。

 フランセットは、何かあった場合にすぐに斬り掛かれるように、私の斜め後ろに立っている。ロランドは、装備も含めて、あまりにも高貴なオーラが出過ぎているから、エミールと一緒に隣室で待機。商人4人相手ならば、フランセットだけでも、オーバーキルって程度で済むようなものじゃない。


 うむむ、やはり、私とのコネ作りと、その前に治癒ポーションの入手が目当てか……。

「ならば、どうぞ御自由に、お店の商品棚から御希望の品を買って戴ければ……」

「「「「いやいやいやいや!」」」」

 さっきは仲が悪そうだったのに、実は仲良しさんだったのかな、キミタチ……。

「では、お店には並べていない商品が欲しい、と?」

 こくこくこくこく!

「う~ん、それならば、同じ物を複数の商店に分けて卸すのは面倒だから、ひとつの店だけでいいかな……」


 ギンッ!


 私がそう言った瞬間、凄まじい殺気が放たれた。

 あのフランセットが、思わず腰を沈めて剣の柄に手を遣ったくらいである。

 そして、隣室からも、ガタッという音が聞こえた。おそらく、まだ未熟なエミールが、思わず椅子から立ち上がったのだろう。


 ……しかし、商人のおっさん達。

 ちょっと凄すぎるだろう、その殺気は……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] これまでのフランセットの言動ってあまりに自己中心的ですよね? 理想の女神様をカオルに求めて、自分の理想の騎士を演じようとして・・・挙句ベルにはカオルが1番嫌がる手段をさせ続けようとする…
[一言] 商人にとっては栄枯盛衰、運命の分岐点だからね
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