106 調 査 1
「「……この命に代えましても!!」」
「だから、一度会っただけの馬の頼みより、あんた達の命の方が大事だってば!」
何度言っても、私のちょっとした頼みの方を、自分達の命より優先しようとする、大馬鹿者達。
これだから、このふたりに指示や頼み事をする時には、細心の注意が必要なんだよ……。
「何度言わせるの! 私にとって、あんた達がいなくなるのは大きな痛手だって! 私からふたりの僕を奪い去るという行為は、私に対する忠誠と言えるの?」
「「うっ……」」
もう、何度繰り返したと思ってるんだ、この遣り取り。少しは学習しろよ……。
結局、情報収集は、ずぶの素人である私だけでは不可能であると判断した。
そこで、やむなく、『女神の眼』のふたり、エミールとベルを仲間に引き入れた。
餅は餅屋。モモのお供はモチャー。
ふたりの出番がなかなか無く、少し落ち込んでいたのを救済するという意味もあるから、まぁいいや。
フランセットとロランドは、知られるとうるさいし、王族やらその婚約者やらを私の個人的なことに巻き込むのは悪いから、パス! バレると怖いから、気を付けよう……。
レイエットちゃん? ……まぁ、いつも私と一緒だからなぁ、ハハハ……。
「とにかく、第一優先命令は、『死ぬことの禁止』。第二優先命令が、『多少の怪我は許容するけど、重傷は極力避けること』。第三優先命令が、『秘密の秘匿』。そして第四が、『情報収集』だからね。
絶対に無理はしないこと。少しでも危険を感じたら、すぐに撤退して、それまでに集めた情報を持ち帰ることを優先!
そして、もし捕まったり、逃げられそうになかったら、おとなしくして『自分達は女神のしもべである』と名乗って、そいつらを私のところへ案内して来なさい。そうすれば、あなた達と、あなた達が手に入れた情報と、敵の身柄の全てが手に入るのよ。
もしあなた達が無理に抵抗して殺されたら、私はそれらの全てを手に入れ損なうの。
……どっちが私の役に立つと思う?」
「「……生きて帰る方……」」
よし、これだけ言っておけば、馬鹿な考えは起こさないだろう。手間がかかるよ、ほんと……。
「じゃ、さっき言った要確認事項を重点的に。あとは適当にお願いね」
エミールとベルを情報収集に出し、あとは結果待ち。
あ、情報収集と言っても、別に貴族の屋敷に忍び込んで、などというものじゃない。そんなことをしていたら、命がいくつあったって足りやしない。
エミール達が以前得意としていたのは、たまたまそこにいるだけ、という振りをしての他者の会話の盗み聞き、世間話の一環としての、話題誘導による知りたい情報の取得等だ。
昔は、子供であることを利用した方法とかも使えたらしいけれど、成人となったエミールには、もうその方法は使えないらしい。ベルの方は、まだ使えるらしいけど……。
上目遣いで、『おじさま、お願い!』とでも言うのだろうか……。
私がやったら、ガンをつけたと思われて喧嘩になるだろうな、多分……。
* *
「……というわけで、あの馬……、カルロスが処分のため引き渡されたのが2カ月前、子爵一家の馬車が盗賊に襲われたすぐ後で、叔父とやらが子爵家に入り浸るようになってすぐのようです。
子爵家の娘が15歳になって成人するのは、4カ月後。まだ間に合います」
よし、カルロスがあそこで最後のひとときを過ごせるのは僅かな期間だっただろうから、まだ事件からそう日数は経っていないとは思っていたけれど、やはりそうか。
これでひと安心だ。
そして、娘さんが未成年だったのも幸運だった。本人が結婚をそう嫌がっていないならば、成人前に力尽くで、という心配もないだろう。ほんの少し待てば成人し、正式に婚姻を結ぶことができるのだから、わざわざ嫌われたり問題になるようなことをするとは思えない。
この世界、平民は割とそういうのに大らかだけど、血統を重んじる王侯貴族は、すごく拘るらしいんだよね、『無垢な花嫁』っていうのに……。
愛人程度ならばそうでもないけれど、その子供がお家を継ぐ可能性がある正妻、妾等には、完全なる貞淑を要求……、って当たり前だよねぇ、そりゃ。
とにかく、娘さんの婚姻は4カ月以上先で、それまでは大丈夫、ってことだ。
そして4カ月もあれば、ジェット機だって直る!
「そして、乗用馬が2頭、馬車馬が4頭で、馬車は2台。馬は全て、一年以上飼っているものだそうです。他には、狐狩り用の猟犬兼番犬として、犬が3頭。全て、動物好きの娘が可愛がって、世話を手伝っていたようです」
よし、そのあたりからいってみよう。
* *
「『動物のお医者さん』だと?」
「はい、我が一族の秘伝により、動物の心身の不具合を調べ、それを解消するのが私共の生業です」
レイフェル子爵家を、怪しげな人物が訪問していた。
色白で、栗色の髪に、蒼い眼。そして、優しそうな垂れ目。
……勿論、カオルであった。
ポーションで肌や髪、そして眼の色を変え、接着剤とメイク技術で吊り目を無理矢理垂れ目にするという、神をも畏れぬ所業であった。
いや、カオルも前世では22歳の社会人であったのだ、人並みの化粧くらいはできた。
あまりゴタゴタと塗りたくる気にはならず、普段は軽いナチュラルメイクであったが、その気になれば、詐欺同然の変身ができないわけではない。特に、『肌荒れに効く化粧品形塗りポーション』とかが使える場合には……。
そして、髪や肌の色はともかく、垂れ目になったカオルは、誰が見てもカオルだとは気付かないであろう。カオルのレゾンデートルが改変されているのだから、当然である。
「胡散臭いな……。
ま、少し待ってろ。お嬢様のいい気晴らしになるかも知れんから、一応、取り次いでやる。但し、もし詐欺とかであった場合、覚悟はしておけよ……」
そう言いながら、門番のひとりが邸の中へと消えていった。もうひとりは、勿論、怪しい少女の監視役である。
「では、不具合の有無を調べます」
「そして、『特に不具合はありませんでした』とか言って料金を請求、というんじゃないだろうな?」
カオルの言葉に、揶揄で返す家臣の若手男性。……若手とはいっても、20代後半か30代前半くらいである。
ここ、厩にいるのは、カオルと、護衛役のこの家臣の他には、厩番の老人、執事らしき初老の男性、そしてこのレイフェル子爵家の令嬢……、いや、今は令嬢ではなく、『レイフェル子爵家当主である、レイフェル女子爵』であるマリアルの、5人だけである。今日は、叔父とやらは来ていないらしい。
(よし、計画通り! 家族を全て亡くして、まだ2カ月そこそこ。悲しみと混乱で気が塞ぎ、家臣達も心配しているだろうから、動物好きのお嬢様にとって恰好の気晴らしになりそうなこんな美味しいネタを見逃すはずがないよね。門前払いされるはずがないとは思っていたよ!)
勿論、もし門前払いされたとしても、その時は次の方法を考えるだけなので、問題ない。そう思ってカオルは楽観視していたようであるが、最初の方法がうまくいったというのが、逆に驚きであった。
「……では、始めます」
家臣の男性の揶揄の言葉は無視して、真面目な顔で6頭の馬達に正対するカオル。
そして……。
『敬虔なるしもべ、カルロスの願いにより顕現した、カオルである。この中に、主人の仇を討ちたい者はおるか?』
『『『『『『えええええええええ~~っっ!!』』』』』』
驚愕の叫びをあげる、6頭の馬。
『カ、カルロス殿、死してなお、お嬢様のために……。うう、うおおおおおお!!』
『生きていながら何もできなかった、この身が情けないっっ……』
馬達の眼から、つうっ、と涙が流れた。
『御主人様とお嬢様の為ならば、何なりと!』
『我ら、カルロス殿に続き、忠義に命を捧げて神馬とならん!』
『『『『『『うおおおおおお!!』』』』』』
『あ、カルロス、まだ生きてるよ?』
『『『『『『えええええええっっ!!』』』』』』
盛り上がっている馬達を見て、呆然と立ち尽くすレイフェル子爵家一同であった……。




