124 籠城戦 10
「とりあえず、街に使いを出して下さい。盗賊を引き取って貰って、褒賞金と犯罪奴隷の販売代金の半分を貰うために。
……自分達で街へ運ぼうなんて無謀なことを考えちゃ駄目ですよ。あいつらは海千山千の盗賊達なんだから、縛られた手が痛い、用を足したい、足を捻った、とか色々な口実をつけて、隙を見て護送員を殺して逃げるに決まってますからね。
素人なんか、素手でも、首をちょっとゴキッてやるとか、眼に指を突っ込むとか、喉を潰すとか、簡単に殺せますからねぇ」
「「「「「…………」」」」」
ちょっと顔色が悪くなった、村人達。
あ~、やっぱり、甘く考えていたか……。
「護送は、ちゃんと専門家に頼んで下さいよ。ハンターを雇うのではなく、警吏に引き取りに来てくれと頼めば、無料でしょう? そして、褒賞金と代金を誤魔化されないように、しっかりした者を3~4人、街まで同行させること! 警吏も、小遣い稼ぎとかで良からぬことを考える者がいないとも限りませんからね」
「「「「「…………」」」」」
ありゃ、警吏の者達を疑う、ということがショックだったのかな?
でも、犯罪奴隷の販売代金の半分が街に廻り、その一部は担当した警吏にもお零れとして……、いや、臨時ボーナスとして支給されるらしいから、捕らえた盗賊は喜んで引き取りに来てくれるだろうけど、危機に陥ってる状態の村を見捨てて放置するような連中なんだから、そうそう信用できるわけがない。
いや、ま、多分警吏個人個人の問題ではなく、上の方がそういう方針だから、仕方なくそれに従っているだけ、という可能性もあるけれど……。
とにかく、そろそろ完成品が並び始めた料理を頂いて、さっさと撤収だ!
所詮、私達は余所者。この村にとっては異物に過ぎない。
そう、この村の人達にとっては、あの盗賊達と大差ない、一過性のイレギュラー。
村を護ったのは村人達自身であり、都合良く現れた行きずりの放浪神や、機械仕掛けの神が勝手に盗賊達をやっつけてくれたわけじゃない。
ま、今回のアドバイス料は、食事と、あの温泉の使用料で相殺、ということにしといてあげよう。アレだ、『今日は、この辺で勘弁しといたろか!』ってやつ……、ちょっと違うか。
「フランセットさん、ありがとう!」
と、やってきたのは、温泉からここまで案内してくれた少年だ。見ると、まだ手に握り締めたままの鍬には、赤黒い血が付いている。……実戦証明済みか。
この子は、私達のうちで一番偉いのはフランセットだと思っているらしい。
ま、明らかに『偉い人』っぽい装備なのはロランドとフランセットのふたりだし、ロランドは女性を、特に私とフランセットを立てるから、力関係的にはフランセットが食物連鎖……というか、ヒエラルキーの頂点に位置するように見えても仕方ない。
そして何よりも、フランセットが一番熱心にこの子の剣の鍛錬の相手を務めてやっていたし、ロランドより強いのは明白であったから、この子にとっては、私達の中で一番上位なのはフランセットなのだろう。
「俺、もっと鍛錬して、こんな農具じゃなくてちゃんとした剣を買う! そして、盗賊達を皆殺しにするんだ!」
おそらく、今回盗賊を自分の手で殺したこと、そして村を護ろうとするその決意を、フランセットに褒めて貰え、励まして貰えると思っているのだろう。
しかし、フランセットは首を横に振った。
「それじゃあ、もう、あなたは農民じゃなくなりますよ」
「え……」
フランセットが何を言っているのか分からない。そういう顔をして、ぽかんとしている少年に向かって、フランセットが言葉を続けた。
「武術は、人殺しのために学ぶのではありません。己を高め、そして大切なものを護るために身に付けるのです。……そのために、結果として人を殺すこともありますが。
しかし、『人を殺したいから、武術を身に付ける』というのは、それはもう騎士でも農民でもなく、殆ど盗賊寄りの考え方です。私とロランド様があなたに剣の手解きをしたのは、そんなことのためではありません。
今回、この村の皆さんは勇気を持って立派に戦い、盗賊を退けられました。武術の心得など全くない皆さんが。そしてそれは、盗賊達を殺してやろうというのではなく、村の皆さんを護りたいという必死の想い、必死の行動が呼び寄せた勝利です。決して、積極的な人殺しへの欲望によるものではなく……。
村を護るには、村人みんなの協力と、強い意志が必要です。そしてそこには、ひとりの殺人狂が必要だというわけではありません」
フランセットが言うことを全部は理解できないかも知れないけれど、ある程度は何となく理解できたのか、鍬を握り締めた右手をだらりと下げ、俯く少年。周りでフランセットの話を聞いていた大人達が、また後で子供達に話して聞かせてくれるだろう。
調子に乗って騒いでいた、比較的年齢の若い大人達も黙り込み、少し空気がどんよりとしたが、そこは、さすが老人達の年の功。すぐに大声を上げて場を盛り上げ、宴会が始まった。
多分秘蔵の品であろう蜂蜜酒、果実や穀物から作られた醸造酒等が振る舞われたが、さすがに捕縛した盗賊達がいるため、万一に備えて、カオル一行と一部の村人達はアルコールの摂取は控えていた。
そして、私達は料理のうち美味しいところだけさっさと頂き、村長と数人の老人達にだけ挨拶して、まだ当分は終わりそうにない宴会をそっと抜け出した。
老人達は、私達があまり長居をしたくはなさそうであったことから、感謝の言葉と共に、そっと送り出してくれた。……そのあたりは、さすが経験豊富なだけあって、察してくれているようであった。
あ、せっかく準備したのに出番がなかった罠、ちゃんと忘れずに解除しておくように言っておいた。解除するのを忘れて、村人達が罠に掛かっちゃ大変だ。
今回は出番がなかったけれど、以後のためには、罠を準備したのは良い経験になっただろうから、決して無駄じゃない。失敗や間違いも、次回のために役立てば、それらは決して無駄じゃない。
人生に、無駄なことなんかありゃしない。あの腐れ上司やお局様との攻防戦も、忍耐力やスルー能力のレベルアップには役立ったのだから、無駄じゃなかった。
うん、そうに違いない!
* *
(…………)
獣道に毛が生えた程度の山道を歩きながら、何やら考え込んでいるらしいフランセット。
「何か、気になることでもあるの?」
「あ、いえ……。ちょっと、あの村のことが……」
声を掛けてみたけれど、別にそんなに深く考え込んでいたわけではないらしい。ただ、『ちょっと、気になっただけ』という程度か。
「今まで、盗賊に搾取されてもじっと我慢して、食料や女子供を差し出すことによって何とか存続し続けてきた小村。それが、反抗し戦うことを覚えた今、これから先、ずっと村が存続できるかどうか、ってことかな?」
「……はい……。抵抗した場合、一度しくじれば、村が全滅します。そして、毎回、今回のようにうまくいくとは限らないのでは、と……」
そりゃそうだ。戦いは水物、時の運だ。
「うん、そのうち全滅するかもね」
「そ、そんな、簡単に……」
フランセットが眼を剥くが、別に大したことじゃない。
「相手の規模に合わせて、戦うのも、以前のように言いなりになるのも、村の人達の自由だよ。別に、必ず戦わなきゃならないってわけじゃない。そして、どんな選択肢を選び、どんな結末を迎えようが、それは村の人達の自由。
私達は、『今回は、失敗してもフォローがあるから大丈夫』という無料お試しコースを体験させてあげて、『以後の選択肢をひとつ増やしてあげた』というだけのこと。これからどうしようが知ったことじゃないし、私達にはそれに関して何の責任もないよ。ただ、それだけのことに過ぎないんだからね」
「…………」
フランセットは、正義馬鹿で頭が固い。アラサーのくせに……、うおっと!!
うん、今、飛んできたブーメランを避けた。危うく、致命傷になるとこだったよ……。
とにかく、もう全て終わっちゃったんだ。今更、どうしようもない。
なので、あとは温泉にゆっくり浸かって、出発は明日の朝風呂を楽しんでからだ。
そう、今回の旅の目的は、『従業員の慰安旅行』、『温泉旅行』なのだ。『家政婦は見た! 女子大生湯けむり温泉グルメ時刻表殺人事件』である!!
うん、一番重要なのは、温泉! それ以外のことは、『女神の気紛れ』だ。
たまたま目についた者に対して、その場限りの助力をするだけ。
1回限りの幸運。
決して、一生面倒をみたりはしない。
そういうもんだよね。
そして、当日と翌日の朝、のんびりと温泉に浸かった私達は、元気いっぱいで帰路に就いた。
フランセットのためにと、あのライオンヘッドの『治癒と回復の効果』を少し強めに設定したまま、それを撤去したり効き目を下げたりするのを忘れ果て、そのまま残して……。
オーバーラップ様の、作家のリレー・インタビュー『しゃべり場Z』というところに、私のインタビュー記事が載りました。かなり長文……。(^^ゞ
私の1日の生活パターン、3作品の誕生について、その他色々のお話が……。
『オーバーラップラボ しゃべり場Z』でググれば、ヒットします。
すみません、私、直接URLを貼るのが怖いもので、検索ワードを示すことしかできなくて……。(^^ゞ
しかし、掲載が夏期休暇にはいった直後だったから、作品のあとがきで告知できたの、2週間後に……。
タイミング悪いなぁ。(^^ゞ
リレー・インタビューで私を御指名下さいましたY.Aさん、ありがとうございます!!(^^)/




