115 籠城戦 1
「そのような報告で、余が満足するとでも思っておるのか!」
「はは~っ!」
この国、ベリスカスには国王も貴族もいるけれど、国王が独裁するのではなく、上級貴族達が合議で国の意志決定を行っている。そして、他の王国や帝国等に較べると、商人達の発言力が強いのである。勿論それは、良いところもあり、悪いところもある。貴族にとっても、商人にとっても、一般の平民達にとっても、そして勿論、王族にとっても……。
海辺の地方都市で起きたという、女神の奇跡。
弱小子爵家の娘が女神の御寵愛を受けて助けられ、家族の仇を討ってお家を守り抜いたという、いささか、いや、かなりの眉唾物の話である。
普通であれば一笑に付すところであるが、その当事者である、子爵家を継いだ娘からの顛末報告書が届き、それに続いて、その子爵家の寄親を務めている伯爵家からの報告書……、の名を借りた意見具申の書簡が届いた。
主な政策は王の一存で勝手に決めるわけにはいかないが、正統な爵位後継者が犯罪行為を犯した身内を処分した程度のことであれば、うむ、問題なし、と返事してやることくらいは独断で可能であった。弱小貴族の権利を尊重してやるわけであるから、それに文句を言うような貴族がいるはずもない。
……しかし、この件は、普通の事件ではなかった。
女神の奇跡!
女神の御寵愛を受けし、若く美しい貴族家当主である少女!!
このような美味しいネタを、貴族連中に掻っ攫われるわけにはいかない。
女神の御寵愛を受けし少女を取り込んで、王の権威と権限を強化できる絶好の機会なのである。
そして逆に、有力貴族に取り込まれて、貴族連中の発言力を上げるための駒として利用されるかも知れないという危機でもある。
なので、即座に確認のために王族派の伯爵家当主を使者として遣わしたというのに、碌な成果もなく戻ってきた。国王が不機嫌になるのも当たり前であった。
「次の手を打つか……。そろそろ貴族連中も情報を掴んだ頃であろう、急がねば……」
* *
「温泉へ行こう!」
「「はい!」」
「「え?」」
「?」
私の提案に、無条件で、何も考えず、殆ど反射的に賛成するエミールとベル。
何を突然、と、疑問の声を上げるロランドとフランセット。
そして、多分『温泉』が何かということも分かっていないらしいレイエットちゃん。
「「で、『おんせん』って、何ですか?」」
エミールとベル、お前らもか~い!
「温泉というのは、自然のお湯が湧き出ていて、健康と美容にいい……」
「「行きましょう!」」
まだ全部喋っていないのに、フランセットとベルが賛成の意思表明。
返事が速いね、キミタチ……。
斯くして、温泉旅行が決定したのであった。
……ロランドの意見?
そんなものは、最初から考慮の対象外だ。
とにかく、人間、働いてばかりじゃ駄目だ。たまには遊ばねば!
そういうわけで、『便利な店 ベル』、従業員プラス居候で、慰安旅行だ!
* *
「……で、それらしいところへ来たわけなんだけど……」
地図でそれらしい場所を調べ、ハンターギルドや商業ギルドで聞き込み、そして若い頃に各地を廻ったという老人にお酒を奢って聞き出して、ここぞと目星を付けてやってきた、ここ、『火竜山脈』。
別に、本当に竜が住んでいるというわけじゃない。白煙が立ち上り、熱気が噴き出す場所があるからそう呼ばれているだけであり、それは即ち、『温泉がある場所』の有力候補というわけだ。
そして……。
「温泉? あるよ」
瞬殺。
いや、一瞬で見つかった。あまりにも呆気なく……。
「でも、あんまり行った者の話は聞かねぇなぁ……。かなり遠いからなぁ」
酒場での聞き込みで見つけた……というか、最初に声を掛けたおっさ……、いやいや、おじさんが言うには、確かにそういうものが発見されているけれど、山岳地の上、街から遠いため、せっかくお湯に浸かって汗を流し、筋肉の凝りをほぐしても、帰路で汗だくになって筋肉痛を起こすから、行く意味がない、とのことだった。
うん、そりゃそーだ。
しかし、せっかく来たのだ、このまま帰れようはずもない。
それに、私達は別に急ぐわけではないから、帰りはゆっくり歩いて、途中で野営すればいい。キャンプ用具は常にアイテムボックスにはいっているし。
それに、もしかすると、もっと近場で別の温泉を発見できないとも限らない。うん、問題なし!
そういうわけで、カムフラージュのために地元産の食材を少し買い込み、ダミーの荷物を背負って、出発!
「う~ん、無いなぁ……」
温泉を探索するためのセンサー、『温センサー』を装着した私は、そう呟いた。
……『温センサー』というのは、以前使った、眼鏡形の目標物探知機『サーチャー』のことである。あれに、探知目標を『温泉』とセットしただけ。再利用の、エコ製品である。
そして、その『温センサー』には、近くに他の温泉がありそうな気配はない。
……結局、教えて貰った温泉まで来てしまった。
そりゃそーか。何百年もの間、じもピー(地元の人々)が、もっと近くの温泉を探さなかったはずがない。それで見つかっていないのだから、そりゃ、無いだろう……。
そして、『温センサー』のおかげで迷わず辿り着き、温泉の横にアイテムボックスから出したテントを設置。女性用、男性用、そして休憩用の屋根だけのテントとテーブルセット。
設置は、フランセット、エミール、ベルの3人で。ロランドは使えないなぁ。……私もだけど。
温泉は、勿論建物とかがあるわけではなく、底からお湯が湧きだしているらしきお湯溜まりがあって、そこから溢れたお湯が流れ出している。
溢れたお湯はすぐに冷めて、そのまま小川となって下の方へ流れている。そのうちどこかの川に合流するのか、地中に吸い込まれて消えていくのかは分からない。
そのお湯溜まりから、人工的に作られた溝を通ったお湯が、岩場のへこみを利用して造られたらしき四畳半くらいの広さの浴槽部分へと流れ込み、反対側からは排水が小川に合流するようになっている。そして更に、どこかから引いてきたらしい普通の山水が浴槽の横を流れていて、お湯の方と同じく、仕切り板を動かすことによって浴槽へと流れ込む水量を調整できるようになっている。
「うわぁ、うまく造ってあるなぁ……。まぁ、何百年も前からあるのなら、これくらいは工夫するか……。じゃ、とりあえず、ロランドとエミールはどっか行ってて」
「はい!」
「……分かった」
うん、さすがに、ここでゴネたりはしないか。
ふたりが去ってから、みんなで服を脱いで、温泉へ!
「うわちゃちゃちゃちゃ!!」
右足をそっと浴槽へ入れたら、あまりの熱さに跳び上がった。
……うん、誰も湯温の調節をしていないんだから、適温になっていなくて当たり前だ。飛び込んだら、死んでたかも知れない。第二の人生が、温泉で火傷して死亡、ってのは、さすがにちょっと情けない。
お湯の方の仕切り板を閉めて、水の方の仕切り板を開き、しばらく待つか。少し時間がかかりそうだけど、幸い、気温はそう低くないし、風も無く、お湯の熱気もあるから、裸でも寒くはない。
どうせ今日はここで野営する予定だから、時間はたっぷりある。エミールとロランドは、夕食のための獲物か果物でも探しているだろうから、ゆっくりしても大丈夫だ。
そう思って、4人で裸のままのんびりと話をしていると……。
がさ
藪の間から、突然3人の男が現れた。
そして、私達を見て、硬直。
「「「きゃあああああ~~!!」」」
そして、辺りに響く悲鳴。
……男達の。
私とフランセットは、どちらも生活年齢はアラサー。いくら年齢イコール彼氏いない歴だといっても、子供に裸を見られたからといって、悲鳴を上げて騒ぐような年齢じゃないからね。
ベルは、風雨が吹き込まない部屋はひとつしかない廃屋で、男女ごっちゃで暮らしてきた。そしてレイエットちゃんは、まだそういうのは何も分かっていない。
うん、この子達、私から見れば、一応は「男性」という外見なんだけど、ここの人種的に考えれば、まだ13~14歳くらいの子供だよねぇ、多分。身体がデカいだけで。ま、「少年」というところか。
そして、その3人の前には、側に置いてあった神剣エクスグラムを振りかざしたフランセットが立っていた。……全裸で。
しかし、『きゃあ』って……。
女子力高いね、キミタチ……。
「どうした!」
「カオル様、御無事ですか!」
そして現れた、ロランドとエミール。
いや、そりゃ、来るわなぁ……。
「「ぎゃあああああ!!」」
今度の悲鳴は、フランセットと私。
うん、さすがにフランセットと私も、ロランドに裸を見られるのは嫌だ。
しかし、フランセットは悲鳴はあげたものの、私達を護るため体勢を変えるわけにはいかず、真っ赤な顔でぷるぷると震えている。
……しかし、思わず上げた悲鳴が「ぎゃあ」か。
女子力低いなぁ、私達……。
そしてロランドとエミール、ちょっと駆け付けるのが早過ぎないか?
どこにいたんだよ!




