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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第五章

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第十節 『再会』

 ジュランバー要塞へ移ったミツキたちには個室が与えられた。

 側壁塔でも一応寝起きするための個室はあったが、あちらは暗くじめじめとして、ネズミが出現することも珍しくなかった。

 それに比べて要塞城郭の個室は、元々士官用として使われていたため、それなりに高級な家具に水回りも完備し、なにより窓があるのが嬉しかった。


 そんな自室にこもって、ここ最近のミツキは事務仕事に追われている。

 部隊の編成こそサルヴァやその部下に任せているが、軍の運用などについて確認したところ、どう考えても無理があると感じる部分があり、改訂案を試行錯誤している。

 例えば、軍規。

 サルヴァはティファニア正規軍のものをそのまま流用するつもりだったようだが、半ば以上ならず者の集団のような民兵軍には、より単純かつ厳格な規則が必要だと感じていた。

 補給のため近隣の都市などに駐留した際など、綱紀粛正(こうきしゅくせい)が徹底されていなければ要らぬトラブルを招くことになるだろう。


 幸い、と言って良いものでもないが、サクヤの蟲憑(むしつ)きは順調に数を増やしている。

 明確なルールを定め、内部監査(ないぶかんさ)用の部隊を適切に運用すれば、秩序の維持は難しくないはずだとミツキは考えている。

 あまり絞め付け過ぎれば反発を招く可能性もあるが、そこは飴と鞭の使い分けで解決できるだろう。


「……なんか、新撰組の局中法度みたいになっちゃったな」


 紙に記載した禁則事項の草案を眺め、ミツキは呟いた。

 書き出したといっても、文章はすべて日本語だ。

 後で、口頭で代筆の担当官に書き起こしてもらう必要がある。

 ミツキは未だこの世界の文字を書けない。


「この国の識字率を鑑みれば、恥ずかしいってわけでもないんだろうけど、こういう時はやっぱり面倒だな。時間があれば勉強したいけど誰か教えてくれないかな……ん?」


 執務机の上の書類に落した視線を上げ、ミツキはドアを見つめた。

 次の瞬間、ノックが響く。

 己の勘も随分鋭くなったなと自分自身に感心しながら声を返す。


「どうぞ」


 言ってから、しまったと思う。

 ここは軍事施設で、己は一応指揮官補佐という肩書きでこの場にいるのだから、こういう場合は「入れ」でいいのだ。

 砦での生活は快適だが、こういうところはなかなか慣れないなとミツキは思う。


「失礼しまぁす」


 入って来たのは砦にやって来る民兵の受付を担当している女性兵士だった。

 確か、名をソニファ・アギッツォーラといったかとミツキは思いだす。

 セミロングのブロンドヘアーで、服装は軍から支給されるスラックスとシャツの上に、おそらく私物と思われる薄緑のカーディガンを羽織っているが、サイズが合っておらずダボダボだ。

 顔はなかなか美人であるものの、常に眠そうな半眼で表情に乏しく、いまいち何を考えているのかわからない。

 彼女は、サルヴァがどこからか連れてきて仕事をさせていたが、多い日は千人以上がやって来る志願者を大した混乱もなく(さば)いていることから、かなり有能な人材だとミツキは評価していた。


「どうかし……何用だ?」


 慌てて言い直したミツキに、女性兵士は間延びした口調で答える。


「ミツキさぁん、べつに無理して軍人っぽい話し方しなくてもいいと思いますよぉ? どうせ正規の軍ってわけでもないんですしぃ、誰も気にしてませんってぇ」

「ああ、そう? じゃ普通に話すよ。で、どうしたの?」

「ミツキさんにお客さんでぇす」

「客? オレに? 誰?」

「えぇっとぉ……アタラティアから来たって女性でぇ、名前はぁ――」


 その名を聞き、ミツキの顔つきが変わる。


「え? マジか! 今どこ!?」

「はぁ、なんかアタラティア副王の親書をお持ちだったのでぇ、使者と判断してすぐそこに連れてきちゃってますけどまずかったですかぁ?」

「い、いや、まずくない。通してくれ」

「だそうでぇす。こっち来ていいですよぉ」


 ソニファに手招きされ、ドアの横からショートヘアの童顔女が遠慮がちに顔を覗かせた。


「や、やぁ、久しぶり」


 そう言ってはにかんだ顔を見せるリーズ・ボナルに、ミツキは無言で頷いた。




「すまなかった」

「へ?」


 応接間に移動した後、テーブルを挟んで深々と頭を下げ、詫びの言葉を口にしたミツキに、リーズは首を傾げた。


「えっと……何を謝られてるのかな私は?」

「ペルを死なせたこと。それとその後、何も言わずに村を後にしたことだ」


 ミツキの返答を聞き、リーズは少しの間目を瞬いてから、盛大に溜息をついた。


「まさかそんなことをずっと引け目に感じていたの?」

「そんなことって――」

「あのねえ! ペルが死んだのはあの脱走兵たちのせいでミツキの責任じゃないでしょ!? それに、ミツキがいなれば誰も生き残れなかった。感謝こそすれあなたを責める人間なんていないよ」

「いや、だけど――」

「だいたい、あの時落ち度があったとすれば、それは村を守る立場だった私たちでしょ? 私たちがあいつらの格好に騙されて奇襲なんて受けなければ、あんな被害は出さずに済んだかもしれなかったんだ」

「……リーズ」


 ミツキは言葉を失った。

 村の襲撃の件では、ペルを死なせてしまったことで自分を責めてばかりいたが、考えてみれば兵士でありながら自分の手で故郷の村を守ることのできなかったリーズ達の方が、余程悔いが大きいはずだ。

 そんなことにも気付けなかった己をミツキは恥じた。


「……ごめん」

「だからぁ、ミツキが詫びることなんてないんだって! それより、私の方こそずっと言いたかったことがあるの。というか、これは私だけじゃなく、生き残った村の皆の言葉だと思って」


 真剣な眼差しを向けられ、ミツキはおもわず居住まいを正す。


「故郷を救ってくれて、ありがとう。それと、あの子を看取ってくれて、ありがとう」


 そう言って頭を下げるリーズに、ミツキは戸惑う。

 自分に礼を言われる資格などあるのだろうか。

 だが、リーズの言葉を聞いて、少しだけ許されたような気もしていた。


「さ! これでこの話はお終い! こういう辛気臭いの苦手なのよね私」


 顔を上げたリーズは、ぎこちない笑顔を浮かべていた。

 辛い出来事を思い出しても、無理にでも前向きに振る舞える彼女の強さを見習い、ミツキも笑顔を作って見せた。



 それからふたりは、事件の後のことを報告し合った。

 レーナは意識を取り戻してからしばらくの間ふさぎ込んでいたが、子どもたちの世話に追われるうち笑顔を取り戻していったとのことだった。

 ペルは家族の眠る墓に葬られた。

 未だ毎日のように花が供えられているという。

 そして、冬を前にして闇地に潜っていた開拓者たちが戻ってから、村の復興は急速に進んだ。

 村長(むらおさ)はミツキとペルの銅像を広場に建てようと計画したらしいが、ふたりは絶対嫌がるだろうとリーズらが強く止め、渋々取りやめたという。


「それは、本当に止めてくれてよかった。銅像とか勘弁してくれ」

「まあ、そんなわけでこっちもようやく落ち着いたのよ。ミツキもいろいろあったようだけどさ。それにしても、まさかお姫様に気に入られるとはねえ。しかも、その後、だ、断し、ブフッ!」


 リーズは口と腹を押さえて身を震わせた。

 ドロティア王女の庭園での出来事を語って聞かせたところ、ツボに入ったらしく、何度も思い出しては噴き出して腹を捩っている。

 つい話し過ぎたと、ミツキは反省する。

 この件については身近に愚痴を(こぼ)せる相手もいないので、舌が回り過ぎてしまったのだ。


「せ、せっかく、とんでもない逆玉が実現するかと思ったら、そ、そんな罠が待っていたなんて! や、やばい、面白すぎて、顎と腹筋が()りそう!」


 そう言ってひいひいと笑いまくるリーズを前に、ミツキは口を尖らせる。

 自分で話しておいてなんだが、いくらなんでも人の失敗談を笑い過ぎだ。

 先程までのしんみりした空気は何だったのか。


「もういいだろ。それより、旧交を温めにやって来たわけじゃないよな? 副王からの親書を預かってきたんなら、そろそろ本題に入ろうぜ」

「ああ、そうそう。面白すぎて忘れるところだったよ。これ、まずは読んでみて」


 ウェストポーチから取り出された封筒には封蝋(ふうろう)が施されていた。

 さっそくペーパーナイフで開け、文面に目を通してからミツキはリーズに視線を向けた。


「……なあ、リーズ」

「どしたのミツキ?」

「オレは、字が読めないんだった」

「あぁ~、私もなんだよねぇ」


 ふたりはそろって苦笑するしかなかった。

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