121 籠城戦 7
「……村長を呼べ」
やってきたのは、ふたり組の盗賊である。
今回は、村には入ろうとせず、柵の出入り口の外から、そのように要求してきた。
おそらく、使いの者達が戻らないのを不審に思い、やってきたのであろう。
……ま、不審に思わなければ、馬鹿である。
私は、フランセットとふたりで、出入り口の近くに立てられた小さな小屋の中に潜んで、その遣り取りを聞いていた。
この小屋は、魔物来襲の危険が高まった時に不寝番が交代で休憩するためのもので、中には廃品を拾ってきたような椅子とテーブルがあるだけであるが、ま、それでも、無いよりはマシだ。
そして、出入り口から大声で呼ばれ、仕方なく盗賊達の相手をしていた若者が、村長を呼んできた。
「へぇ、何用でございますかのぅ……」
うむ、村長、なかなかの役者である。さすが、年の功。
「昨日、うちの若い者が来ただろう! あいつらはどうした!」
うん、当然、調べに来るよねぇ。そして、それに対する村長の返事が……。
「へぇ、確かに昨日、3人で来られましたのぅ」
「そいつらは、どうした!」
盗賊達、かなり御機嫌斜めの様子だ。ま、当たり前か……。
「え? すぐにお帰りになりましたがのぅ? 頭目様の御命令とかで、村にある現金全てと、保存食をたくさんと、皮袋に入れた水、そして村で一番器量良しの若い娘3人を連れて……」
「「え?」」
ぽかんとした様子の、ふたりの盗賊。
そして、しばらくして、ようやく村長が言ったことが頭に染み込んだようである。
「な、何だと!」
「いえ、何だと言われましても、儂らは、使いの人に言われた通りにしただけですじゃ……。使いの人の言うことは、頭目様の言うこと。そう言われましたからのぅ……」
おお、盗賊連中、困ってる困ってる!
さて、どうするかな……。
「……くそ! また来る!」
お、頭目の指示を得るべく、引き返したか。ま、それしか選択肢はないよねぇ。
仲間が裏切って、金と食料と女を掻っ攫ってとんずら。そんなの、村人にバレたら、自分達の結束力の無さを露呈させて、舐められる原因になるだけだ。そりゃ、隠そうとするだろう。
そして、後に続く者が出ないよう、絶対に捕らえて見せしめにしなきゃならない。
これで、居もしない裏切り者を追うために、無駄な日数を費やすことになるだろう。その間に、こちらは着々と準備を進めるだけだ。
今回は使いの者達に手を出さなかったのは、当然、前回の連中が村人に騙し討ちに遭ったんじゃないかと疑って、離れたところから様子を窺っている連中がいるんじゃないかと思ったからだ。
もしくは、前回の連中が裏切った可能性を考慮して、そして今回の使いの連中もまた裏切るかも知れないと考えて、その見張りとして用意されたのかも知れないけれど……。
とにかく、今回は手出しするのは危険だと判断した。それだけだ。
「よし、じゃあ、作業を再開するよ!」
「「「「「「おお!!」」」」」」
うん、大分明るくなってきたな、村のみんな……。
でも、今はまだ、私達に言われたことをやっているだけだ。それも、危険のない作業だけを。
いざという時に、村人達は草食動物の殻を破れるのだろうか。肉食動物達に立ち向かえるのだろうか。
逃げる? それとも、命と引き替えの、蜜蜂のひと刺しができるのか?
昔、古本屋で買った漫画にあったなぁ。若者達が乗った移民船団が宇宙へ飛び立つまでの時間を稼ぐため、老人達が全員志願して地上に残り、死ぬまで敵に向かって銃を撃ち続ける話が……。
この村の老人達には、本当にそれだけの覚悟があるのだろうか。
そして、あの作品の、あの名台詞。
『虎は何故強いと思う? もともと強いからよ!』
虎は、筋トレしたり、必殺技を会得するために特訓したりはしない。でも、強い。
……それは、『虎に生まれたから』だ。
しかし、盗賊達は、虎じゃない。武器と暴力で精一杯の虚勢を張っているだけの、ただの野良犬に過ぎない。必死で威嚇し、見下してきた村人達から反撃を受けた時、ハンターになれるだけの才能も、兵士になれるだけの真面目さも、商人になれるだけの勤勉さも、職人になれるだけの器用さも、そして農民になれるだけの勇気と覚悟もない連中が、どんな姿を晒すのか……。
* *
そして数日後、村人達は既に、農村防衛組織『斜道』を結成していた。
作物を、そして作物を通して人や家畜の命を育む、農民達。その農民達が人を殺す計画を立てるということは、道を外れる行為だ。
しかし、今回のことは、やむを得ない行為である。なので、『道を外れる』、即ち『外道』ではなく、少し道が斜めに曲がる程度、ということで、『斜道』と命名した。……勿論、私が。
昔の海外SF番組が好きだったんだよ!
最初の使いが来た時には、既に柵の補強や色々な準備がかなり進んでいた。それから更に時間が稼げたことにより、柵の増強処置は完了。
そして、柵の周辺や近くの林、そして盗賊達が野営に使いそうな草むら等に、罠を仕掛けた。
罠は、かなり手が込んだものから子供騙しのものまで、千差万別。中には、本当に小さな子供が作った、おままごとのような稚拙なものもあり、多分うまく作動しないであろうものもある。
しかし、『中には、致命的なものも交じっている』という事実がある限り、盗賊達は、全ての罠を『致命傷を与えるもの』として対処しなければならない。それは、奴らの行動を縛り、選び得る選択肢の幅を狭める。
そして……。
「来ました!」
見張りからの知らせに、私とフランセットが例の見張り小屋で待機。ここなら、出入り口付近での会話は丸聞こえだ。
ロランドとエミールは、近くの民家。ベルはレイエットちゃんと共に、もう少し離れた民家で待機。
そしてしばらく経つと、ふたりの盗賊が現れた。
前回と同じく村長が呼ばれ、再び話し合い……という名の、恐喝行為。
「へへ、待たせたな。じゃあ、これからは前に言ったとおり、金と食料、そして女を……」
どうやら、『裏切って逃げた連中』の捜索は諦めたらしい。
「は? ありったけのお金も食料も、そして女子も、既にお渡ししましたじゃろう? いったい何を言っておられるのじゃ?」
「う……。いいんだよ、そんな細けぇこたぁ!」
痛いところを突かれたのか、怒鳴って誤魔化そうとする盗賊。
しかし、村長はそんなことで誤魔化されはしない。
「そうはいかんじゃろう! 渡した物を受け取っていないと言われたり、二重取りされたりしては、約束にならんじゃろう! そもそも、お前達は本当に以前ここへ来た盗賊団の者なのかのぅ? 渡した物を受け取っていないなどと言うのはおかしいですじゃ!
渡した相手は、確かに以前他の者達と一緒に来た者じゃった。顔を覚えている者がおったからの。 じゃが、お前達の顔には、見覚えがないのじゃが……」
「な、何を……」
裏切り者が出たことは、知られたくない。
それに、もしそれを説明したところで、『じゃあ、もう一度お金と食料、そして女を出しましょう』という話にはなるまい。
そう考えると、盗賊達にはどうしようもなくなるはずだ。
そして話が行き詰まってしまい困り果てた盗賊に、村長が提案した。
「儂らがはっきりと覚えておる者……、頭目は無理じゃろうから、特徴があって皆がよく覚えている者、そうじゃな、あの、禿げ頭で、頬に傷のある男と、盗賊にしては貧弱な、銀髪の優男、あのふたりが来れば、あの頭目の使いじゃとはっきり分かるんじゃがのぅ。そうすれば、ちゃんと話をすることもできるんじゃが……」
使いのふたりは、村長に罵声を浴びせ、戻っていった。
うん、次が勝負だ。
* *
「副頭目のデイレスと、参謀のエクスデルだ。言われたとおり、来てやったぞ! さぁ、今度こそ、はっきりと……」
禿げ頭と優男、そして若い衆ふたりの、計4人。
村長達が少し出入り口から離れた場所で立ち止まったため、盗賊達は少し前へと進み、柵の出入り口から数歩中へと踏み込んだ。そして……。
「なっ?」
突然出入り口が閉められ、物陰に潜んでいた数人の村人達が突進した。各々の手に、しっかりと竹槍を握り締めて。
「て、てめぇら……」
どす、どすっ!
連続して人間の身体に突き刺さる、竹槍の音。
剣の達人とかであればともかく、盗賊風情に、同時に突っ込んでくる何本もの竹槍を捌けるわけがない。まともに武術を学んだこともない素人同士であれば、死ぬ気になれば、人間、そう大きな力の差があるわけじゃない。そして少々の差であれば、リーチの差と、数で押し切れる。
長い竹槍と、数を揃えての槍衾。それの奇襲を受けては、たかが4人の盗賊程度ではどうしようもあるまい。
なぜ前回の使いを殺さず、こんな面倒なことをしたか?
1回しか使えない奇襲攻撃ならば、敵に、できる限り大きなダメージを与えた方がいいに決まってる。だから、一番盗賊達にとって痛手となる獲物を誘き寄せたのだ。
さすがに、頭目がのこのことやってくるとは思えないから、その右腕であろう副頭目と、あの盗賊団が結構うまく立ち回れている理由である、参謀役の男を……。
最初に捕らえた、あの3人が囀ってくれた情報によると、あのふたりが『盗賊団の頭脳』であったらしい。頭目は、戦闘力と人望はあるが、体育会系の脳筋だとか……。
これで、あの盗賊団は、『頭の回る、油断ならない相手』から、『低能の集まり』に堕ちた。しかも、その低能達が、怒り狂い冷静さを失ったとすれば。
そして、それを迎え撃つのは、ロランドとフランセットと私により『えげつないやり方』を教え込まれた、盗賊迎撃隊『斜道』のメンバー達。
盗賊団撃退の、準備はできた!
……しかし、ロランドとフランセット。
あんた達、汚いやり方のレクチャーとか、拷問とかもできたんだ……。
騎士や王族は、そんなのやらないと思っていたよ。




