第八節 『入団』
「はい、三名様受付終わりましたぁ。皆様はパーティーでいらっしゃいますかぁ?」
間延びした話し方をする受付の女性兵士に問われ、エウル達三人は顔を見合わせる。
「ああ、いや」
「そこでたまたま」
「一緒になって」
受付の女は指の上のペンをくるくると回しながら質問を続ける。
「所属部隊を割り振る前にぃ、対人、もしくは対魔獣戦闘でぇ一定の経験値をお持ちの皆様方にはぁ、士官考査試験への挑戦権が与えられますがぁ受けられますかぁ」
三人は再び互いの表情を窺い、なんとなくティスマスが聞き返す。
「えっと、もしかして、その試験に合格すれば、士官になれるってことかな?」
「はぁい、そうですぅ。何しろうちは幹部職の人数が極端に少ないものでぇ、とりあえず能力的に秀でた者は選別して重用しようってことになってましてぇ」
今度はジャメサが質問する。
「ずいぶんとおいしい話だが、オレらにデメリットはないのか?」
「デメリットですかぁ? そうですねぇ……」
女はしばし思案してから答えた。
「試験官が化け物なんでぇ、確実に大怪我しますねぇ。でもぉ効き目抜群の治癒魔法をかけてもらえるんでぇ、死にかけてもすぐ復活できますよぉ。つまりぃ、デメリットがあるとすればぁ、めっちゃ痛いってことだけですかねぇ」
女の答えを聞いて、三人は顔を見合わせる。
今度はエウルがおそるおそる訪ねた。
「えっと、化け物みたいに強いってことですよね? やっぱり中央の騎士団の偉い人とかですかね?」
「いやぁ、マジもんの化け物ですよぉ。あぁ、でも本日の担当はぁ、普段はけっこう気さくでいい人ですねぇ。稽古をつけてほしいって人には快く応じているからぁ、荒くれ者ばかりのここでもぉ意外と慕われてるみたいですしぃ。でもぉ、あの人に稽古を頼むのってぇ、ミツキさん以外だとぉ特殊性癖の人だけでしょうけどねぇ」
三人は揃って首を傾げる。
今の説明では、試験官の正体がまるで想像できなかった。
「まぁ、そんなわけでぇ、ひとりで挑んでも間違いなく返り討ちになるんでぇ、今はパーティーとか、集団で試験を受けてもいいってことになっているんですよぉ。それでも絶対返り討ちに遭うのは変わらないんですけどねぇ。で、皆さんはぁ、どうしますかぁ?」
三人は再び互いを窺い、順に口を開いた。
「あ、じゃあ」
「まあ、そうだな」
「えっと、受けましょうか」
三人がぼそぼそと答えると、受付の女はあらためて三人を順に窺った後、隣で何か書類を書いていた兵士に声をかけた。
「あのぉ、私ぃ、この人たちを案内してきますんでぇ、ちょっと受付代わってもらってもいいですかぁ?」
「え? あ、はい。承知しました」
「よろしくお願いしまぁす」
女は席を立つと、三人を先導して砦内へと姿を消した。
「珍しいな、彼女が自分で案内するとか」
受付を任された兵士に、別の兵士が話しかける。
「見込みありってことだろ? 前にもこういうことあったよ。ま、何にせよ――」
兵士ふたりは身震いしながらも人の悪そうな笑みを浮かべた。
「あの人が相手じゃボコボコだろうけどな」
女の先導で三人が連れて来られたのは、砦内にある広場だった。
城壁に囲まれた正方形の空間は、主に兵士の訓練のために使われるのだろうと三人ともに推察できた。
その壁際には、おそらく三人と同様、試験を受けに来たと思われる男たちが並んでいるが、皆一様に青褪めた顔で広場中央に視線を向けている。
理由は明白だ。
広場中央、うめき声を上げながら倒れている数人の男らの中心に佇む、極端に上背のある人影を恐れているのだ。
「あぁーあ、あのパーティーもダメでしたかぁ。トリヴィアさぁん、評価はどんなものですかぁ?」
「全員、下の上!」
「はぁ、そですかぁ」
溜息をつく女の後ろに立つ三人は、一様に戸惑いの表情を浮かべていた。
試験官というのは、化け物のように強い人物だと想像していたが、実際に見た目も化け物染みていたからだ。
ガタイの大きさは勿論、灰色の肌に頭の角、結膜が青く瞳は白銀。
魔獣かと見紛うような見た目だ。
凶悪な外見とは裏腹に、巨体の女は周囲に倒れた男たちにまめまめしく治癒魔法をかけていく。
その様子を見て、ティスマスが驚きの声を上げる。
「ちょっ、無詠唱って……しかもスゲエ魔力!」
「え? ティスって〝魔視〟持ちなんですか?」
「いや、ないけど。でも私ぐらいになるとパッと見でだいたいわかるもんなのよ、相手の魔力なんてさ」
エウルに問われティスマスは得意気な笑みを浮かべて答えるが、角女に視線を向け、笑顔は苦笑いに変わる。
「あれは不味いね。ちゃちゃっと倒して手っ取り早く士官に成り上がろうとか考えてたけど、ちょっと手に負えそうもないな」
「ボクも、いろいろな魔獣を見てきましたけど、中深域の闇地に生息する魔獣でも、ここまで肌に出たことはありません」
エウルの腕には、びっしりと鳥肌が浮かんでいた。
「ええぇ、皆さぁん、見ているだけじゃ士官にはなれませんよぉ。何人掛かりでも構いませんのでぇ、ホラ、遠慮なく、ばんばん掛かって行ってくださぁい」
治療を終えた怪我人が兵士によって運び出されると、受付の女は壁際の男たちに角女との戦いを促すが、皆互いを窺い合うばかりでその場から動こうとしない。
先の戦いを見て戦意が折れたものの、今後同じ軍団に所属することになる他の参加者に弱味を見せるのを厭い、辞退できずにいるのだろう。
「はぁぁ、しょうがないですねぇ」
受付の女は大きなため息をついて頭を振った。
「まあ、気持ちはわかるよな」
そう呟くティスマスの横を一歩前に出る者があった。
元剣闘士のジャメサだ。
「誰も行かないんなら、オレが行ってもいいか?」
ジャメサに問われ、受付の女は微かに笑みを浮かべる。
「ええ、どうぞどうぞぉ。というかぁ、助かりますよぉ」
女の回答を聞き、ジャメサは両の腰に差した剣を抜く。
その背にティスマスとエウルが声を掛ける。
「おお、行くの? さすがは〝剣帝〟」
「大丈夫ですか? いくら治療してもらえるっていっても、ちょっと無謀だと思いますよ?」
ジャメサは微かに首を捻りふたりに振り返る。
「十になる前から十数年間闘技場で戦ってきた。格上相手に生きるか死ぬかなんて、オレにとっては日常だ」
そう言って、腰を落とす。
「今回は怪我しても魔法で治療までしてもらえるんだろ? こんな美味しい試合、やらなきゃ損だ」
そう言うと、ジャメサは角女目掛けて駆け出した。
「思い切りの良い人ですねぇ」
ジャメサの背を見ながら、受付の女が呟く。
「かなり破格の条件で募集をかけたのでぇ、砦には既に数万人の傭兵や冒険者が集まっていますけどぉ、皆さんけっこう見掛け倒しでがっかりなんですよねぇ。その点、あの人はやっぱり見所ありますよぉ。無事士官待遇になれたらぁ食事にでも誘ってみましょうかねぇ」
「なぬ!?」
女の発言に、ティスマスが反応する。
担いだ獲物からいそいそと布を取ると、あらわになった槍を構えながら女に問う。
「数人で掛かってもいいんだよな?」
「ええぇ、かまいませんよぉ」
「士官になれたら――」
ティスマスは大声で叫びながら駆けだした。
「私の方から飯に誘うから!」
「楽しみにしてまぁす」
残されたエウルは、嘆息しながらも、革のケースから弓を取り出し、調子を計るように幾度か弦を弾いた。
「おやぁ? 参加されるのでぇ?」
「はい」
受付の女に返答しながら、弓に矢を番える。
「さっき助けていただいたので、傍観はできません。力不足かもしれませんが、この間合いなら援護ぐらいはできると思います」
「そうですかぁ。じゃ、頑張ってくださぁい」
そう言うと受付の女は、巻き込まれないよう壁際まで後退した。
同時に、ジャメサの初太刀を角女が獲物で受ける音が広場に響きわたった。




