125 面倒事 1
『すぐに連絡して下さい タオナ』
「何、これ?」
我が拠点、『便利な店 ベル』に戻ると、ドアに貼り紙がしてあった。
「何事でしょうか?」
うん、それも分からないけれど、その前に……。
「この、タオナって、誰?」
相手が誰だか分からなければ、連絡のしようがない。
皆も首を捻るばかりで、誰もこの『タオナ』とかいう人物に心当たりはないらしい。
「スルーで!」
うん、他にどうしようもない。
今日は、少し料理に気合いを入れて、そして早く休もう。いくら温泉でゆっくりしたとはいえ、色々と疲れたからね。特に、帰路の歩きで。
その時の私は、気付いていなかった。
数日後、牧場のエド達のところに顔を出した時にこの小旅行のことを話したら、『どうして俺達に乗って行かなかったんだ?』と尋ねられることなど。
そして、つい「あ……」と言葉を漏らしてしまい、『忘れてやがったな! 俺達のことを、完全に忘れてやがったなあああぁっっ!!』と怒り狂うエドと、冷たい眼でじっと私を見るエドの妻子、そして泣きそうな顔のロランドとフランセットの乗馬の視線に耐えきれず、色々な約束と、食事のレベルアップをもぎ取られてしまったのであった。……くそ。
でも、まぁ、今回は私が悪かった。仕方ないか……。
* *
「戻っているなら、どうして来ないのですか!!」
夕方の営業時間に、怒鳴り込まれた。
「……誰?」
「私ですよ! タオナです!!」
私が首を傾げていると、後ろからロランドが声を掛けてきた。
「あの、薬師の老人の弟子だろうが!」
「あ……」
どうやらロランドは、タオナという名前にはピンとこなかったが、顔は覚えていたらしい。
自慢じゃないが、私は人の顔は覚えない方だ。……本当に、全く自慢にはならない。
しかし、2階にいたはずなのに、いつの間に背後に忍び寄っていたんだ、ロランド……。
「で、その、薬師の弟子が、何の用? もうこの店は稀少な薬種は売ってないよ?」
客じゃないなら、敬語を使う必要はないだろう。私の方が年上だから、仕事上の関係じゃないなら、下手に出る必要はない。不機嫌そうな、横柄な態度でそう言ってやると……。
「どうもあなたのことを聞き回っているらしき王都から来た商人達と、王宮の息の掛かった者らしき連中のことをお知らせしようと思いまして……」
「よく来て下さいました! どうぞ2階の方へ! すぐにお茶と茶菓子を用意致しますので……」
うん、大事なお客様には、勿論礼を尽くすよ。当たり前じゃない!
タオナさんが、私のあまりの歓待振りにジト眼になっているけれど、そんなの気にしない。情報は値千金、しかも無料なら、値万金だ。いくらでも媚びてみせるよ!
「……というわけで、念の為にとお知らせに来たわけです」
私は、『住んでいる場所が分からないから、すぐには行けなかった』と適当なことを言って謝り、話を聞いた。……勿論、タオナというのが誰のことか分からなかった、などと正直に言う程のエアー・シングルではない。
いや、私が欲しいのは、嫁ではなくお婿さんだから、嫁は無くていいんだけど。
……レイエットちゃん?
うん、レイエットちゃんなら、嫁に貰ってもいいかも……。
いやいや、それはいったん置いといて!
「……つまり、その連中は、ここ最近この街で起きた奇跡や不思議現象を調べるための調査に来た、というわけですか? 国として……」
ヤバい。
しかし、関係者には全員に口止めがしてある。私のことが漏れるはずは……。
「いえ、商人達は、それぞれ別々のお店から派遣されたらしい人達で、王宮の方も、誰かに個人的に派遣されたような印象でした。何か、抜け駆けをしようとしている人に派遣されたみたいな……。
なので、国からの命令、と受け取られるような言い方でしたけど、微妙に言い逃れることができそうな言葉を選んでいるような印象で……」
おお、さすが薬師の弟子だけのことはある! まだ若いのに、結構頭が回るし、観察眼も優れている。
「で、どうしてそいつらの目的が私だと?」
そう、私との繋がりが、そう簡単に分かるはずがない。口止め、変装、脅し、その他諸々で、万全の対処を行ったはずだ。だから、安全圏に……。
「お師匠様、オーレデイム師が吐きました」
「また、あいつかああああぁ~~!!」
しかし、あいつにも口止めはしたし、自分から話すとは思えない。そう言ったところ。
「あはは、男爵家の家臣にちょっと脅されただけで、ペラペラと簡単に囀ったお師匠様ですよ。王宮の威を借りた者に喋らないとでも?」
自嘲に満ちた顔で、そう言い放つタオナ。
「じゃ、じゃあ、商人達にはまだ……」
「お師匠様は、賄賂や献金には、権力よりももっと弱いんですよね。あはは……」
そう言って、力なく笑うタオナ。
「でも、まぁ、悪い人じゃないんですけどね……」
「悪いわ! 充分、悪いわっっ!!」
そして、そう突っ込まずにはいられない、私であった……。
でも、それならば、まだ私はちょっと稀少な生薬を売っただけの少女に過ぎない。いくら稀少とはいえ、一応は販売されているものだし、売ったのも1回だけで、もう二度と入荷しないと言ってある。ならば、同時期に生起した他の数々の『奇跡』に較べれば、大したことじゃない。
私がそう考えて少し安心していると……。
「で、お師匠様から話を聞いた皆さんは、『次は、長男が奇跡の回復を遂げたというドリヴェル男爵家、その次にはレイフェル子爵家のカルロスとかいう馬が預けられていた牧場に行って話を聞こう』、『レイフェル子爵家の使用人達は口が堅いから、子爵家が犬やカラスの餌を買い始める前に同じような屑肉や穀物、ナッツ類を買っていたという謎の少女を探そう。肉屋と八百屋、市場に手分けして人を遣って……』とか言われていましたが……」
「……ぎ」
「ぎ?」
「ぎゃあああああああ~~!!」
この世界の人達の捜査能力を、甘く見てたああああぁ~~!!
馬屋のじいさんには口止めなんか必要ないと思っていたし、あそこにはカルロスの売買記録や、エド達の管理の依頼者として私の名前や連絡先が記録されているぅ!
カルロスが、あの事件の時には私のものであったという記録が、バッチリと……。
「そして、皆さん、『目付きの悪い少女を知らないか』と……」
ビクンビクン!
「ああっ、カオルおねーちゃん、しっかりしてえぇ~~!!」
レイエットちゃんの声を遠くに聞きながら、私はテーブルに突っ伏して痙攣していた……。
「……あ、復活した!」
レイエットちゃんの声で、がばりと顔を上げた。
「……タオナは?」
「とっくに帰りましたよ」
見ると、さっきはいなかったフランセットが、ロランドと一緒に心配そうに私を見ていた。
いくらフランセットでも、たまには外出する。その時には、必ずロランド、もしくはエミールとベルを私の護衛として置いていくけれど。だから、さっきはレイエットちゃんとロランドしかいなかったのだ。エミールとベルは、鍛錬とお金を稼ぐためハンターギルドの依頼を受けて仕事に行っている。
「話は、ロランド様から聞きました。
どうやら、タオナとやらいう娘は、カオルちゃんのことをかなり正確に把握しているようですね。
まぁ、自分の師匠がドリヴェル男爵家にここのことを教えた後にあそこの長男が奇跡的に回復したこと、その前の稀少な生薬のこと、そして調べ廻っている連中が漏らした『目付きの悪い少女』とか色々な話から、頭の良い者ならばある程度は察してもおかしくはありませんが……。
まぁ、自分の師匠がしでかした不義理の尻拭いのつもりなのか、彼女は私達の味方をしてくれているようですから良いのですが、問題は、王都から来たとかいう連中ですね。
で……」
フランセットは、困ったような顔で、私に向かって尋ねた。
「どうします?」
うん、どうしよう……。




