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105 毎日ちゃんと夜襲と復讐をすることが大事です

「では、聞かせて貰いましょう。そなたの願いとやらを……」

『わ、私の願い……。そ、それは、それは……』

「それは?」

『お嬢様を! お嬢様を、お救いすることです!!』

 やはり、それか……。


 そして、カルロスは語った。

 自分が、とある貴族家の乗用馬であったこと。

 自分が5歳の時、その貴族夫妻に、長男に次ぐふたりめの子供が生まれたこと。

 その10年後、気性が温厚であり、乗用馬としての経験が長い自分が、長女であるそのお嬢様の乗馬に指定されたこと。既に老齢である自分であれば、無茶な走りとかはしないだろうとでも思われたのか……。


 馬で15歳といえば、既にかなりの年齢である。繁殖用の種馬というわけではなく、子供のいない自分にとって、人間の10歳の少女は、子や孫にも思えた。

 優しい子に育った貴族の少女の乗馬としての、おそらく自分の最後の役目になるであろう、穏やかな日々。このまま、最後の時を迎えるまで、静かに時が流れてゆく。

 ……そう思っていた。

 あの日までは!


 少女が14歳、カルロスが19歳の時、一家が乗った馬車が襲われ、留守番であった少女を除き、両親と長男が亡くなった。

 祖父母は既に亡く、唯一の生き残りとなった少女に、少女の父親の弟、つまり叔父に当たる者が『兄から、万一の時は娘を頼む、と言われていた』と称して家に入り込み、少女と結婚すべく、強引に話を進めた。

 父親の遺志であれば、と従う少女であったが、ある日、少女と一緒に厩の前を通ったその男を見て、馬車馬の2頭が、驚いて呟いた。

『襲ってきた連中に指図していた奴だ……』

 カルロスは、それを聞いた。ふたつの耳で、はっきりと。


 家族が亡くなった後、お嬢様は事の詳細を語ってくれていた。

 昔からお嬢様は、いつも独り言のように何でも話してくれた。それを相手が理解しているのかどうかは構わずに。

『ねぇ、カルロス。私、叔父様のことはあまり好きじゃないけど、お父さまの願いであれば、叔父様と結婚して、この家を守っていくつもりなの。カルロスは、ずっと私と一緒にいてね。私を残していっちゃ駄目よ……』

 自分のたてがみを撫でながらの、お嬢様の言葉が脳裏に甦る。

 既に高齢の、人間に較べ寿命の短い馬にとって、それはかなり難しい願いであった。

 しかし、できる限りその願いに応えたいと思っていた、カルロス。そのカルロスの頭に、かっと血が上った。

 身体中の血が沸騰するかのような、灼熱感。そしてそれとは逆に、はらわたにできたかのような、重く冷たいしこり。

 怒り。憎しみ。そしてまた、怒り。


 ひとりで出掛けるため厩に来た男を蹴り殺そうとして失敗し、翌日、知らない人間達にここへ連れて来られた。

 おそらく、ここの人間達の厚意で、最後のひとときを与えられているのであろう。そしてそれもそろそろ終わり、自分は逝く。

 しかし、もし死んだ後も魂というものがあるならば。怒りと憎しみで人間を呪い殺すことができるなら。もし、この世界に鬼や悪魔が存在するのなら。

 ……我、悪鬼となりて、ひとりの人間を呪い殺さん!



「…………」

 重い。

 重かった……。

 しかし、私に言えるのは、ただひと言だ。

「我に任せるがよい。そのうらみ、はらさでおくべきか……」

 ……いかん。これでは、女神ではなく、邪神の方だ。


 器用に脚を曲げて平伏するカルロスを後に、皆のところへ戻った。

 そして、エド達に結果を報告。勿論、馬語なので、フランセット達には分からない。

 その、報告の言葉は。

「復讐するは、我にあり」

 これは、有名な映画のタイトルからの引用ではない。その元となった、新約聖書の一節、『悪人に報復を与えるのは、人間ではなく、神である我の役割である』という意味の言葉である。

「はい、みんな、笑って!」

 ここで頭を下げられたり神妙な態度を取られたりすると、フランセットやエミール達はともかく、なかなか鋭いロランドに怪しまれる。なので、先程と同じく、ただのネタ話だと思わせるためである。


『『『ぶひひひひ~ん!!』』』

 エドの妻子を除く3頭の笑い声に、私も一緒に笑っておいた。

「「…………」」

 そしてロランドとフランセットがジト目で見るのは、完全スルーである。


 その後、みんなにはそのまま親睦を深めていて貰い、私はここの管理責任者がいる事務棟へ。エド達の世話についての打ち合わせと料金の支払いだと言うと、誰もついて行くとは言わなかった。

 ま、危険があるとは思えないし、皆、自分の乗馬との時間を大切にしたいだろうから、当たり前だ。そして、そうなるようにと、わざわざ詰まらない用件を理由に挙げたのだから。



「カルロスという老馬、売って下さい!」

「え……」

 そう、このままにしておくと、カルロスがいつ処分されるか分からない。ここは、安全のために私が買い取るべきだろう。19歳の老馬ならば、人間だと80歳近い。なので、そんなに高いはずがない。


「温厚で頭の良い馬ですが、かなりの年ですよ?」

「分かっています。カルロスには、力仕事ではなく、人間と優しく触れ合う日々で老後を過ごして貰いたいと思っています。……その、最後の日まで……」

 管理責任者のお爺さんは、驚いたかのように少し眼を見開き、そして頭を下げた。

「……よろしく、よろしくお願い致します……」


 高額の割増し料金を払ってエド達に特別扱いを頼んでいるのだから、私が馬の為にはお金を惜しまない客だということは分かっているはずだ。そして、個人で5頭もの乗用馬を預ける、金持ちの太客。上客に対して、丁寧な態度なのは当たり前だ。

 ……でも、どうやらそれだけじゃなさそうだな。

 動物相手の仕事は、色々と大変だ。それを、街中の営業所とかならばともかく、郊外の現場でこの年になるまで続けているということは、多分、動物全般、もしくは馬が好きなんだろう。

 ならば、処分されるのを待つばかりの年老いて働けなくなった馬が、金持ちの、馬好きの娘に引き取られて幸せな老後を送れると聞いて、嬉しくないはずがない。

 よし、嬉しくて警戒心が緩んでいるであろう、今だ!


「カルロスは、どういう経緯でここへ?」

「はい、実は、以前は貴族様のお屋敷でずっと御主人様御一家の乗馬を勤めていたのですが、老齢となり、その上、新しく御主人様となられる方に危害を加えようとした、ということで、処分するよう申しつかりまして……。

 しかしカルロスは、レイフェル子爵家の他の馬達と同様、ずっとうちがお世話を任されてきた馬です、そのようなことは信じられません! 頭が良く、温厚で、人間好きな、カルロスが……。

 しかし、持ち主から処分を命じられれば、従わないわけには参りません。なので、せめて最後のひとときをのんびり過ごさせてやりたいと……」


 あ、涙ぐんでる。……いい人だなぁ。

 あ、でも……。

「処分を命じられたなら、転売するのはマズいのでは?」

 そう疑問を呈すると。


「なに、命じられたのは、『この馬を処分せよ。処分手数料は、売った肉の代金で良かろう』ということですので、肉を売却して代金を戴くのに、何の問題もございません。確かに、命じられたとおり、売却『処分』して、その肉の代金を戴くのですから。

 その『肉』が生きていようが死んでいようが、そこは私共の裁量の範囲内でございます」

 うわぁ、いい笑顔だ……。


「でも、もしそれが子爵家側にバレたら、マズいのでは?」

「……それが何か?」

 子爵家の不興を買うより、老馬一頭の老後の方が大事かい!

 年取った自分と重ね合わせでもしているのか? ……でも、そういう年寄りは、嫌いじゃない。

 分かったよ、任せろ!


「……で、カルロスにも割増し料金を?」

 あ、そうか、もう『私の馬』になるのだからね。

「お願いします。食事も、ブラッシングも、放牧も、全部他の5頭と同じ条件で」


 よし、これでカルロスの安全は確保した。そして、カルロスの元の飼い主の名前もうまく聞き出せた。

 ……計画通り……。



『ろうきん』2巻、再度の重版決定!(^^)/

3刷です。

続いて、『ポーション』1巻、2巻も、重版決定!

4刷と3刷になります。

ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
今回のエピソードが1番好き
カルロス良かったです、エドく君と仲良しさんでいい事が!それに牧場?主さんもいい人で良かった。
「うらみはらさでおくべきか!」 は一文字ずつ仲点をいれてよまないとですね ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カー!
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