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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第五章

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第十三節 『老将』

「ああ、かまわねえよ」

「は?」


 ティファニアの元大将軍カナル・フーリッツ・シケルの返答にミツキとサルヴァは顔を見合わせた。

 今現在、ジュランバー要塞の応接室にはカナル元大将軍とテーブルを挟んでミツキ、サルヴァ、レミリスが座っている。

 ミツキの眼前のカナル元大将軍は、長身ではあるが意外な程に線の細い老紳士で、白い頭髪を後ろに撫で付け、両耳の前から顎にかけ髭を生やしている。

 やや垂れ気味の目で瞳は灰色。

 服装は、黒とワインレッドのロングジャケットを羽織り、インナーのシャツは胸まではだけ、首には金の鎖を垂らしている。

 軍人というよりは、高齢のジゴロかロックミュージシャンのような風貌だ。

 その背後にはふたりの従者が立っているが、その身じろぎひとつしない様子にミツキは、彼らが呼吸をしているのか半ば本気で疑った。



 部屋にカナル元大将軍を通し、四人が席に着くと、ひと通り儀礼的な挨拶を終えたサルヴァは「単刀直入に申し上げます」と前置きしたうえで、元大将軍の参謀としての参陣を依頼した。

 ただ、交渉の場を設けることには成功したものの、サルヴァもミツキも快諾してもらえるとは思っていなかった。

 自分たちがティファニアの正規軍ではなく、それどころか王に隠れて組織された武装集団だからだ。

 元大将軍が、反乱の疑いさえある武装組織への加入を承諾するなどとは思えるはずもない。

 それどころか、良くてすげなく断られる、最悪の場合は問答無用で斬り掛かられるとさえ予想していた。

 無論、それで諦めるわけにはいかないので、どんな手を使ってでも説得するしかないとサルヴァは言った。

 そして、おそらくこの男は、事前に用意したあるあらゆる手札を駆使して、シケル元大将軍を説き伏せるつもりだろうとミツキは予想していたのだ。


 にもかかわらず、元大将軍が二つ返事で誘いを快諾したため、ふたりはおおいに戸惑ったというわけだった。


「……えっと、本当によろしいので? 先程もお話したように、この件は陛下に隠して進められており、露見すれば最悪国家反逆罪に問われても――」

「あーあーだからかまわねえってえの。サルヴァっつったかおまえ? おいらぁ腐っても元大将軍だぜ? そん程度のこたぁ承知のうえだっつうの」

「意外ですね。正直、何かの罠ではないかと疑いたくなるほどです」

「あのなぁ……」


 元大将軍は髪をかき上げつつ、さも面倒だという表情で嘆息してみせた。


「元大将軍ともなると現役を退いていても最前線の情報なんざ勝手に入って来るんだよ。で、王国軍の連中、どうももうダメそうじゃねえか。志気に関わることゆえ前線でも緘口令(かんこうれい)が敷かれて秘匿(ひとく)されている情報だが、ヴァリウス殿下は既に戦死なされたらしい。今はディエックの奴が指揮を執ってる。おいらが奴なら第九副王領(ヌビリア)第十四副王領(ツキミア)の領境にある要塞で籠城するだろうから、今日明日全滅ってことにぁならねえだろうがな」


 カナルは懐から銀製のシガーケースを取り出すと、一本抜いて咥えた。

 すかさず、背後の従者が高速詠唱で指先に小さな炎を灯し、主人の眼前に差し出す。

 煙草の先端を近付け軽く息を吸い込むと、口から紫煙を吐き出した。

 この世界の煙草は軽い酩酊感を引き起こすと、以前ミツキはイリスから聞いたことがあった。

 そういう意味では煙草というよりは大麻に近いのだろう。

 過去には意識の変性(トランス)を必要とする儀式魔法に用いられたというが、昨今では単なる嗜好品として流通しているらしかった。


「んで、今の陛下に次善の策があるとも思えねえ。ってこたぁだ、もはやおめえさん方に期待する以外にゃ手がねえってことになるわけよ。つっても、もちろんこの要塞の内情を知ってなきゃあ、さすがにふたつ返事でこの話を受けたりはしなかったけどな」

「あなたの息の掛かった人間が既に入り込んでいたということですか」

「別に驚くことでもねえだろ? 志願者はほとんど来る者拒まずで受け入れてんだからよ。この戦時中、ジュランバーに妙な連中が出入りしてるって小耳に挟んだんで、伝手のある冒険者にちっと探らせてたのさ。中央には情報が伝わらねえよう気ぃ使ってるみてえだが、おいらみてえな一線退いたジジイには無警戒だったようだな。おいらが陛下にチクってたらヤバかったんじゃねえのか?」

「……返す言葉もありませんね。自らの詰めの甘さを痛感いたしました」


 そう言ってサルヴァは苦笑するが、この男がそんな簡単に足をすくわれるとミツキには思えない。

 カナルもなんとなく察しているのか、しばらく半眼でサルヴァを見つめた後、小さく舌打ちしながら吸い差しの煙草をもみ消しつつ呟く。


「可愛くねえ野郎だな……まあいいや。つうわけだから、引退したロートルで良けりゃ、使える人間にはおいらの方から声を掛けといてやる。つーても、今回の戦ぁ敵も味方も異例すぎて、おいらたちみてえな老いぼれじゃ後方から(げき)を飛ばすぐれえしかできねえぞ?」

「十分ですよ。伝説と(くつわ)を並べるというだけで、兵の志気がどれほど上がることか」

「だから、轡は並べらんねえんだっつってんだろ。んで? 先代がカルティアの亡命科学者共に唆されて召喚したっていう異世界人ってぇのがおまえさんかい?」


 唐突に話を振られ、ミツキは一瞬狼狽えるがどうにか平静な態度を取り繕う。


「ああはい、ミツキといいます。いろいろあってこのサルヴァや王妹殿下に重用されていますが、自分は戦争についてはシロウトですので、今後ご指導いただければ助かります」


 かなりの年長者で、引退したとはいえ元は軍のトップだったという立場を考慮し、ミツキは敬語で対応した。

 その言葉遣いが意外だったのか、カナルは目を見開いてミツキをしげしげと観察した後、どこかバツが悪そうに目を逸らして頭を掻いた。


「おいおい、ブシュロネアとの一件のこたぁおいらも知ってるよ。はっきり言って、あの戦争だけでも、おいらが現役時代に経験したどんな戦いよりも大規模だ。しかも、実質、たった四人でアタラティアを勝たせちまったっていうじゃねえか。教えを乞いてえのはこっちの方だってぇの。それとな――」


 伝法な口調で話していたカナルは、一旦言葉を区切ると居住まいを正した。


「勝手にこの国に召喚して戦争にまで巻き込んでしまい、まことに申し訳ない。もはや隠居の身である己には、おまえさんらをどうこうしてやる力もないが、せめて謝罪だけはさせてくれ。亡き先王の愚行を阻止できなかったこと、そして、こうして戦にまで巻き込んでしまったこと、どうか許してほしい」


 深々と頭を下げる元大将軍に、ミツキは困惑する。

 その隣では、サルヴァがやや冷めた視線を目の前の老人に向けている。


「そして、そのうえでお願い申し上げる。ティファニアを救っていただきたい。この戦に負ければ、何の罪もない無辜(むこ)の民まで犠牲となるだろう。否、既に東方では多くの犠牲が出ているはずだ。しかし、もはや独力でブリュゴーリュを退けることは叶わんだろう。ゆえに、ムシの良い頼みだとは承知しているが、どうか我らに力を貸してほしい」


 この世界に来てから、このような対応をされたのは初めてだった。

 それゆえ、ミツキはどう反応してよいのかわからず、しばし口ごもってからおずおずと口を開いた。


「……謝罪するのも助力を請うのも、あなたが頭を下げる筋合いじゃないでしょう」

「それはそうなんだが、これでも宮仕えが長くてな。おまえさん等がこれまでどんな扱いを受けて来たかってのぁだいたい想像がつく。さんざん無茶をやらされた挙句、少なくとも上の人間からは詫びはもちろん感謝のひとつも言われてないんじゃねえかい? そこの小僧だってそういうたまじゃなさそうだしな」


 そう言ってカナルはサルヴァにちらと視線を送る。

 サルヴァは冷笑を浮かべると小さく肩を竦めた。


「おいらはこれでもこの国の軍を仕切っていたもんでな。後進の不始末に対しちゃ、頭のひとつも下げるのが誠意ってもんだと思ったまでさ。これから一緒に命を懸ける仲間だってぇならなおのことだ」


 さすがに、元大将軍ともなれば人物が違うなとミツキは感じ入る。

 アタラティアのヴァーゼラット将軍などを見てきて、軍の高官にはあまり良いイメージがなかった分、余計にそう感じる。

 しかし、だからといって己の境遇とまるで無関係な老人からの謝罪を受け入れるというのも、何か違う気がした。

 ゆえに、ミツキは自分なりにこの戦に対して思っているところを素直に話すことにする。


「ブシュロネアとの戦の最中、滞在中の村で民間人の虐殺現場に遭遇しました。村にはけっこう長い間とどまっていたので、親しくなった者もいて、オレは自分の力不足のために彼らが殺されるのを防ぐことができなかった」


 顔を上げたカナルは、ミツキの話に息を呑むと、深い溜息をついて小さく首を振った。


「勝手に召喚されたうえ、今まで散々な目にあわされたこの国に、思うところがないわけじゃない。それに、殺すのも殺されるのも、正直うんざりだ。今だって、殺した人間を夢に見て、しょっちゅう夜中にとび起きているぐらいだ。でも、あんな思いだけは二度としたくない。目の前で何の関係もない人間が理不尽に命を奪われるのを見てみぬふりするぐらいなら、またこの手を血で汚す方が余程マシなんだ」


 語るうち、ミツキは無意識に腰の短剣に手を当てているのに気付いた。

 そう、己は己にこの剣を託した者に恥じぬ生き方をしなければならない、そう自分の心の内を再確認する。


「それがオレの戦う理由です。だから、謝罪も感謝も自分には不要です」


 元大将軍は、ミツキの目をじっと見つめると、小さく呟いた。


「良い覚悟だ」

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[一言] 大将軍のおっちゃんすこ
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