103 仕 事 2
よし、仕事は終わった。撤収だ!
「じゃ、用は終わったので、私はこれで……」
「お待ち下さい! このまま何もせずにお帰ししたのでは、我がドリヴェル家の面目が!
是非、何かお礼をさせて戴かねば!」
男爵に、必死で引き留められた。まぁ、そうだよね~。
今回限りで縁が切れるのも防ぎたいだろうけど、それよりも、本当にお礼がしたいというのが本音みたいだから、まぁ、いつものように『その人にできる範囲での、負担にならない、ささやかなお礼』でも貰っておくか。あと、口止めと。
「じゃあ、まず最初に、私のことは絶対に他の人に教えない、という約束を。無礼な、心貧しき者達に纏わり付かれるのは面倒だし、私、国を滅ぼすのは、あんまり好きじゃないので。
……セレスは、そのあたり、全然気にしないみたいだけど」
「は、ははは、はい、女神様に誓って!」
ありゃ、だいぶビビってるなぁ。
……当たり前か。セレスが国を滅ぼしたという神話は、いくつかある。それも、その傷痕の一部は今でもこの大陸に残っているという、ガチの実話だもんねぇ。
「次に、ええと、じゃ、謝礼代わりに、情報を戴きます」
「……情報?」
きょとんとした顔の、男爵。
うん、まぁ、御使い様が、いったい何の情報を、と思うだろうねぇ。
「現在この国の王族に、重篤な病人、または怪我人はいますか?」
私の質問に、その意図を理解したらしい男爵。
「い、いえ、王家にも公爵家にも、現在はそのような方はおられません。……尤も、秘密にされている場合は、私共には分かりませんが……」
うん、男爵家だものねぇ、本気になってピンポイントで調査しない限り、上の方の秘匿情報は手に入らないよねぇ。『御使い様』とポーションの情報を手に入れられたのも、かなり頑張った結果なんだろうな、多分。
「じゃあ、侯爵以下の貴族では?」
「それは、何人かおります。爵位を息子に譲った老齢の前当主とか、病弱な子女とか、乗馬中の事故や他領との小競り合いその他で怪我を負った者、肺病を患っている者等、色々と……。下級貴族や一代貴族、その係累とかを含めますと、貴族といっても、結構な人数になりますからね」
やっぱり……。
「じゃあ、そういう人達が、息子さんの病気が治った理由を教えろ、その薬師を紹介しろ、とか言ってきたら、どうするんですか?」
そう、それがちょっと心配だ。多分、男爵は秘密を守ってくれるだろうけど、それが原因で立場を悪くしたら、申し訳ない。
「いえ、それについては問題ありませんよ。私が薬や医師を広く求めていたのは周知のことですし、何度も詐欺師紛いの者に引っ掛かっているのも知られていますからね。
だから、それらのうちのどれかが効いたのかも、ということにすれば、どれが効いたのかも分かりませんし、流れの薬師のことなど、誰も知りませんから。そして、念の為に……」
そう言って、男爵は私の眼を見て、真剣な表情で、こう言った。
「私に、こう言って下さい。『もしお前に秘密を喋ることを強要し、私のことを聞き出した者がいたら、まず、とりあえずその者と、その一族郎党を皆殺しにする。その者の話を聞くのは、その後である』と……。
いえ、実際にそうされる必要はありません。ただ、私が『そう言われた』と言えればいいのです」
何じゃ、そりゃ! 殺された後で、どうやって私に話を聞いて貰うんだよ!
そもそも、怪我人も病人もみんな死んでるから、御使い様の出番も、『女神の涙』も必要ないじゃん!
まぁ、確かに、問題はなくなるよなぁ……。
「御心配なさる必要はございません。そもそも、私が絶対に喋りませんから。なので、御使い様がこの件において実際に殺戮をされる必要はありません」
……この件において? それって、他の件においては、私がしょっちゅう殺戮してるみたいじゃん! おいおい……。
セレスが結構やらかしてるから、同類だと思われたか? 私は、ちょっとムカついたからって、国ごとプチッと潰したりしないよ!
……いや、1回、潰したか? いやいや、あれは国の体制をひっくり返しただけで、別に国民全てを皆殺しにして国ごと滅ぼしたとかいうわけじゃない。セレスとは違うんだ、セレスとは!
まぁ、いいや。小さいことは、気にしない!
「分かった。じゃあ、いくよ。『もしお前に秘密を喋ることを強要し、私のことを聞き出した者がいたら、まず、とりあえずその者と、その一族郎党を皆殺しにする。その者の話を聞くのは、その後である』、これでいい?」
「はい、ありがとうございます!」
よし、用事は終わった。
「では、これにて……」
「お待ち下さい!」
またかよ!
「せめてものお礼として、これをお受け取り下さい!」
そう言って差し出されたのは、ずっしりと重そうな、小振りの革袋。アレだアレ、よく金貨とかを入れて、『報酬だ!』とか言って渡される……、って、そのまんまやん!
しかし、いつの間に用意したのか……、って、男爵の後ろで、執事らしい人がスタンバってる!
いったい、いつの間に!!
でも、下級貴族である上、息子さんの病気でかなりお金を使った様子だしなぁ。
信憑性の低い話でも、半ば効果がないと分かっていても、藁にも縋る思いでお金を出し続けたのだろうなぁ、多分……。
これ以上、財政に負担を与えるのは心苦しい。私は、別にお金には困っていないのだし。
「いえ、そういうのは受け取りませんので。私が受け取るのは、ちょっとしたお礼の……、って、そうだ!」
私は、差し出された革袋を受け取ると、その口を縛ってある革紐を解いた。そして中身をじゃらじゃらとテーブルの上に出して……。
「ああ、この手触り! 憧れの、『金貨を入れた、報酬の革袋』!! これ、貰っていきますね!」
「え? え、ええ……」
男爵は、ぽかんとしている。
でも、そんなの、どうでもいい!
この、革の手触り、最高!
鹿革かな?
それとも、安くあげるため、何かの魔物の革かな?
とにかく、今回の『お礼の品』は、これで充分だ。私にとっては、シャネルのバッグを貰うより、ずっと嬉しいよ!
いや、勿論分かってる。誰かに革袋を売ってるところを聞けばいい、ってことは。
でも、この『出会い』を大切にしたいんだよねぇ。
まぁ、お礼に受け取る物が他に思い付かなかった、というのもあるけれど。
よし、今度こそ、撤収!
男爵家から出ると、護衛のみんなが待っていた。今回は、フランセット、ロランド、エミールと、戦闘職のフルキャストだ。ナイフで自分の命と引き換えにひとり一殺、というベルは、戦闘職とは認めない。なので、お店でレイエットちゃんと留守番。
勿論、みんな、私に近寄ったりはしない。そんなことをすると、いくら私が変装していても、意味がない。私の正体がバレてしまう。だから、どこか人気のないところで変装を解くまでは、私とは距離を取って、他人の振りをして貰わねばならないのだ。
勿論、男爵家での不測の事態に備えて待機してくれていたんだけど、この世界で、私に手出しする者はあんまりいないと思うんだよなぁ。
手出しするということは、私が御使い様だと思って利用しようとする、ということ。
で、私が御使い様ならば、手出しすればセレスが怒る。
セレスは結構簡単に怒るし、人間を殺すことに全く抵抗がない。そしてこの世界の人々は、それを知っている。実例と、今でもこの大陸に残る、生々しい傷痕込みで。
うん、無いわ~。
実力行使だけは、無いわ~……。
さぁ、さっさと帰って、晩ご飯の支度をしなきゃ。
15日(木)、『私、能力は平均値でって言ったよね!』7巻、発売です!(^^)/




