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119 籠城戦 5

「申し訳ございませんでしたああああぁ~~!!」

 床に頭を擦りつけて謝罪する村長と、その後方で、同じような体勢で頭を下げている、村人達。


 あの後、もう、策略とか駆け引きとかは全部放り投げて、本当の本音で、全てをぶっちゃけた村長。その話によると、こんな感じだった。


 決して裕福ではないものの、近くの温泉にはいることをたまの楽しみとして、農業、林業、狩猟に採取と、それなりに生活していた、山奥の小さな村。

 そこに、ある日やってきたわけである。お馴染み、盗賊達が。

 しかしその連中は、村を襲って根こそぎ奪う、ということはせず、こんな取引を持ち掛けてきたらしい。

『村を護ってやるから、報酬として金と食料と女を差し出せ』


 お笑いであった。

 どうやら、盗賊稼業だけでは生活が不安定だからか、この村を『餌場』にするつもりらしかった。

 一度襲って潰してしまうのではなく、食料と金の、安定した供給源として。女の供給源として。そして、盗賊見習いの供給源として、ずっと利用する。

 ずっと、とはいっても、若い女性や少女は自分達が使い潰し、成人男性や少年は使い捨ての手下として盾代わりに使い潰していては、数年で村は老人だけになってしまうだろう。

 でも、別に問題はない。

 その時には、最後に村中の物を奪い尽くして、次の餌場へと移動すれば済むことだ。


 そしてタチが悪いのは、形だけではあるが、奴らが『護衛依頼を持ち掛けている』ということだ。

 この時点で、領主に助けを求めることはできない。『まだ、何もされていない』のであり、そして、『護衛の契約を持ち掛けているだけ』なのだから。

 その契約条件を提示しているだけであり、別に、脅迫をしているわけでも、犯罪行為を行っているわけでもない。……その契約を拒否すればどうなるかは、誰にも分からないが。

 他の盗賊行為の証拠でもあればいいが、どの被害がその連中の仕業かも分からず、襲われた商隊の生き残りが近くに住んでいるわけでもなく、そして必死に逃げ惑う中で、盗賊の顔などいちいち覚えてはいないだろう。それに、容疑者に『身に覚えがない』と否定されればお終いである。


 また、もし領主が領軍を出してくれたとしても、領軍が来ている間はどこか他所の場所で盗賊稼業に励み、領軍が引き揚げた後で戻ってくればいいだけのことだ。長期間に亘って軍をこんな田舎村に置いておくことなど、現実問題として、できるわけがない。


 そもそも、山奥の小村のために軍を出し、盗賊との戦いで被害を出すよりは、村人が搾取されるのを放置した方がマシ。そして税は、減らすつもりはない。領主がそう判断しても、何の不思議もない。これが、もっと納める税額が大きい村だとか、稀少なものを産出する村とかであれば、多少は事情が変わるのかもしれないが……。


「……で、自分達は何もせず、騙して引き込んだ無関係の他国人を盗賊達と戦わせようと考えた、というわけ? それも、子供連れの、戦える者が3人しかいない者達に……」

 村人達は、その恰好からベルも戦闘要員だと思っているだろうけど、ベルが持っている短剣は、殆ど飾りであり、威嚇用に過ぎない。せいぜいが、敵ひとりと差し違えられれば上出来、という程度だ。

 ベルの役目は、肉の盾となって私を護り、エミールやフランセットが駆け付けるまでの、ほんの数秒の時間を稼ぐことらしい。自分の身体に刺さった剣にしがみついて、抜けないように……、って、ふざけるな! 誰がさせるか、そんなこと!


「ち、違います! 皆さんだけで、30人近い盗賊共とまともに戦えるなどとは思っておりませぬ!」

 ……いや、戦えるだろうけどね。

「当然、私共も戦いますじゃ! ここに集まっているのは、村の男衆で、子供と、まだ跡取りを作っていない若者を除いた、総員ですじゃ。

 しかし、皆、キツい仕事で体格は多少良いものの、対人戦闘などやったことがない素人ばかりですじゃ。猟師が少し戦える程度。それも、獣相手の経験だけでは大した役には立たないですじゃ」

 でも、そう言いながらも、村長の眼は死んではいなかった。


「若者がひとりで、ひと旗揚げるとか言って街へ行くならばともかく、年老いた両親と幼い子供を連れた家族が、村を、土地を捨てて街へ行っても、農作業や樵、狩猟とかしか能のない者達には生きていく術がありませぬ。せいぜいが、貧民窟スラムでのたれ死ぬのが関の山。

 それならば、イチかバチか、ここで戦った方が……。

 たとえ戦いで果てようとも、戦いもせずに逃げ出して、貧民窟スラムで死にゆく妻子を見ながら後悔するよりは、千万倍はマシですじゃ!!

 じゃから、対人戦闘に慣れていると思われる皆さんのことを子供達が知らせてきた時、つい、魔が差してしまいましたのじゃ。少しでも戦力が欲しい。少しでも勝てる確率を上げたい。そして、少しでも女子供を助ける確率が上げられるのであれば、儂らの命はどうなっても、そして、死後に天国ではなく地獄へ堕ちることになっても構わぬ、と……」

 そう言って、再び頭を地面に押し付ける村長。


 見れば、ここにいる村人達の中には、かなりの年寄りも交じっている。

 年寄りを戦いから外して護るのではなく、若者達を少しでも生き残らせるための捨て石にするつもりか。村長自身も、その中に含めて……。

 ふ~ん、そうか。

 ふ~ん、そういうことかぁ……。

 私は、立ち上がって、腕組みをして言った。

「村長。どうして、おかしな策をろうして、私達を巻き込もうとしたのですか?」

「…………」

 何も言えず、ただ、頭を下げたままの村長。

 なので、私はこう言ってやった。

「あなた達は、おかしな策を弄したりせず、ただ、こう言えば良かったのです。『村のために、命を懸けた戦いを行う。だから、手伝ってくれ』と。ただ、そう言えば良かったのですよ……」

 そして、村長と村人達は、平伏し続けるのだった。


     *     *


「さすが、カオルちゃんです!」

 村人達が解散し、与えられた部屋で仲間内だけになると、早速フランセットがそんなことを言い出した。そして、それに続く、ロランドとレイエットちゃん。

「うむ」

「さすかお?」

 フランセットは、私が女神様っぽいことをして人々からの信仰を集めるのを、異常に喜ぶ。そしてロランドも、民草を護る行為に参加できることを喜ぶ傾向にある。エミールとベルは、言うまでもない。

 ……そしてレイエットちゃん、何だよ、『さすかお』って! おかしな略し方はしないの!


 とにかく、表の仕事、『便利な店 ベル』の店主ではなく、裏稼業の方、『女神の眼』の方のお仕事だ。

 ……いや、別に義務ってわけじゃないけど。ま、趣味のサークル活動みたいなものか。

 我ながら、軽いなぁ……。


「じゃ、お店の従業員と関係者の慰安旅行、というのは、ここでいったん保留ね。今から先は、『女神の眼』として、世間の常識はちょっとこっちへ置いといて、ということで……」

 こくこくこくこくこく

 うむ、じゃ、いってみよ~!


 先程は、あれから村の皆さんと少し話をした。

 そして、昔、訳あって土地を追われ、こんな山奥で村を開拓せざるを得なくなり、多くの仲間を失いながら開拓に成功した御先祖様達の苦労を、盗賊如きのために自分達の代で無に帰すわけにはいかない、と。

 そして、村を護るためならば、ここに集まった男衆の大半が死んでも構わない、と。

 女衆と子供達、そして子を成す前の若者達が生き残れば、村は残り、知識も継承される。そして次の世代で、たくさんの子供を産めばいい。そうして、自分達の命は受け継がれる。

「これは、決して『無駄死に』ではありませんじゃ……」

 村を捨てて逃げ、どこかの街の貧民窟のドブに顔を突っ込んで、悔恨に(まみ)れて死ぬことに較べ、それは、どれだけ誇り高く、胸を張って幸せに死ねることか……。

 そう言って笑う村長達には、もう、卑屈な様子はなかった。

 開き直ったのか、それとも……。

 とにかく、そういうわけで、戦闘準備。


「じゃあ、私が敵の中央に突っ込んで、最初に半分くらい倒します。ロランド様とエミールもカオルちゃんの前で活躍したいだろうから、残りを3等分して、平等に……」

 フランセットの言葉に、本当であれば『ふざけんな!』と言いたいところだろうけど、最初から3等分したのでは、自分では対処しきれない。そう考えたらしいエミールが、少し悔しそうな顔をしながらも、黙って頷いた。

 ロランドの方は、自分が直接敵を倒さなくとも、部下を指揮して倒せば、それすなわち自分の働き、という考えが身に染み付いているから、特に何も気にした様子はない。

 ……しかし。


「それじゃ駄目。村人は何もせず、困っていたら、都合の良い神様(デウス・エクス・マキナ)が現れて、全て解決。村の人達は何の経験もせず、成長もない。それじゃあ、私達がいない次回は、どうやって危機を乗り越えるの? その次は? そのまた次は?」

「うっ……」

 私の言葉に、口籠もるフランセット。

「そして、そんな話が広まったら、どうなると思う? みんな、自分達で危険を冒したり苦労したりせず、ただどこからか助けが現れるのを待つだけになっちゃうでしょ。『あの村のように、きっと助けが来るに違いない!』とか考えて。

 試練は、自分達の力で乗り越えなければ駄目。他者に少し手伝って貰う程度ならともかく、丸投げ、人任せ、神頼りじゃ……。それに、あの人達も、そんなつもりは全くないみたいだったじゃない」

 自分の浅慮を恥じてか、フランセットが黙って俯いた。

 しかし、珍しくエミールが私の言葉に反論した。

「それは、俺達やカオルの力を知らないからでしょ? もし知っていたら、村人の態度や頼み方も違ったんじゃないの? それに、助ける力があるのに助けず、自分達でやらせて怪我人や死人が出てもいいの?」

「いいよ」

「……え?」


 私の返事が意外だったのか、驚いたような顔のエミール。

 でも、世の中、そういうもんだ。何でも人に縋って、自分達のリスクはゼロ、なんてことは、あっちゃいけない。そういうことが頻発すると、人は腐る。

 ロランドとフランセットは、納得したような顔。さすが、年の功。フランセットも、もう30歳過ぎてるからなぁ。

 うん、村人達が死ぬことはない。

 自分達でやらせるけど、『私達が、少し手伝う』んだからね。

 そう、『ほんの少し』……。

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何事も他人任せにしたら碌なことにはならない!いい言葉です。某知事に爪の垢デモ煎じて飲ませてやりたい!
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