120 籠城戦 6
「へへへ、どうだ、そろそろ俺達を雇う決心がついたか? どうせ、おめぇ達には他に選択肢なんかねぇんだ、諦めて契約しちまいなよ。なぁに、有り金全部と、食い物を俺達が腹一杯食えるだけ、それと、身の回りの世話をする女を何人か寄越してくれれば済む話だ。たったそれだけで村が護って貰えるんだから、安いもんだろ?」
そう言って下品な笑い声を立てる、3人の、盗賊団からの使い達。
「……ん?」
使いのひとりが、怪訝そうな顔をした。
「お前達、何、生意気そうなツラしてやがんだよ!」
そう、前回、お頭達と一緒に来た時には、もっとオドオドとして、卑屈な態度だったはずである。それが、今回は、反抗的で生意気そうな顔をしている。
「俺達が3人だけだからって、舐めてんのかぁ! いいか、俺達は、あの有名な盗賊団『災厄の獣』の……」
「それが、何か?」
「え?」
おかしい。何か、おかしい。
ようやく、3人の使いの者達は、そう気付いた。
村長の家に通され、村長と、村の年寄り連中数人に対して、最後通牒とでも言うべき通告を行った。そしてあとは、要求を全て呑ませ、ついでに若い女を何人か連れ帰り、勿論途中で寄り道して初物を戴く予定であった。なので、希望者が殺到した使いの役を勝ち取るのにはかなり苦労したのだ。
あとは、この役目の余録に与るだけ。そのはずであったのに……。
「では、我々の回答をお伝えしますじゃ」
そして、村長が口を開いた。
「お申し出は、お断りしますじゃ。私共が得られる利益に対して、報酬額が許容限度を完全に超えておりますじゃ。金も、食料も、……そして女子衆のことも。
それに、何より、お前様方の信用度が全く足りておりませんじゃ。そう、到底、約束事を守りそうにない連中と契約を交わすような馬鹿は、この村にはひとりもおりませんじゃ……」
そう淡々と話す村長を、ぽかんとした顔で見詰めている盗賊達。
そして、ようやく今言われた言葉が頭に染み込んでゆき……。
「なっ! いったい、どういうつもりだ! 俺達に逆らったら、どうなるか……」
「どうなりますかのぅ……」
「てっ、てめぇ! 見せしめに、ぶっ殺してやる! 何人か殺せば、村の連中も、ただの脅しじゃないと……」
「はぁい、自分達が盗賊であることの自白、殺害行為の宣言、脅迫、そして老人の襟首を掴んでの暴行。正当防衛と盗賊討伐の条件、戴きましたァ!」
「なっ……」
隣の部屋から突然現れた、5人の男女。
そして、明らかに村人らしくない服装と、顔つき。
「てめぇらかぁ、じじい共に余計なことを吹き込んだのは! まず、てめぇらからぶっ殺し……、ぐえっ!」
どす、ばしぃっ!
盗賊達の注意が、話をしているカオルに向いている間に、フランセット、ロランド、エミールの3人は、そっと側面から回り込んで盗賊達に近付いていた。そして、ロランドはともかく、フランセットとエミールが、盗賊風情からのカオルに対する暴言や加害宣告、ましてや抜剣を看過するわけがなかった。
床に倒れた、3人の盗賊達。
そしてベルはと言うと、カオルの前で、懐に手を入れて低い体勢を保っていた。
「うむ、ベルも立派にお役目を果たしていますね。常に、その身体を盾として、カオル様をお護りするのですよ!」
フランセットのその言葉に、カオルが激昂した。
「お前かあああぁっっ! いくら私が教育しても、ベルの自己犠牲の方向性が全く改善されないと疑問に思っていたら、フランセット、お前の仕業かあああああぁっっ!!」
* *
まずは、3人減らした。
最初に盗賊の頭目が手下達と一緒に来た時、村人が数えた人数が29人だったらしい。
……つまり、あと26人だ。
捕らえた3人は、治癒ポーションで死なない程度に治癒させた後、縛り上げ、更に代謝を低下させる薬をぶち込んである。中和剤を飲ませない限り、まず敵の戦力になることはあり得ない。
あの3人を捕らえたのはフランセット達だけど、それは問題ない。もし私達がいなかったとしても、竹槍で奇襲攻撃、料理や水に毒を盛る、等、何らかの方法で村人だけでも簡単に倒せたはずだからだ。なので、盗賊と戦うことを決意した時点で、敵を3人減らせることは確定していたのだ。
たまたま、激怒したフランセット達が手を下しただけであって、あれは『まず最初に、使いの者達を倒して敵を減らす』という、村人の作戦の一部に過ぎないのだ。
「カオル様、柵の補強が完了しました。御確認をお願いします」
「ん、分かった」
村人のひとりの報告に、そう言って腰を上げた。勿論、フランセット達もついてくる。
私は、盗賊との対決が決まった後、村人達にいくつかの指示を出した。そのうちのひとつが、村を囲む柵の補強である。
この柵は魔物対策のものであり、人間の攻撃から村を守るには隙間が多過ぎ、そして脆すぎた。なのでそれを補強して、対盗賊戦用に使えるものに改造させたのだ。
「うん、なかなか良く出来てるね。充分、及第点だよ。じゃあ、言っておいた水桶を……」
村人は、私の合格判定に喜色を浮かべ、急いで水桶を運ぶべく駆け去った。
この柵は、元々オークやオーガの突進の勢いを止め、隙間から槍を突き出すための防護柵だ、ゴブリンやコボルト、角ウサギ等の、比較的小柄な魔物の侵入阻止は考慮されていなかった。……勿論、人間も含めて。
それを、隙間を狭め、尖った細い杭を結び付け、強引にすり抜けようとすればザックリといくように改装してある。わざと隙間を広めにしてある部分には、特に念入りにそういう仕掛けを仕込んである。
勿論、本番前にはそれに毒を塗る。この村にも、猟師や、無認可の素人薬師モドキくらいはいるのだ、私が手出ししなくても、毒草や、毒を持っている魔物や動物から抽出した毒薬くらいは用意できる。
みんなでゆっくりと柵の状況を確認していると、数人の村人達が、いくつかの水桶を担いでやってきた。
よし、ポケットから取り出す振りをして、ポーションを作成!
小さな試験管形の容器に入った、便利薬品を……。
「御苦労様。そこに置いて下さい」
そして、村人達が地面に置いた水桶に、ポーションを数滴ずつ垂らしてゆく。
「この水を、少しずつ柵の下の地面、杭の周りに撒いて下さい。そして、柵や棘にも塗って下さい。木材を頑丈にする薬品です。水が足りなくなったら、新しい水を汲んで、私を呼びにきて下さい。また薬品を入れますから」
うん、これくらいはいいだろう。柵を少し強化するだけだし、時間をかければ、薬品無しでも柵の強化くらいできる。アイテムを使って、時間を少し短縮しただけ。ソシャゲの課金と同じだ。決して、ズルじゃない。
耐性強化水……、まぁ、言うなれば、とあるアニメに倣って、『超硬質液体被膜』とでも言うか、それを塗ったり撒いたりしたところの確認をしてみよう。効果は瞬時に表れるはずだから、処置した直後でも大丈夫だろう。
まず、柵を地面に固定している杭を引っ張ってみると……、全然動かない。ピクリともしないよ。
「フラン、ちょっと杭の強度を確認してみて」
非力な私の細腕ではなく、剛腕フランセットの力なら、どうかな?
「……強敵です」
フランセットが頑張っても、杭と、その周りの地面が一緒に少し動くだけ。とても、『抜ける』というような状態じゃない。そして杭本体も、折れる気配が全くない……。
これならば、隙間をすり抜けるならばともかく、柵を破壊するのは難しいだろう。そして隙間をすり抜けようとすれば、人体に危害を加えるための鋭く尖った杭や棘の出番となる。毒付きの。
「カオルちゃん、この薬品、というか、薬品を塗った防護柵、何と呼べばいいでしょうか?」
フランセットが、そんなことを聞いてきた。多分、フランセットが私にはバレていないと思って密かに書いている、『女神カオル様の世直し道中記』とかいう日記に書くために聞いてきたのだろう。
いや、いいけどね、日記に書くくらいなら。
……但し、出版はさせないよ!
しかし、名前かぁ。う~ん……。
手でコンコンと叩いてみると、いかにも硬そうな音と感触が。
そして、薬品を撒いた瞬間に、時間を消し去り、『結果』だけを残すこととなる……。
手でコン、キングクリムゾンとなる……。
手でコン、キンクリと……。
手っコン、キンクリと……。
「『テッコン・キンクリート』、略称、『テッコン』だよ!」
うむ、我が長瀬一族のネーミングセンスの酷さは、健在であった……。




