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111 復讐の弾道 4

「そ、そんな、根も葉もない噂話を……」

「噂話? しかし、実際にお前の家はカラスや犬に取り囲まれており、出入りする者は襲われるのであろう?」

「あ、あれは、誰かが嫌がらせで餌を撒いて……」

 必死で言い逃れようとするアラゴンであるが、マスリウス伯爵は追及の手を緩めない。


「カラスや犬の統率の取れた行動、攻撃対象の明確な区分分け。それらが人間の力で可能だと? アラゴン、お前、自分が言っていることを本当に信じているのか?」

「…………」

 反論できず、言葉に詰まるアラゴン。

 そう、自分でも、あれは到底人間にできるようなこととは思えなかった。

 しかし、一時は自分も心配したものの、今ではあれが神罰だとは思っていなかった。


「し、しかし、女神セレスティーヌは、過去の神罰において、そんなまだるっこしいやり方をされたことは一度もありません! いつも、強烈な雷や炎の渦、洪水、地割れ、その他の天変地異で一瞬の内に街や国を滅ぼされていたはず。

 それに、最後に神罰を下されたのは数百年前のことです。

 また、たとえどのような犯罪行為であろうとも、女神が人間ひとりひとりの行動に対して善悪の判断を行ったり、いちいち干渉するなどということは過去には一度もありません! 人間が勝手に決めた法律など気にもされず、女神がお怒りになるのは、女神の名を汚したり悪用したりするか、大規模な自然破壊を行った時くらいしか……」


「何……」

 一瞬、怪訝そうな顔をしたマスリウス伯爵は、すぐに呆れたような表情に変わった。

「最後の神罰が数百年前だと……。国としては正式には発表しておらぬが、貴族の間だけではなく、神官や商人達を通じて平民の間にも噂が広がっておるというのに、まさか知らぬというわけではあるまいな?」

「え? 何のことでしょうか?」

 伯爵の言葉に、今度はアラゴンが怪訝そうな顔をする番であった。

 そして、伯爵が重々しい声でアラゴンに告げた。

「最後に女神の神罰が下されたのは、4年と少々前だ。そしてお前も、これは知っているだろう。『アリゴ帝国侵攻軍の敗北』、そして『ルエダ聖国の滅亡』のことを……」

「え……」


 一瞬、呆然としたアラゴンであるが、すぐに猛然と反論を始めた。

「アリゴ帝国の侵攻軍を撃退したのは、バルモア王国の守護者、『鬼神フラン』と、その部下である『死神』達の仕業でしょう! そして女神は講和会議に御降臨なさり、皆に平和の大切さを説かれたと……」

 マスリウス伯爵は、やれやれ、というふうに首を振った。

「それは、民間ルートで伝わった不正確な情報だ。講和会議に出席した使節団から直接報告された情報は、こうだ。『帝国の西部方面侵攻軍は鬼神達が追い払い、そして北方侵攻軍は女神が使徒様をつかわして、バルモア王国側の被害は殆ど無しで全ての兵を捕虜にした』、そして『講和会議において女神が御降臨なされ、ルエダ聖国の殲滅を宣言。しかし民草の命乞いをなされた使徒様のおかげで、腐敗神官共を破滅させるだけにおとどめ下さった』というものだ。

 つまり、前回の『女神のお怒り』からまだ4年少々しか経っておらず、女神は直接神罰を与える形から『何かを介したり、からで罰をお与えになる』という形にお変えになられた可能性がある、ということだ。もしかすると、苛め……、いやいや、娯楽……、いやいやいやいや、何らかの御心境の変化があったのやも知れぬ……」

 アラゴン、硬直。

 しかし、すぐに硬直が解けたアラゴンは、再び反論を始めた。


「し、しかし、私には身に覚えが! それに、誰からも、何の罪でも訴えられたりはしておりません!」

 そう、アラゴンが仕事を依頼したのは、『暗部』である。

 『暗部』とは、国の諜報組織等の中でも特に非合法な汚い部分、すなわち暗殺、誘拐、謀略等を担当する部署を指す場合が多いが、今回の場合は、公的組織とは関係のない、民間の非合法組織を指している。

 追放された元高ランクハンター、国の諜報機関に勤めるにはあまりにも性格が破綻し過ぎておりドロップアウトした者、他国の組織から逃げ出してきた者等が所属しているため腕利き揃いであり、そして『居心地の良い場所』を守るために組織には忠誠を誓い、契約と秘密は絶対に守る、『信頼できる極悪人達』。それが、『暗部』と呼ばれる民間の犯罪組織である。

 その『暗部』に依頼したのであるから、秘密が漏れる心配はない。そのあたりのチンピラやごろつきハンターに依頼したのとは、わけが違う。

 そう思い、『例の件』での疑いがかかっていることは承知であるが、訴える者もおらず、何の証拠もないのでは、いくら寄親とはいえ他の貴族家の後継者をどうこうするわけにはいかないであろうと、アラゴンは少し楽観視していた。

 しかし……。


「訴え出た者なら、おりますよ?」

「え……」

 今までアラゴンと伯爵の話を黙って聞いていたマリアルが、いきなり爆弾発言を行った。

「だから、叔父様、……いや、お家乗っ取りを企み、主家の当主一家を殺害した極悪人、アラゴン! 貴様に対する処罰を願い、訴え出た者がいる、と申しておる!!」

 突然、にこやかな顔を怒りの表情に豹変させたマリアルの激しい指弾に、アラゴンだけでなく、マスリウス伯爵も驚きの表情を隠せない。平然としているのは、レイフェル子爵家の者と、謎の少女だけである。


「ば、馬鹿な! いったい誰が、何の証拠があって……」

「証拠? そんなものは必要ありません。何しろ、その者達は事件を目撃していたのですからね。

 貴様がとうさまとかあさま、そしてお兄さまを襲わせた後、犯人達と嬉しそうに談笑している姿を!!」

 凍り付くアラゴンと、驚愕するマスリウス伯爵。

 伯爵は、勿論アラゴンを糾弾するつもりでやってきたのであるが、まさかアラゴンとの婚姻を了承していたマリアルがここまで苛烈な糾弾を行うとは……、いや、そもそもそのための準備を行い、証人まで捜し出し、用意していたなどとは思いもしていなかった。


「ならば、その者に会わせて貰おう! もしでっち上げであった場合は、覚悟して貰うぞ!」

 吠えるアラゴンに、マリアルが冷たい声でぴしゃりと告げた。

「勿論です。……それと、アラゴン! 無爵の分家の分際で、それが本家の当主に対する言葉遣いですか! 寄親たるマスリウス伯爵の御前で、恥ずかしくはないのですか!」

「くっ……」


 屈辱に顔を赤くするアラゴンであるが、マスリウス伯爵の前で醜態を晒すわけにはいかない。

 こうなった以上、たとえうまく言いくるめたところで、マリアルはもう自分と結婚することはないだろう。ならば、マスリウス伯爵の前でマリアルを『家族を失った悲しみのあまり、正気を失って錯乱した』として廃嫡に追い込めば、当主の座は自分のところへと転がり込む。

 そう考えたアラゴンは、急速に落ち着きを取り戻した。


 何しろ、目撃者などいるはずがないのだ。

 現場は街道の曲がり角であり、視界内には誰もいないということは見張りが確認している。そして『事件を目撃していた』という言い方から、当事者、つまり暗部の者達が自供したというわけではないらしいことが読み取れる。

 ということは、金で雇った偽の証人である。ならば、どうとでもなる。

 アラゴンがそう考えるのは、当然であった。


「では、皆さん、どうぞこちらへ」

「「え?」」

 おもむろに立ち上がったマリアルに、怪訝そうな顔のアラゴンとマスリウス伯爵。

「証人にお会いになりたいのでしょう? さぁ、こちらへ」

 そう言われては、ついていくしかない。

 席を立ち、マリアルに続いて部屋から出てぞろぞろと移動する8人に、隣の部屋で待機していた護衛達が出てきてその後に続く。勿論、その中にはフランセットの姿もある。

 フランセットが、カオルをひとりで敵地に送り出すわけがなかった。隣室で、レイフェル子爵家やマスリウス伯爵家の護衛達と共にずっと耳を澄ませ、異変を察知したならば即座に突入する態勢で待機していたのである。


     *     *


 エミールとベルは、昨夜カオル達と別れた後、夜の街へ出た。……もちろん、宣伝のためである。

『明日の朝2の鐘の頃、レイフェル子爵家前で奇跡が見られる』との噂を、ハンターギルド支部、酒場、その他各所で触れて廻った。

 そして今日は、朝1の鐘(午前6時頃)に起きて、共用井戸や朝市を廻って宣伝。

 レイフェル子爵家絡みの、分家の『神罰』の噂が既に広まっていたことから、人々がそれを疑うことはなかった。何しろ、この世界では『女神の存在』と『神罰の存在』を疑う者や、その名を悪用しようとするような命知らずは存在しないのだから。


 そしてその後、エミールとベルはエド達を預けた牧場へと行き、『皆に仕事をさせる』と言って一時的に馬達を連れ出した。勿論、新たにカオルの馬となったカルロスも含めて。

 エミールとベルが付いていなくても馬達は指示通りに行動するであろうが、人間が付いていない馬が街を歩いていたら、悪党が自分のものにしようとするか、親切な人が捕らえて警備隊詰所かギルドに届けようとしてくれる可能性があるため、ふたりが付き添うことにしたのである。

 但し、本当にただ付き添うだけで、その背に乗ることはせず、一緒に歩くだけ。

 そう、これは、人間が乗っていくのではなく、あくまでも『馬が自分の意志で行動する』ということが重要なのであった。


 牧場を出て少し進むと、いったん停止。

 そして、エミールとベルの手によって、6頭の馬達に覆面マスクが付けられる。

 その後、再び歩き出す6頭の馬達。


 しばらく進むと、交差点の左右からやってきた数頭の犬が合流した。

 次の交差点で、更に数頭が合流。

 次の交差点でも。その次の交差点でも。

 そして馬達が常歩なみあしから速歩はやあしに変わり、エミールとベル、そして犬達もそれに合わせて速度を上げる。


 交差する横道から。路地から。民家の軒先から。

 犬、犬、犬、犬……。

 犬が駆け寄る。犬が集まる。

 そして、街に朝2の鐘が鳴り響くと。

 それを合図としたかのように、どこからともなくカラスが飛んできた。

 カラス。カラス。カラス。カラス……。


 そして上空に戦闘爆撃機隊(カラスのむれ)を引き連れた、機甲軍団(りょうけん)達が進む。6頭の馬達と共に。

 ……獲物を求めて。



5月9日(水)、『ポーション頼みで生き延びます!』と『老後に備えて異世界で8万枚の金貨を貯めます』のコミックス2巻、同時発売です!

よろしくお願い致します!(^^)/


そしてそして、コミックス2巻の発売日である9日から今月いっぱいまで、秋葉原駅に『ポーション』と『ろうきん』の看板が立つみたいですよ!

これは、見に行かねば、ねば……。(^^)/

「秋葉原駅、山手線のホーム(2番ホーム。上野・池袋方面)の中央付近から見える」という情報を貰ったのだけど……。(^^ゞ


そして、すみませんが、来週は1回更新をお休みとさせて戴きます。

来週、5月14日は、私の小説家デビュー2周年になります。

なので、ちょっと、ちょっとだけ休ませて下さい……。

GWに休まなかったので、その代わりに……。(^^ゞ


まぁ、実際には、書籍化作業をやるんですけどね。〇| ̄|_

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― 新着の感想 ―
ヒッチコックよりずっと怖い絵面になってる…
[気になる点] マスリウス伯爵「女神は……罪人をただ罰するのでなく、非業の死を遂げた亡霊を通じて反省を促しているやもしれぬ」 決して神が人を苛めているわけではない。香がアラゴンを苛めるのは、飽くまでも…
[一言] ブレーメンの音楽隊かよと 話忘れてるけどね
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