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内部抗争

 賭けに負けた。

 リーダーはつまみ食いする代わりに上流階級のサロンに売りさばいた。

 支配階級をさらに堕落させ、その戦闘力を削ぐというのが名目だった。

 ところが、戦闘団の外国人アルタモノフはそれが不満らしく、彼の祖国〈楽園〉へ送り、かわりに武器を供与してもらうべきだと主張した。

 リーダーはなぜ革命のための武器を無償で供与するかわりに麻薬を要求するのかとアルタモノフを責め、アルタモノフは世界で最も革命的な国〈楽園〉への疑いは許されないから、リーダーは自己批判すべきだと言った。

 殺し屋は自己批判というのがいまいちピンと来なかった。ピンと来ないが、なんとなく面白そうだったので、リーダーの自己批判をするかどうかを決める多数決にはぜひとも自己批判をしてもらおうと手を挙げた。自己批判派の圧勝でリーダーは自己批判をしたが、それは教会の懺悔を公開しただけでそれも〈楽園〉を疑ったことへの懺悔がほとんどで、教会(ホンモノ)の懺悔にある不倫したとか、人を殺したとか、ちんちんをいじるのがやめられないとか、面白おかしいなものではなかった。

「これなら別に自己批判してもらわなくてもよかったかな」

「それは違うぞ、同志。自己批判によって、リーダーはさらなる高みへと昇るのだ」

 サキは無邪気にそう信じていたが、リーダーは明らかに根に持っていて、高みどころか憎しみの苗床にどっしり根を生やしてしまった。

 殺し屋はある夕暮れ、ちょっと一杯ひっかけたくなり、地下道から出た。他のメンバーからリスクが大きいから、外に出るなと言われていたが、殺し屋は四十五口径二丁と予備の弾倉ふたつをのんで、外に出た。潜伏生活にうんざりしたのだ。もし、秘密警察のガンマンが襲いかかってきたら、動くもの全部に弾を浴びせてやろうと決意し、流行っているダンスホールを見つけると、そこのジャングルみたいなカウンターでディプロマティコというラムを飲んだ。非常に濃密でまろやかで、このラムを瓶ごと売ってくれないかと頼んだが、バーテンダーは首をふり、

「これはある特別な一族が自分たちのためにつくった特別なラムなんだ。おれはたまたまこいつに巡り合うことができた」

「そんな貴重なラムをぼくに出してくれたのはなんで?」

「おれは根っからの無政府主義者なんだよ。だから、ムショにぶち込まれたか、ぶち込まれかけたことのあるやつは見れば分かる。そういう連中のほとんどは二度とぶち込まれないようカタギになったり、何か法律を破るにしても弁護士にだっこしてもらって小さく賢く破ろうとするようになる。つまり、牙を抜かれちまうわけだ。でも、なかには何度ぶち込まれても、懲りないやつがいるんだ。釈放されたその日に銀行で銃をふりまわすやつが。おれはそんな、最も無政府主義的なやつにだけ、こいつを出している」

「お眼鏡にかなってうれしいよ」

「あと一時間すれば、シェイカーを振る猿が見られる」

 葉巻の副流煙をつまみに、ディプロマティコをゆっくり味わい、南国リゾートの騒々しくも脱力できる空間を楽しんでいると、やってきた。

 シェーカーを振る猿ではなく、リーダーが。

 もちろん変装していたが、その結果、キャンディのラベルに描かれた創業者みたいな顔になっていた。

「ちょっと話せるかね?」

「いま、忙しいんです。シェイカーを振る猿がもうじき出てきて――」

「アルタモノフを殺してほしい」

「いいですよ」

「もうちょっと逡巡するものかと思っていたがね」

「思い切りのいいのが僕の長所です」

「では、頼む」

 シェイカーを振る猿が猿みたいな子どもだったことに幻滅しつつ、バルコニーへ出ると、そこは切り立った崖で、水際には例の取引で見た、なかをくりぬいて、プールのようにしたブロックが並んでいた。そこでしばらく地元の子どもたちがジャンプして飛び込むのを見ているあいだ、そろそろここも潮時だなと思い、〈真珠〉から出ることを考え始めていた。最初こそ稼げたが、その後、バカげた出来事が多すぎて、どうも割に合わなくなり始めていた。

 地下アジトの殺し屋の居住スペース兼倉庫に行くと、そこにサキがいた。

「同志アルタモノフからリーダーを殺せと言われた」

 そう伝えるサキには板挟みの苦渋といったものは見られない。

「どうした? わたしの顔に何かついているか?」

 殺し屋はサキの目をじっと見つめて、ようやくその潤みに革命熱がないことが分かると、嬉しくなり、自分もリーダーからアルタモノフを殺せと命じられたことを教え、そして〈真珠〉を出ることを提案してみた。

「それもよいのかもしれないな。それなりに稼げたが、もう飽きた」

「じゃあ、お互いの仕事を済ませよう。その後で、ここを出る。いいラムを飲ませてくれる店を知ってるんだ」

 洗濯紐からぶらさがっていたトンカチを手に部屋を出た。アルタモノフは戦闘団の武器庫にいて、マンホールに仕掛けた爆弾で〈恩人〉をリムジンごと吹き飛ばす計画を黒板に熱心に書いていた。狭い部屋に入れるために端を切った長椅子にふたりの学生がいて、徐々に明らかになるアルタモノフの爆弾計画にすっかり酔いしれていた。

 そんなアルタモノフの脳天をトンカチでぶん殴ったら、どんな反応をするだろうか? 賭けるつもりでアルタモノフの頭のてっぺんを殴った。

 よろめいて、足をつくと、白い頭髪越しに紫に膨らむ頭が見えた。学生たちは目の前で起こったことにぽかんとしている。この調子では爆弾を投げて高官を吹き飛ばしても、同じようにぽかんとして現場に残り、警察に捕まり、とっておきの拷問を食らわされることだろう。この突発的な適性検査は彼らがテロに向いていないことを示していた。

 哀れなアルタモノフ。熱狂するファンはいても、命を賭けて守ってくれる殉教者志願者はいなかった。この老人革命家は殺し屋の首を絞めようと手を伸ばしたが、実際はカンカンに熱いコーヒーポットをもろに握ってしまい、咄嗟に手をひっこめようとしたら、貼りついた手のひらの皮がバリッとポットに残ってしまった。殺し屋は今度はトンカチの釘抜き部分でアルタモノフの頭のてっぺん、一発目との誤差数ミリの位置を殴った。殺し屋の目論見通り、釘抜き部分は頭蓋骨を貫通し、脳に届いた。

 外に出ると、サキが血まみれの缶切りを捨てながらあらわれたので、ふたりで南国の宵の空の下、ディプロマティコを飲ませてくれるダンスホールへと足を運んだ。

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