109 復讐の弾道 2
3頭の飼い犬と、周辺の放し飼いの犬、そして野良犬たちに根回しして、餌を報酬にして雇った。一部の犬たちには、どうしても飼い主に伝えたいことを伝言する、という条件や、怪我や病気の治療、という頼みも聞いた。なので、皆、大喜びで引き受けてくれた。
動物と話ができるお医者さん。
うむ、『ドゥーリットル医師』である。
昔、日本の子供には発音しにくいであろうとして『ドリトルせんせい』と名前を省略されたけど、正しくは『ドゥーリットル』。まぁ、ドーリトルとか、色々と表記揺れはあるけどね。
で、ふと思い付いたのである。
『ドゥーリットル』と来れば、爆撃機がないと駄目じゃん、と。
陸上爆撃機を無理矢理空母に搭載するという荒技には及ばずとも、何とか爆撃機を、と……。
そしてスカウトしたのが、カラス達である。
声が届く距離まで近付いても逃げず、不気味さと威圧効果抜群で、雑食性だから報酬の餌を用意するのも簡単。まさに、逸材である!
餌が虫だとか、生き餌しか食べないとか、滅多にいないとか、話ができる距離まで近付けないとかの面倒さがないのが助かる。
……いや、本当は、鷹とか鷲とか隼とかの猛禽類とかがカッコいい、とは思ったんだけどね。
まぁ、今回はカッコ良さよりも威圧効果重視だから、これでいいんだ……。くそ。
せいぜい、糞で爆撃に励んで貰おう。
明日からは、水平爆撃だけでなく、急降下爆撃も開始するよう頼んである。追加報酬の、果物、クルミ、ドングリで。
* *
「うわっ! こら、くそ、来るな!」
その家を訪問する者は、カラスによる急降下攻撃の被害に遭うこととなった。
糞による爆撃だけでなく、手にした荷物や荷車の積み荷の一部を掴んで持ち去られたり、防ごうとした手を引っ掻かれたりと、さんざんである。
そして、そういう被害もさることながら、『この家に出入りする者達だけが、執拗に狙われる』という事実が、来客達の不安と不信感を煽った。
多数のカラス達が目の仇にする。
そして、実力行使で危害を加えることはないものの、座り込み、じっと見詰めてくる多数の犬達。
この犬達がカラスのように襲い掛かってくれば、ひとたまりもない。
そう考えた出入りの商人や配達員達はその家へ行くことを拒否し、また、その上司である商店主達も、それを咎めることはなかった。
……関わると、碌でもないことに巻き込まれる。それが、商店主達の判断であった。
そして勿論、カラスによる攻撃は来客達だけでなく、その家の住人に対しても行われるのであった。
「くそ、いったい、どうなってやがる! どうして犬やカラスが……」
調べてみたが、別に誰かが餌を撒いている様子もなかった。臭いが原因かと、犬やカラスがいなくなる夜間のうちに人を雇って糞便の掃除を行い、犬が嫌うという匂いのする草を周囲に置いてみたが、全く効果なし。そして、家を取り囲むだけであったカラスが積極的に嫌がらせを始め、いつ犬がそれに加わり始めるかも分からない。
「犬やカラスを自在に操れるなど、聞いたこともない。そもそも、そんな能力があるなら、それを利用すれば簡単に大金を稼げるだろう。見世物にしても、軍に協力するにしても……。
俺なんかに嫌がらせをして、何になると言うんだ! それに、そもそも、そんなことをされる心当たりはない!
これはもう、人智を越えたものだとしか思えんが、まさか神罰とかでもあるまいし……」
そこまで口にして、アラゴンはギクリとした。
……神罰。
それを受けるような心当たりは?
アラゴンは考えた。家督目当てで兄夫婦と甥を殺害させ、ただひとり残された姪を騙して妻にするということは、女神様から見て罰を与えるのにふさわしい罪であるかどうか……。
女神様は女性なのだから、少女に対する悪意には裁定が厳しいのでは。
いや、それ以前に、兄一家を殺害させるという時点で、既に完全に駄目なのでは……。
実際には、セレスティーヌが人間の犯罪行為とかに興味を持つことも、それに関わることもあり得ない。それが余程の大量殺戮や大災害にでも繋がらない限りは。もしくは、自分の名を使った悪事や、自分の名を貶めるようなことでもしでかさない限りは。
しかし、カオル以外にそれを知る者はいない。
人々は、女神セレスティーヌは大雑把であり神罰を下す時には巻き添えになる者がいてもあまり気にしない、ということを経験則で理解しているが、その見た目と普段の温厚そうな話し方から、『細かい手加減が下手なだけで、基本的には人間の味方をしてくれる善神』だと思っているため、悪を裁いて正義を守る神であると思われているのである。……過去にセレスティーヌがそんなことをした例は皆無であるにも拘わらず。
「ま、まさか。まさかそんなことは……。いや、もし神罰であれば、こんな回りくどいことをせず、雷を落とすなり何なりすれば済むことだ。だから、女神とかは関係ない! 何か、他の理由があるに違いない……」
そう、もしセレスティーヌが神罰を落とすなら、一撃必殺。こんな面倒な手間はかけないであろう。その点に関しては、アラゴンの推察は正しかった。
……だからといって、今の状態を解決するには何の役にも立たなかったが。
* *
「そろそろ、マスリウス伯爵のところに噂が届く頃かな……」
「はい、部下や家臣達が噂話や憶測を直接上申するのは躊躇われるでしょうが、さすがにこれだけ噂になれば、伯爵自身かその身近な者がどこかで小耳に挟み、詳細を知らせるよう命じるかと……」
カオルの呟きに、そう答えるエミール。
マスリウス伯爵というのは、レイフェル子爵家の寄親である。
あまり裕福というわけでもない弱小子爵家であるレイフェル家が加盟している派閥の有力者であり、領地が隣接していることから、代々レイフェル家の保護者のような役割をしてくれている。
勿論、見返りとしてそれなりの貢ぎ物をしているし、国の政策において他の派閥と対立した時にはマスリウス伯爵側に賛成票を投じる等、それなりの対価は支払っているが。
とにかく、レイフェル子爵家はマスリウス伯爵家には頭が上がらない。そして当代のマスリウス伯爵は人格者であり、寄子である下級貴族に対して好意的、かつ親身になって世話役を務めてくれる好人物であった。……そして、寄子であるレイフェル子爵家の子供達を、我が子のように可愛がってくれていた。そう、マリアルと、その兄のことを。
それらのことを、カオルはマリアルから聞き出していたのである。『味方をしてくれそうな者、国王陛下以外でレイフェル家のことに口出ししたり断罪したりできる者はいるか』という質問をすることによって。
「ふふふ、あと少しかな……」
そう言って、カオルが邪悪な笑みをこぼした時。
「何が、『あと少し』なのですか?」
「ひえっ!」
後ろからフランセットの声がして、カオルは思わず驚きの声を上げた。
「え、あ、いや、な、何でもないよ! 夕食の準備までには、あと少しかなぁ、って……」
苦しい。明らかに苦しい言い訳であった。
「……そうですか。私はまた、クズ肉を細切れにしてカラスの餌を準備することかと思っていましたよ」
「「え……」」
凍り付く、カオルとエミール。
「……私が気付いていないとでも?」
「「…………」」
「はぁ……。御身を危険に晒されるような場合はお止めしますが、そうでなければ、別に、無理にお止めしたり邪魔したりはしませんよ。
というか、女神様としてのお仕事なのでしょうから、私達はそれをお助けすべき立場です。もう少し、しもべを信用するというか、使って下さるように……」
そう言って、ギロリとエミールを睨むフランセット。
……どうやら、自分には内緒にされていたのに、エミール達は仲間に入れられていたのが面白くなかったらしい。確かに、カオルと出会ったのはフランセットの方が先であるし、騎士としてカオルに忠誠を誓った自分が半人前のエミールより下に見られたということが面白かろうはずがない。それも、剣技とかであればともかく、忠誠心で下に見られた、という思いは……。
「あ、ロランドは……」
「ロランド様は、王族です。他国の貴族家に関わることに巻き込むわけには参りません」
「…………」
カオルは、思っていた。フランセットも貴族だから、他国の貴族家の問題に首を突っ込むのはマズいんじゃないのか、と。そしてそもそも、王族だろうが貴族だろうが平民だろうが、他国の貴族家の問題に首を突っ込んでもマズくない者などいるのか、と……。
5月2日(水)、『ろうきん』と『ポーション』の書籍3巻、発売です!
そして、5月9日(水)、同じく『ろうきん』と『ポーション』のコミックス2巻、発売です!!
よろしくお願い致します。(^^)/




