116 籠城戦 2
「……では、近くの村の者だと?」
「う、うん、この向こうにある村に住んでるんだ。ここには、たまに来る……」
町からは少し離れているけれど、近くに村があるらしい。少年達は、そこの住民だとか。
まぁ、村はここのことを教えて貰った町とは反対側にあるらしいから、町の人もわざわざ村のことには言及しなかったのだろう。多分、村からはそちら側にある町の方が近くて、あの町とはあまり交流もないだろうからね。
……あ、勿論私達は、いったん女子用テントに戻って服を着てきた。でないと、みんな動揺し過ぎて会話にならないから。
「じゃあ、せっかく来たんだから、私達の後にはいれば? 別にこの温泉は私達のものというわけじゃないし。……というか、ここ整備したの、あなた達の村の人達なんだから、私達がお邪魔虫だよねぇ……。
本当は混浴なんだろうけど、さすがに、それはちょっとアレだから、ちょっと待っててね」
私がそう言うと、子供達はうんうんと頷いている。
待たせるのは悪いけど、ここは『早い者勝ち』ということで。やっぱり、先にはいりたいものね。
この子達には、ロランドやエミールと一緒にはいって貰おう。それならば、『他の者を排除した』ということにはなるまい。
……しかし、村人達は混浴だろうに、どうして私達の裸を見てあんなに取り乱したのだろうか。
まさか、あまりの胸の無さに驚いた……、って、うるさいわ!!
ちょっと気になって聞いてみたら、真っ赤になってる。うむむ、初心よのぅ、とか思っていたら、その視線がフランセットとベルに向いていた。
胸か? 目付きか? ……両方かよ、チキショーめ!!
いや、それよりも、3人の中のひとりの視線がレイエットちゃんに向いているのは、どうよ!
ま、まさか、貴様……。
あ、妹が小さい頃に世話していたのを思い出して、懐かしかっただけ? ソ、ソウデスカ……。
そして、少年達の見張りはロランドとエミールに任せ、私達はゆっくりと温泉に。
あ、そうだ!
(ポーションがちょっぴりはいった、ライオンの頭部形容器。その中を通ったお湯に極々僅かずつその成分が溶け出して、ほんの少し美容効果と治癒効果とリラックス効果が出るやつ、お湯の流れ込むところにピッタリ嵌まって出ろ!)
うん、詳細はちゃんと頭の中でイメージしているから、大丈夫だ。
そして現れる、イメージ通りのアレ。ライオンの頭部形のアレね、口からお湯を吐くやつ。ゲロゲロ、と……、って、何か汚いな!
いや、そうじゃなくて!
とにかく、岩に貼り付いたライオンヘッドの後頭部に注ぎ込まれたお湯が、口から出る。ただそれだけの、一種の飾りに過ぎない……、ように見える。
ま、せっかく来たんだし、いつも苦労しているフランセットに、少しくらいサービスしてあげなくちゃ。
時々、身体が鈍らないようにと、鍛錬のため剣術道場に行って1対10とかでの立ち会いを申し込んでいるらしく、たまに打撲傷とかで痣を作って帰ってくることがある。ポーションで治してあげようとしたら、『この程度の傷に、そのようなものは必要ありません』とかいって断られるんだよなぁ。
でも、あまり身体が痣や傷だらけになると、ロランドに申し訳ないしね。だから、効果の方は、こっそりと。
それと、あまり弱い者苛めをしないようにね、フランセット。……看板とか持って帰っちゃ駄目だからね!
「な、何ですか、それは……」
「うん、やっぱり、温泉はこれがないとね。私の世界では、温泉にはライオンの吐出口、というのが常識なんだよ、うん!」
勿論、実際には、そんなことはない。そもそも、和風の温泉にライオン、というのは、あまり合いそうにないし。
「は、はぁ……」
フランセットは微妙な顔をしているが、ベルとレイエットちゃんは、ライオンヘッドをぺたぺたと触っている。ま、触ったくらいじゃ別に手に薬効の影響が出たりはしないだろうから、いいか。
あ、一応、ライオンヘッドは固定位置から取り外そうとすれば粉砕されて全ての効果がなくなるようになっている。私が創るこの手のものは、1回限りの使い捨てのもの以外は、全て自壊機能付き。いくら微々たる効果しかなくても、どこかの権力者や金持ちに悪用されればマズいことになるからね。
世の女性達にとっては、微々たる効果でも大きな魅力だろうから、権力者である夫や恋人に働きかけて、とか、十分にあり得るだろう。げに恐ろしきは、女の美への欲望なり……。
……私? 優しい目元と胸と身長を寄越せ!
くそ、失敗したなぁ、セレスとの交渉……。
いや、私は両親から貰ったこの容姿と遺伝子、そして中身で勝負するんだ、ポーションを使ったイカサマとかはやらない! 配られたカードで、正々堂々と……。
「姉さま、百面相ごっこ?」
違~う!!
そして女の子(見た目は)4人でガールズトークを始めてみたけれど……。
話題が無いぃ!
年齢イコール彼氏いない歴の私。
一応エミールとカップルのはずだけど、孤児時代と変わった様子は全くないベル。
そして問題外のレイエットちゃん。
残るは……。
「フランセット、ロランドとはどう?」
「は? どう、と言いますと?」
「いや、どこまでいってるのかな、と……」
「え? 皆さんとずっと一緒ですから、王都グルアからここまで以外はどこにも……」
「「…………」」
ベルと顔を見合わせて、ため息を吐いた。
駄目だ、こりゃ……。
そして、身体がふやけてのぼせるまでたっぷりと入浴して、服を着てから男性陣を呼んだ。
「「「「「長いよ!!」」」」」
あ、やっぱり……。
「うわ、何だこりゃ!」
おお、見慣れないものがくっついてるから、驚いているな。
「何の動物だ、これ?」
え? ライオンを知らない?
この世界にはライオンがいないのか、それとも、このあたりにいないだけなのか……。
まぁ、テレビもないし、動物図鑑とかも見たことないだろうから、知らなくてもおかしくはないか。私も、テレビも本も動物園もなかったら、日本に住んでいてもライオンなんか見る機会はなかっただろうし。ここには、『ライオンからのお知らせ』とかがあるわけでもないしなぁ。
と、まぁ、そんな声を聞きながら、女子用テントでゴロゴロと……。
* *
「で、村に来ないか、って?」
「う、うん。ここから2時間くらいだからさ、すぐそこだよ。小さい村だけど、いいところだよ。美味しい野菜や自然薯、鹿肉や猪料理がすごく美味しいんだ!」
おお、鹿肉と猪肉、そして自然薯!
……でも、どうして眼が泳いでいるのかな、キミタチ……。
でも、ま、行くんだけどね。
「どうしてまた、あのような誘いに? 何か、怪しかったでしょう?」
「怪しかったよねぇ」
「あやしかった……」
女子用テントの中で、口々にそう言うフランセット、ベル、そしてレイエットちゃん。
……って、レイエットちゃんは、ふたりの真似をしているだけで、全然分かっていない模様。
あの後、少年達は、私が『じゃあ、行ってみようかなぁ』と言うと、ひとりが道案内役として残り、あとのふたりは『用事があるから、先に帰る』と言って村へと戻っていった。
……根回しと準備のためだよねぇ、どう考えても……。
で、私達はまだ温泉を堪能し足りていないので、すぐに出発したりはしない。2泊3日でたっぷりと温泉を満喫してから出発する予定である。
大体、日本でも、一泊二日の温泉旅行なんて、夕方着いて、食事して入浴するだけで、翌朝すぐに帰る、とか、往復で疲れるだけで、温泉でゆっくりする暇がない。温泉は、滞在してゴロゴロするのがいいんだよ。何回も温泉にはいったり出たりを繰り返しながら。そして時々、近傍の観光地を廻ったりして……。
さて、山奥の小さな村は、どんな趣向で私達を楽しませてくれるのやら。
旅人の身ぐるみを剥ぐ盗賊村? 『身ぐるみ』だけでなく、『身』そのものも奴隷として売る人身売買組織が家族達と一緒に暮らしている、犯罪者の村?
別に世直しやボランティアが趣味というわけじゃないけれど、来いと言われたならば、行ってあげよう。
……『鬼神にして、女神の守護騎士』、『勇猛なる王兄』、『自分の命など惜しまぬ、狂信者』達と共に……。




