117 籠城戦 3
「……で、怪しいのを承知で、行くわけですか……」
呆れたような様子のフランセットをスルーして。
「うん。何か、面白そうだから。……それに、売られた喧嘩は買う主義なんだ、私」
「「……知ってた」」
「しってた……」
フランセットとベルに続いて、意味が分からないけれど真似してそう言うレイエットちゃん。
うむ、かわえぇのぅ……。
案内役として残った少年は、ロランド達と一緒に男性用テントにいる。だから、相談は女子用テントのメンバーのみで。
「基本的に、盗賊村だったら殲滅。なるべく殺さないように捕まえるけど、こっちの身の安全が優先だから、少しでも危険を感じたら、構わず殺すか行動不能に。死んでいなければ治せるし」
こくこく
「子供は、なるべく助けてあげたいとは思うけど、『英才教育済み』だったら、矯正は不可能かもね。こっちを平気で殺そうとしてきたら、迷わず倒すように。私にとっては、盗賊のガキより、仲間の方が数万倍大事なんだからね。変に悪人を助けようとして自分を危険に晒す行為は、『自分の命』ではなく、『私のしもべの命』を危険に晒しているのだと考えてね」
こくこく
よし、これだけ言っておけば大丈夫だろう。
人間の命の重さは皆同じ?
小汚い盗賊のおっさんとレイエットちゃんの命の重さが同じとか抜かす馬鹿がいるなら、連れてこい! 私が、小一時間説教してやる!!
もし、悪党面をした凶悪な盗賊と、美少女や幼女、どちらか片方しか助けられないとしたら、悩む余地がある?
え? 悪党面をした凶悪な普通の平民と、美少女盗賊や幼女怪盗だったら?
うっ。
ううっ……。
ま、まぁ、そういうわけだ!
「カオルちゃん、その場合は、どちらを優先すれば……」
「うん、そこはちゃんと確認しておかないと!」
フランセットとベルが追及してきた。
うう……。
「そ、それは自分で考えるのだ!!」
「あ、逃げた!」
「逃げましたね……」
う、うるさいわ!
そして、2泊してゆっくりと温泉を楽しんだ後、昼2の鐘(午後3時頃)より少し前くらいに、テントを撤収して村への移動を開始した。
案内役として残っていた少年は、皆と一緒に私が作った食事を腹一杯食べていたから、元気いっぱいである。腹ごなしに運動……というか、武術の真似事をしていたから、面白がったロランドとフランセットが少し指導してやると、凄く食い付いて真面目に鍛錬するものだから、エミールとベルもそれに参加して、何だか武術教室みたいになっていた。
食って、鍛錬して、温泉(治癒と回復効果付き)。延々とその繰り返し。
いや、そりゃ、効果が上がるわ……。
プロの指導を受けて、短期間で自分でもはっきり分かるくらい上達した少年は機嫌が良く、元気いっぱいで道案内をしてくれている。
……何か、罠にかけようとしている盗賊の仲間、という感じじゃないなぁ。先に村へ戻ったふたりも、ごく普通の村の子供、という感じで、荒んだ雰囲気や悪党面をしていたわけじゃないし……。
こりゃ、考え過ぎ、警戒のし過ぎだったかな?
いや、ま、警戒し過ぎて命を落とすより、警戒しなさ過ぎて死ぬことの方がずっと多いだろうから、これでいいか。別に、誰に迷惑を掛けるわけじゃなし。
そして、2時間弱。
やってきました、山奥の小さな村。
村なのに、周囲を木製の柵で囲ってある。こんなところに攻めてくる軍隊はないし、これはやはり盗賊村……。
「獣や魔物対策ですよ」
私の顔を見て、何を考えているのか察したのか、フランセットがそう言って教えてくれた。
言われてみれば、確かに、人間の侵入を阻止するには少々お粗末だ。
いや、頑丈さの話ではなく、人間であれば隙間をすり抜けたり乗り越えたりして簡単に抜けられそうであり、知恵が回らず力押しの獣や魔物を想定したものなのだろう、ということだ。
柵で囲われているのは家々が建ち並ぶ居住エリアだけで、畑はその外側に広がっている。まぁ、作物を食べる小型の動物や魔物を防げるような柵ではないし、作物ではなく『人間を食べる』方の魔物を防ぐには、あまり広い範囲だと護りきれないし、柵を作るのも大変なのだろう。
……で、私達が柵の出入り口部分に向かっていると、柵の外側の畑で農作業をしていた人達が数人、集まってきた。
「おお、うちの村にお客人とは、珍しい。ようこそ来なさった。まぁ、ゆっくりしていきんしゃい!」
「は、はぁ……」
うむむむむ……。
みんな、愛想良く、笑顔で迎えてくれている。真面目に農作業をしていたようだし、雰囲気も、悪人っぽくはない。どう見ても、田舎の村人A、B、C、その他だ。
盗賊村、っていうのは、どうやら考え過ぎだったらしい。
……でも、何か、引っ掛かる。
そもそも、こういう交通路から完全に離れた、余所者が来ることはまずない田舎村って、いきなりやってきた余所者には警戒するもんじゃないのか?
それも、6人中3人は剣で武装していて、そのうちふたりは、服装や装備品がかなり高価そう、というのは、食い詰め者のごろつきではないにしても、無理難題を吹っ掛けたり、もてなしを要求したりする下級貴族や名ばかり騎士の一行、という可能性もある。とても、歓迎するような来客ではないはずなんだけど……。
それに、ここは小さな村だ。2日前に戻ったはずの、あの少年ふたりから話が広まっていないとも思えない。こういう村にとって、珍しい話はすぐに村中に伝わって、恰好の話題になるはずだ。
なのに、何も知らなかったかのような、この対応。
うむむむむむむ……。
まぁ、気を緩めるにはまだ早い、ということか。
ロランドとフランセットの方をちらりと見ると、ふたりも、微かに頷いた。ま、ふたりは戦いと謀略のプロなんだから、当然だよねぇ。下級兵士と違って、騎士や王族は、搦め手、騙し討ち等の勉強もしているだろうから。
数人の村人が話し掛けてきたけれど、その間に、2~3人が柵の入り口の方へと向かっていた。
うんうん、みんなに知らせに行ったか……。
力尽くでどうこう、という雰囲気ではないし、まともな農民達らしいし……。
いや、勿論猟師とか樵とか、色々な職業の人がいるだろうけど、とにかく、犯罪者の集団、というふうには見えないんだよなぁ。
でも、普通の村、というには、少し怪しい。少年達が、ひとり残してふたりが村へ戻る、ということを選んだのは、とても通常の行動とは思えない。普通はみんな戻るか、みんな残るかのどちらかだろう。
まぁ、みんなが家族に無断で2日も戻らなければ大騒ぎになるだろうから、後者はあり得ない。
だけど、初対面の者達のところに少年をひとりだけ残して、さっさと帰るか? それも、2泊で滞在する者達のところへ。それを残した少年の家族に伝える時に、騒ぎになるとは思わなかったのだろうか?
そして、この2日間、家族が少年を迎えに来ることはなかった。僅か徒歩2時間弱の場所なのに。
……つまり、そういうことなのだろう。
「おお、このような山奥の村へ、ようこそお越し下さいました! 私が、村長のハスダルと申します。今夜は、是非我が家でお泊まり下さい」
このような村に、宿屋があるわけがない。田舎の村で、村長の家が一般の家より大きくて立派なのは、旅人や訪問者に寝所と食事を提供するためである。なので、その申し出を辞退するという選択肢はない。野営できないわけではないが、それは、村長の顔を潰す、非礼に当たる。
……しかし、なぜこの村長は聞いてこないのだろうか。普通なら、最初に聞くべき質問を。
そう、『何の御用件でこの村へ?』という、至極当然の質問を……。
うん、まぁ、『子供達が、この村に来るよう誘導した』と知っているから、聞いてこないんだろうな、やっぱり……。
で、少年が、私達に食事と武術指導のお礼を言って、自分の家へと向かい、私達は村長の家へ。
「うっ!」
村長の家へ入り、大広間へと通されると、そこには大勢の男衆が座っていた。下は15~16歳くらいの、成人したばかりらしい者から、上は60歳近い者まで……。
この世界の60歳というのは、現代日本と違って、かなりのお年寄りである。食生活のせいか、過酷な生活のせいかは知らないけれど……。
「すぐに料理の準備ができますから、どうぞ皆と一緒にごゆっくりと……」
そう言って、台所があるらしい方へと去っていく村長。
(こ、これって……)
小声で囁く私に、フランセットが、同じく小声で返してきた。
(ま、まさか……)
「「嫁のなり手がいない農村の、婚活パーティー!!」」
「「「「「「違うわあああぁっっ!!」」」」」」
思わず大声を出してしまった私とフランセットに、男衆が一斉に否定の叫びを上げた。
いや、そこまでムキになって否定しなくても……。
「余ってるの、子供と幼児だけじゃねーか!」
う、うるさいわ!!




