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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第五章

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第六節 『騎馬戦』

 目の前を走っていた兵士の頭が爆ぜ、顔面に血と脳漿を浴びる。

 その温かさに、背筋が凍る。

 ブリュゴーリュ軍弓騎兵の射程の広さに、彼は理不尽な想いを抱く。

 魔法よりも射程の長い弓などあっていいのか。

 おかげで、最前の重装歩兵部隊は敵重騎兵隊と接触する前に半壊し、そこを一気に押し潰された。

 その後方、第三陣である己の方にまで矢が飛んでくるということは、既に第二陣も突破されつつあると彼は考える。

 敵軍が精強であるということは聞かされていた。

 しかし、常識破りであるとは聞かされていない。

 おそらく、兵の精強さ以上に戦略面で自分たちは後れを取っているのだろう。

 そんなことを考えていたところ、左手から悲鳴が上がった。

 視線を向ければ、遠くにブリュゴーリュの旗が翻っている。


「敵は正面にいたはずだろ? なんで回り込まれてるんだよ!?」


 隣の戦友が声を上げるが、直後に後方へ吹き飛ぶようにして倒れる。

 その顔面は大きく抉れていた。

 ブリュゴーリュ兵の弓だ。

 どう考えても普通の威力ではない。

 戦友に向けていた視線を再び左手の敵に向けようとしたところ、今度は正面から悲鳴が上がり、後退してきた友軍に押されて彼はよろけた。


「くそっ! いったいなにが――」


 そう毒づいて顔を上げた彼の目に映ったのは、黒光りする鎧と深紅の鎧布で武装し、巨大な竜馬を駆るブリュゴーリュ重騎兵が、己に向けて馬上槍を突き出す姿だった。

 抵抗する間もなく、鎧ごと腹部を貫かれたうえ、持ち上げられ、放り投げられる。

 空中に投げ出された彼は、破れた腹から内臓が撒き散らされる苦痛にしばし身悶えした後、地面に叩き付けられた衝撃で腹が破裂したうえ、駆け抜ける騎馬に頭を踏み砕かれ、完全に命を絶たれたのだった。




「ゲハッ!!」


 サクヤが身を震わせたかと思うと、上体を屈めて足元に置いたバケツへ胃液を吐き出した。

 ミツキが水差しから盃に注いだ水を差しだすと、一度口内を濯いだ後、喉を鳴らしてひと息に飲み干す。


「大丈夫か? 大分顔色が悪いぞ?」


 珍しくミツキが気遣いの声を掛けると、サクヤは口の端を歪めて笑みを返した。


「大丈夫じゃなければ代わってくれるのか?」

「代わりたくても代われるもんじゃないだろ? 少し休んだらどうだって言ってんだよ」

「……そうだな。死の体感も最初は刺激的だったが、飽きると痛くて苦しいだけだ。というかさっきから頭痛と吐気が収まらん。さすがに百人以上の死を続けて体験するのは無茶というものか」


 ミツキには他人の死を体感するという感覚が想像できない。

 しかし、自分なら気が触れているのではないかと何となく思った。


 今現在、遠方でティファニア軍とブリュゴーリュ軍の初戦が行われている。

 サクヤはティファニアの兵に寄生させた虫を通して、兵士たちと感覚を繋げ戦場の様子を観察していた。

 戦況は、彼女の様子を見れば一目瞭然だ。

 サクヤが感覚を繋げた兵士たちは次々と命を落とし、彼女はその度に兵士たちの死を追体験している。


「このままじゃ、あっという間に虫を憑けた兵士たちは全滅するんじゃないか?」

「まあ、だいたい五千人以上はいるから、まだ大丈夫だろう」


 そんなに憑けたのかとミツキは驚く。

 いったいこの女は、どれだけの虫を飼っているのか。


「それに、奴らの戦闘教義も大分分かってきた」

「マジか。お手柄じゃないか。で、それは一体?」

「まあ待て。今は奴らの戦い方を観察する絶好の機会だ。戦闘が終わるまでは兵士との感覚共有を続けるので、おまえは日暮れまでにあの男を呼んでおけ。たしか、今は王都に戻っているのだろう?」

「あ、ああ、わかった。けど、あまりキツかったら、これ以上無理はするなよ?」

「今無理をせず、いつ無理をするというのだ」


 そう言うと、サクヤの瞳から光が消え、その背がソファに沈んだ。


「ったく、落書きでもしてやろうか?」


 ミツキは憎まれ口を叩きながら、サルヴァを呼ぶため部屋を出た。




「総数が二十万程っていうのは、まあ当初の情報通りだ。しかし、そのほとんどが騎兵とはね」


 サクヤから話を聞いたサルヴァは、苦々し気な笑みを浮かべた。

 サクヤはというと、疲労困憊といった様子でソファに寝かされている。

 トリヴィアが回復魔法を使おうとしたが、精神的なダメージゆえ意味がないと、サクヤは断った。

 この女がこれほど弱っている姿は初めて見るなとミツキは思う。

 そこまでして情報を集めなければならないと判断したのだろう。

 自分たちの置かれた状況の危うさを再認識し、ミツキは身震いした。


「それもただの騎兵ではない」

「と言うと?」

「騎兵は大きく二種類に分けられるようだった。まず、小型の竜のような姿の馬に乗り、分厚い全身鎧で全身を覆い、盾と長物で武装した重騎兵。もう一方は、大型の鳥馬、我らの馬車などに使われていたやつだな、それを騎馬として、軽鎧を身に着け、短弓と手斧や片手剣を装備した軽騎兵だ」

「なるほど。突撃と支援で騎兵の役割を分けているのか。しかし、パラケトラプラスを戦場に出すとは」

「ぱらけ……何て?」


 聞き慣れない単語に、ミツキは思わず口を挟んだ。


「パラケトラプラス。二足鳥型の馬だ。素早くスタミナがあり性格も温厚で乗りやすいので、騎乗用の馬としてはもっとも普及しているが、草食で攻撃性が低いのであまり戦闘向きとは言えない。一方、肉食竜型の馬はディノトプスといって、卵から育てれば人に慣れやすい反面攻撃性が高い。両手に武器や盾も装備できるから、基本的に戦場ではディノトプスが運用され、パラケトラプラスはあくまで移動用にしか使われないんだ。しかし、そうか。弓騎兵が遠距離から支援する分には、ディノトプスの格闘性能よりもパラケトラプラスの速力の方が確かに有用だ」


 パラケトラプラスにはミツキ自身何度か乗っている。

 一方、ミツキはアタラティアでは開拓村での滞在期間が長く、他の三人と比べ本陣で過ごした時間が少なかったためか、アタラティア軍がディノトプスという馬を運用しているところを見たことはない。

 ただし、一度それらしい騎馬を目にしたことはあった。

 街道での迎撃戦で、敵指揮官を狙撃しようとした際に、部隊の先頭を進んでいたのが恐竜のような馬だった。

 おそらく、あれがディノトプスなのだろう。

 たしかに、あの恐ろし気な容姿なら、戦闘用というのも頷ける話だった。


「奴らは重騎兵を前面に押し立てながら、その後列の軽騎兵が射程と威力の優れた弓で先制攻撃を行い、ティファニア軍が崩れたところを重騎兵の突撃で一気に粉砕した。また、こちらの一部隊に対し、敵は多方面から複数の部隊で包囲、殲滅を図った」

「ああ、それは、ティファニア軍の鈍足な戦闘教義では対応できないだろうな。右往左往するうちに鏖殺される様が目に浮かぶようだ」


 サルヴァはいつもと変わらぬ口調で感想を述べたが、その顔は青褪めていた。

 一方、ミツキはサクヤの話を聞いて黙り込んでいる。


「また、重騎兵がこちらの部隊と格闘戦を始めると、すかさず軽騎兵は縦隊で左右に展開。押し包むようにしてこちらの部隊を包囲しにかかった」

「正面からは重騎兵により強力な突撃を受けたうえ左右からは矢の雨というわけか」

「当然、包囲殲滅されるかと思えば、敵は一か所だけ包囲に穴を作っている。ティファニア兵たちはそこから脱出を図ったが――」

「罠か」

「然り。包囲したとて密集して抵抗されれば攻め難い。奴らはわざと脱出口を設け、潰走した敵を順に狩っていった」

「元より速力では奴らに分があるからね……しかし参ったな。キミらのような召喚者がいるから強いのかと思っていたけれど、軍自体がそれ程精強とは。ブリュゴーリュ軍が騎馬戦を得意とするなんて聞いたこともなかったのに」

「それこそ、被召喚者の入れ知恵ではないのか? 力が強いばかりでなく頭の回る者が指揮を執っていたとしてもおかしくはあるまい。というわけで、こちらも被召喚者の知恵を活かしたいところなのだが、ミツキ、おまえも黙っていないで意見を言ったらどうだ」


 話を振られたミツキは、俯き加減だった顔を上げ、口を開いた。


「チンギス・ハン」

「なんだって?」

「オレの世界のモンゴル帝国っていう大昔の国が使った戦法とよく似ている」


 ミツキの脳裏には、例によって記憶にない情報が浮かび上がっていた。

 もう少しでユーラシア大陸を制覇するところだった常勝の騎馬軍団。

 馬と弓を用いた速攻性の高い戦術は、詠唱を必要とする魔法頼みのこの世界の軍隊の天敵となり得るはずだ。

 ティファニア軍が手も足も出なかったとして不思議はない。


「ほう。それは興味深いな。そ奴らの弱点がわかれば、ブリュゴーリュ軍に対抗する術もわかるのではないか?」

「弱点か……」


 ユーラシア大陸を制覇しかけたほどの軍と酷似した戦術に弱点などあるのだろうかと、ミツキはしばし黙り込む。


「弱点ってのとはちょっと違うけど、ひとつ思い出したことはある。モンゴル帝国の戦術は、シンプルだが緻密な情報伝達によって成り立っていたんだ。狼煙とか旗信号とか」


 ミツキの発言に、サクヤの顔つきが変わる。


「なるほど、確かに迅速な情報共有なくしてあの動きはできんな。私が見た限りでは、手旗や狼煙でできる連携とも思えなかった。だとすれば魔法で情報を伝達していたと考えるべきか」

「そんな魔法は聞いたことがないないな」

「被召喚者が参加しているのであれば、そ奴らが関わっている可能性は高かろう。次の戦闘では、魔力も含めてより広く戦場を観察してみよう。といっても、宿主を操れるわけではない以上、感覚を繋げる個体をよく選別しなければならんな」

「ではこちらは馬をかき集めることにしよう。敵が騎馬軍団だというなら、こちらも騎兵を揃えなければ話にならないだろ」

「それも重要だけど、歩兵用に大量に用意してほしい武器があるんだけど」

「歩兵用の武器?」

「ああ。対騎兵戦で効果を発揮するはずだ。うまく運用できれば、敵の機動力を削ぐことができるかもしれない」

「わかった。どんな武器か後で詳しく教えてくれ。どれだけの数が揃えられるかわからないが、歩兵すべてに持たせる前提で動いてみよう。それはそうとミツキ、制服の生産は順調かな」


 サルヴァに問われ、工場の様子を思い出しながら頷く。


「ああ、おかげさまでな。知り合いの商人がよく動いてくれて、とりあえずひと通りの生産体制は整った。あんたらに工員の生活を支えるための援助までしてもらったおかげで、難民の働き手は増え続けているし、それに合わせて工場も増築している。これならどうにか数を揃えられそうだ」

「そうか。では折を見て例の研究者に、敷地内に魔法付与のための設備も造らせよう。それはそうと、そっちの仕事が軌道に乗ったのなら、キミには他の被召喚者を連れてジュランバー要塞に移ってもらいたい」


 サルヴァの提案に、ミツキは緊張する。


「それって、つまり」

「ああ。それなりに頭数が揃ってきたところで、訓練や編成にとりかかりたい。キミらにも存分に働いてもらうよ」

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