122 籠城戦 8
「来るのは、多分、明日の朝イチだろうなぁ……」
青天の霹靂、驚天動地の報告を受けて、暫し呆然として、次に怒り狂って、でもそれから準備して移動したのでは日没が近くなるから、多分、来るのは明日の早朝だろう。
まぁ、離れたところから隠れて状況を見ていた者がいて、すぐに報告がいけば、の話だけど、この時間になっても副頭目達が戻らないことを疑問に思った盗賊達が確認に来ないところから、おそらく、状況は伝わっているのだろう。
とにかく、今夜はぐっすり寝よう。
勿論、盗賊達が夜のうちに来たり、こっそりと村に忍び込んで人質にするための女子供を攫おうとしたりするかも知れないから、村の人達が交代で見張りに立っている。そして勿論、私達がそのローテーションに組み込まれることはない。
なので、明日に備えて、ゆっくり休もう。
* *
そして、翌朝。
勿論、盗賊達が来るのに備えて、早起きして食事と洗面は済ませている。村の人達にも、いつもの習慣には反するけれど、軽く食事を取っておくよう指示している。
食後に腹を刺されるとヤバいけれど、昨日の夕食から何も食べていない状態で『状況』が始まったら、食事を摂る暇がなくて、途中でガス欠になっちゃう可能性があり、そっちの方が危険だと判断したのだ。
ま、もし腹を刺されても、万一の時には、ポーションがあるし。
そして、やってきました、団体さん。
20人くらいいるので、多分、残り全部連れてきたのだろう。29人引く3人引く4人で、22人。……うん、丁度それくらいだ。
盗賊達は、かなり離れた場所……弓を射ても届かないあたり……で停止し、中からひとりの下っ端らしいのが出てきて、閉じられたままの門に近付いてきた。そして門の手前で止まると。
「村長を呼べ! お前達の……」
どすっ!
「え……」
一瞬、何が起きたのか分からない、というような、きょとんとした顔をして自分の胸から生えた『矢羽根の付いたアクセサリー』をまじまじと見詰めた後、どさりと倒れたその男は、もう二度と動くことはなかった。
いつも、すばしこいウサギや鳥を射ているのである。これだけ距離が近ければ、停止した獲物を外すような猟師はいない。
これで、残り21人。
「てめぇらああああぁ!!」
盗賊達の中で叫んでいるのは、頭目だろうか。
使いの者の話も聞かずに一方的に殺すというのは、完全な拒絶……というか、敵対の宣言だよなぁ。もう、対話すらするつもりがない、ってことだ。
まぁ、それは前回の『副頭目達の皆殺し』で分かっていたはずなんだけど、それでも一応は話を、と考えて、またひとり、仲間を無駄に死なせたわけだ。なむなむ……。
あ、最初の3人は、別に殺しちゃいない。縛り上げて、更に念の為に脱力ポーションを飲ませてあるから、もし盗賊達に奪還されても、戦力としては使い物にならないから、安心だ。
筋弛緩剤とは違って、脱力ポーションは危険性はないから安心。ポーションの効き目が続く数日間、手足に力が入らないだけで、呼吸や心臓、内臓等の働きは阻害しない、安全設計だ。
それに、もし逃げられたとしても、普通の盗賊に過ぎないから、そんなに大きな影響はないだろうし……。
でも、副頭目達は、そういうわけにはいかなかった。
万一逃げられたら、被害が広がるだろう。頭の回る悪党というのは、始末が悪い。
それに、本番前に、村人達に自信を付けさせる必要もあった。『盗賊など、ただ強そうな振りをして威張っているだけで、大したことはない』ということを証明させて。
……そう、盗賊達は弱い。
毎日武術の鍛錬をしている盗賊なんか、見たことも聞いたこともない。
いや、そりゃまぁ、何人かはそういう盗賊もいるかも知れないけれど……。
とにかく、盗賊の大半は、正規の訓練も受けておらず、日々の鍛錬もしておらず、ただ単に武器を持っていない者に向かって刃物をちらつかせたり、普通の者は他者に危害を加えようとはしないのに見境なく暴力を振るったりして恐れられているだけの、ただの凡人である。腕っ節なら、農夫や鉱夫、猟師や樵の方が、よっぽど強い。
そもそも、本当に強いなら、ハンターや兵士、傭兵、専属護衛、雇われ警備員等、まともな職に就けるはずだ。こんなところで盗賊なんかやっていなくても。
ならば、村人達が、命を惜しむことなく、何の遠慮をすることもなく、本気で、全力で殺しに掛かったとしたら?
そう、それを今から盗賊達に見せてやるための、お膳立てである。
「野郎共、突っ込めぇ!」
どすっ!
再び放たれた矢が盗賊のひとりに命中するが、運悪く防具の最も頑丈な部分に当たったため、大した効果はなかったようである。そして次の矢が放たれる前に門に到達した盗賊達が、門を開こうとすると……。
ずん!
「ぎゃあああ~!」
どしゅ! ずど! ばしゅっ!
門といっても、大きな1枚板というわけではなく、柵の他の部分と同じように作られた隙間だらけの障害物に過ぎない。それを横から動かして門の部分を塞ぐようになっているだけであり、その門の隙間からは、自由に竹槍が突き出せた。
不用意に門に近付き、横に動かして門を開こうとした盗賊ふたりに竹槍が突き刺さる。勿論、竹槍を持った村人は、前回と同じく物陰に潜んでいた。さすがに、竹槍を構えた村人の前に無造作に近付く者はいないだろう。
……これで、あと19人。既に、盗賊達の3分の1が戦力外となった。
「く、くそっ! 門に拘るな、あちこちから一斉に突っ込め!!」
盗賊達は、大半が剣を装備している。剣の方が槍よりカッコいいからか、盗賊にとっては剣の方が便利なのか、それとも森の中を移動するには長い槍だと邪魔になるのか、いずれの理由かは分からないものの、なぜか槍装備の者はいない。
弓装備の者もいないが、それも、盗賊だと矢の補充がままならないからか、村人を脅すには刃物の方が効果的だからか、それとも仲間内での揉め事の時に、威嚇に使うのに弓だと舐められるからか……。
とにかく、槍も弓もないということは、柵や門の障害物を挟んでやり合うのは不利だと悟ったのか、とりあえず、人間を阻止するようには出来ていない柵を突っ切って、内側に進入することを第一目標にしたらしい。
柵が人間ならば簡単に通り抜けられることは、以前に来た時にちゃんと確認していたのであろう。いくら盗賊団の頭脳役を失ったとはいえ、迷った様子もないその指示は、さすが、頭目である。
いよいよ、直接の戦闘が始まる。村人達に緊張が走るが、さすがに今更怖じ気づく者はおらず、皆、竹槍やら使い慣れた農具やらを握り締めて、しっかりと立っている。
既に隠れていた者達も姿を現しており、私も様子を窺っていた物陰から姿を見せている。
うん、盗賊達は、丸腰の小娘ひとりなんか、気にも掛けないだろう。……人質に取ろうとでも考えない限りは。
そして、現時点で人質を取ろうと考えるとは思えない。
村人相手に、戦いで人質を取らないと勝てない盗賊。そんな噂が立てば、お終いだ。そんな盗賊の脅しに乗るような者がいるはずがない。
まぁ、戦況が芳しくなくなれば分からないけど、その時には、フランセットやロランド、エミール達が飛んでくるだろう。……ベルは、レイエットちゃんの護衛を命じて、村の中心部にある民家に隠れさせている。勿論、盗賊が押し掛けそうな村長宅とかではなく、ごく普通の、村人の家だ。
自分もカオル様の護衛を、とか言ってたけど、必殺技、『神命として、レイエットの護衛を命ず』と言ったら、素直に従ってくれた。
そして、戦況の方は、と……。
「ぎゃっ!」
「うわ、くそっ!!」
「痛ぇぇ!」
柵の隙間を突っ切ろうとして、植え込んである棘にざっくりと身体を切られ、悲鳴を上げたり悪態をついたりする盗賊達。そして、動きが止まった者達には、竹槍が突き出される。
竹槍を持った村人が寄ってくる前にと、急いで、強引に柵の間を抜けた者達は、身体のあちこちから血を流しており、中にはかなり深く切っている者もいるようだ。
「う……?」
そして、勿論棘には毒が塗ってある。
一応、思わぬ事故を防ぐため、即効性の致死毒とかは使っていない。万一、村人が引っ掛けちゃうと取り返しがつかないからねぇ。死んでさえいなければ、治癒ポーション、いや、『女神の涙』で、何とかなる。
そして、棘でざっくりいった上に毒が回って顔色が悪い連中と、幸いにも棘にひっかからずに抜けられた連中が半々くらい、合計14人の盗賊が柵の内側に進入し、その前に、30人弱の村人が立ち塞がっていた。うん、柵越えの段階で、5人潰したか。上出来だ!
村人達のうち、半数は老人である。盾となって死んでも構わない、と言っていた連中だ。
そして、そんなことをさせるわけがなく、例の見張り番の待機室に潜んでいたフランセットとロランドが姿を現していた。……勿論、危なくなった村人を助けるためである。危なくない者には、手出ししない。
フランセットは勿論、ロランドも幼少の頃から王族としての教育と訓練を受けていたのである、そのあたりの兵士や騎士の数人くらいは薙ぎ払えるだけの腕はある。盗賊如き、どうということはない。特に、旅に出てからすぐに、あんまり煩いもんだから私が根負けして与えた、あの神剣『エクスホヴズ』があれば……。
あ、勿論、超高速振動機能は無し。頑丈で、お手入れ簡単、切れ味かなり良し、というだけのやつ。それでも、大喜びしてたけどね、ロランド。どんだけ神剣が欲しかったんだよ……。
そして、神剣のことは誰にも喋らず、極秘、と念を押してある。
さて、前哨戦は終わり。
いよいよ、本番だ。
……わたしは、少し後ろに下がっていよう。




