118 籠城戦 4
村長が戻り、料理が運ばれてきて、みんなでお食事。
食事の間は難しい話とかは無しらしく、村人達は適当な馬鹿話に興じている様子。なので私達も、村人に聞かれても困らないような、普通の(あまり女の子らしくない)ガールズトークで歓談。ロランドとエミールは、ふたりで何やらボソボソと話している。
料理は、大皿盛りで宴会料理っぽくはあるものの、素材はごく普通の農作物と、猟師が狩ったらしき猪肉が少々。
私達に食べさせるだけでなく、大勢の村人達も食べるのだから、そんなに大盤振る舞いができるわけがない。村人達もそれは分かっているらしく、大皿料理で一見量がありそうに見えながらも、実は人数に対しては微妙な量しかない料理を、あまりたくさんは取り皿に取らず、『料理は充分に足りていますよ』というように演出していた。
そうまでして村人を集めて、何をしようとしているのやら……。
* *
大した量でもない食事は、すぐに終わった。さすがに、私達の周りのお皿には充分な量が盛り付けられており、それには村人達も手を付けようとしなかったのだけど。
……ちょっと怪しんで、毒検知のブレスレットの効果範囲を広げてみたけれど、別におかしなものは入っていなかった。
さて、食事が終わった今、そろそろ本題が始まるのかな。
先に食事させておいて、『一宿一飯の恩義』ってのを強要するのかな?
博徒の親分の許を渡り歩いて生きていた無宿渡世人にはそれに応じなければならない理由があったけど、誘い込まれた私達には、そんな義理はないよ?
はてさて、どうなりますやら……。
「では、月に一度の、村の話し合いを行う。お客人方も、たまたま話し合いの日に滞在されているだけとはいえ、今現在『村にいる』お方なのじゃから、村の一員として、遠慮なく意見を言って戴いて構いませぬぞ。我々とは違った視点での御意見は、勉強になりますからな。わっはっは!」
嘘だああああぁ~~っっ!!
何が、『たまたま話し合いの日に滞在されているだけとはいえ』だよ!
私達がここに来る日に合わせて、急にこの日に、この茶番を開くことにしたくせに……。
ロランド、フランセット、そしてエミールとベルも、思い切り胡乱げな眼で村長を見詰めている。
しかし、さすが村長の職に就いているだけのことはある。私達5人(レイエットちゃんを除いて)の冷たい視線を気にした様子もない。
そして話し合いは順調に進み、私達にも時々『街では、今、どのような作物が売れているか』、『羽振りのいい村が、どのような工芸品を作っているか、知らないか』等を聞かれ、適当に答えていたところ……。
「では、最後の議題じゃ。『村に「護衛料」と称して金品と食料、そして女子衆を要求してくる盗賊共に対する対策について』。誰か、意見のある者はおらぬか?」
これかあああああぁ~~っっっ!!
みんなの様子は、と……。
うん、何にも考えていない様子の、レイエットちゃん。かわえぇのぅ……。
同じく、何にも考えていない様子の、エミールとベル。
このふたりは、別に思考停止しているわけじゃなく、何があろうと私の決定に従うだけだからという……、それが『思考停止』だっちゅーの!
ロランドは、微妙な表情。
良き臣民達を護るのは、王族としての務め。しかし、ここは自国ではなく、この村人達を護るのは、この国の貴族や王族達の役目であり、自分の役目ではない。それに、王族は、施政を通じて国民を護るものであり、自分で剣を振り回して護るものではない。
……しかし、目の前の、窮地に立たされた者達を見捨てるというのは、王族として、いや、ひとりの男として……。
とか考えているのだろうな~……。
そして、フランセットはというと……。
きらきら……
きららきらきら、きらりんこ!
危機に陥った村に現れた、旅の騎士。
悪党共をばったばったと薙ぎ倒し、黙って去っていこうとする騎士に、後ろから声が掛けられる。
『あの、お名前を……』
『我が名は、フランセット。女神の守護騎士を任じられただけの、取るに足らぬ者です……』
とでもいうようなシーンを妄想している眼だな、あれは……。
……ダメだ、こりゃ!
貴族のお忍びらしい、高貴な顔立ちで高価そうな装備の男性。
その妻か恋人らしき、同じく高価そうな装備を身に付けた若き女性。
護衛として雇われたらしい、兄妹か恋人同士のハンター。
貴族ふたりの身の回りの世話をする、お付きのメイド。
どこかで保護したらしき、平民の幼女。
……うん、どう見ても、『平民贔屓でお人好しの貴族のカップルが、物見遊山の旅をしているの図』以外の何ものでもないよね~。
そして、貴族の男性は明らかに同情している様子であり、その妻か恋人は、もう、やる気満々のオーラがダダ漏れ、どころか、全方位に噴出している。
なので、村長の顔は、にやけるのを必死で我慢しているような感じになっている。
ま、この一行の意思決定権者がその気になりかけていて、そしておそらくは『意思決定権者に大きな影響を与え得る、事実上の最高権力者』であろうと目される女性が大乗り気なのを見れば、そう思うよねぇ。男性貴族は、女性の頼みを無下にするようなことはあまりないから。それも、惚れた女性からの頼みは、特に。
そう、そして護衛やお付きメイドや幼女の意思は関係ない。
……と思うよね。
期待に満ちた顔で、私達……というか、ロランドとフランセットを見詰める、村長と村人達。
そして、その圧力に、遂にフランセットが。
「お任せ下さい、私達が、」
「……この村の安泰をお祈りしておきますので、皆さんは、安心して領主様に助けをお求め下さい!」
言わせないよ!
不用意な発言をしようとしたフランセットの言葉を強引に遮り、その続きをねじ込んだ。
「「「「「「えええええええ!!」」」」」」
お人好しで単純そうな貴族の女性が、狙い通りの台詞を口にしてくれて、『勝った!』、『計画通り……』などと考えて喜んでいたところに、突然思わぬ邪魔が入ったものだから、村のみんなの顔には、困惑、そしてそれに続いて、怒りの表情が浮かんだ。ま、無理もないか……。
「メイド風情が、要らぬ口出しをするでない! お前は、黙って御主人様の決定に従えばよいのじゃ!」
「「「「「「そうだそう……」」」」」」
ぎしっ!
「え……」
私に向かって村長が怒声を浴びせ、村人達がそれに同調した声を上げかけた時。
……空気が凍り付いた。
それまで、にこにこ、きらきらとした眼をしていた、フランセットが。
どうしたものかと、思案げな顔をしていたロランドが。
どうするかは私に丸投げで、我関せず、という態度であった、エミールとベルが。
そして、何も分かっていないらしくてぽかんとしていた、レイエットちゃんまでもが。
怒りに満ちた顔で、村長と村人達を睨み付けている。
「さすが、カオルちゃんです。こいつらの、救われるに値しない下賤な本性をお見通しでしたか……」
「不愉快だ。すぐに出発するぞ。こんな村に滞在すると、身が穢れる!」
「……出発する前に、この村を滅ぼしちゃ駄目?」
蒼白の、村長と村人達。
どうやら、自分達がやらかしてしまったということだけは、理解できているみたいだ。
……いや、そんな、縋るような眼で見ても、知らないよ。
私は、所詮、『メイド風情』だからね。




