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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第五章

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第四節 『軍監』

 円形闘技場の広場に、同じような粗末な服に身を包んだ集団がぞろぞろと入場している。

 観客席からその光景を眺め、ミツキは強い既視感に襲われる。

 当然だ、と思う。

 この世界に召喚され、監禁されていた独房から出され、はじめて連れて来られた施設だ。

 目をつぶれば、次々と殺されるローブの集団や、襲い掛かって来る魔獣の姿を、まぶたの裏に鮮明に想い描くことができる。

 まさか、今度は自分が監獄から人を連れて来る側になろうなどとは、あの時は夢にも思わなかった。


 サルヴァの話によると、この施設は奴隷制が敷かれていた時代の遺産なのだという。

 当時は奴隷の剣闘士が、ここで同じ剣闘士や魔獣と戦い、命と引き換えに市民に娯楽を提供していたのだそうだ。

 奴隷制が廃止された現在、王都では剣闘士の試合も廃止され、今この施設は何かの催しや市民の集会などに使われているとのことだった。

 もっとも、地方の副王領では未だに闘技場で剣闘士の賭け試合が行われているところもあるそうだが、その多くはガス抜きとして黙認されているらしかった。


「だいたい揃ったか……周辺の副王領からも掻き集めたにしては、些か少ないな」


 入場を終えた囚人の数を見て、ミツキの隣に座ったサクヤがぼやく。

 その姿は、セルヴィスを暗殺しようとした日と同じく、人に化け、ゴスロリ服に身を包んでいる。

 サルヴァからの依頼を受けた後、ミツキとともに外出する必要が増えたことで、最近はこの姿でいることが少なくない。


「ここティファニアの監獄は、オレ等を収容する前に、一度、収監していた受刑者たちを一掃しているらしいからな。多くは闇地の開拓に送られ、その一部は囚人兵としてアタラティアに派遣され、さらにそのごく一部が脱走し、盗賊となり開拓村でオレとかち合った。あと、なぜか大量の受刑者が姿を消したなんて噂も、非市民区で耳にしたな。おまえの予想より数が少ないってのはそこらへんが原因だろう」


 広場に集まった囚人の数は、四百人に満たない。

 ブリュゴーリュ軍に対抗するには、数十万単位の兵数が必要なだけに、さすがにこれだけの人数では心許ない。


「まあ、幸い、っていうのはちょっと違うけど、戦争の不安やら避難民の流入やらで治安は劇的に悪化しているから、たぶん今後ガンガン追加が見込めるらしい。ありがたいなどとは、とても言えないけどな」

「そうか。まあそういうわけなら仕方があるまい。今回はこいつらだけで我慢しておくか」


 そう言うと、サクヤは席を立ち、階段状の客席を降り始め、ミツキもその後に続く

 囚人たちを連れてきた看守や衛兵たちは、既に施設の外へ退避させている。

 これから起こることは、事情を知らぬ者にはとても見せられないからだ。


「注目!」


 広場に降り立ったサクヤのよく通る声に、囚人たちの視線が集まる。


「人殺しに強盗、放火に強姦、違法薬物の販売に人身売買、その他諸々の罪で断頭台の順番待ちをしていた諸君! 喜べ! 貴殿らに無罪放免の好機を与えよう!」


 ここに連れて来られた理由を知らない囚人たちは、サクヤの発言に(いぶか)し気な表情を浮かべる。

 たしかに、役人でもなさそうな妙な格好の少女にそのようなことを言われても信用などできまい。

 しかし、サクヤはかまわず続ける。


「貴殿らを解き放つ条件は、我々ふたりとこの場で戦って勝利することだ! ふたりが絶命した瞬間に入場口の扉が開錠されるよう魔法をかけてある! 見事我らを打ち倒し、扉が空いたら、後はそのまま外へ出て何処へなりと行ってくれてかまわない!」


 サクヤの言葉に、囚人たちは互いを窺い合う。

 何かの罠ではないかと怪しんで、行動を起こしかねているのだろう。

 そりゃそうだ、とミツキは思う。

 これだけ人数を揃えて、全員でたったふたりを相手に勝利すれば無罪放免などと、いくらなんでも話がうますぎる。

 自分が囚人たちの立場なら、何か途轍(とてつ)もない魔法の使い手ではないのかと警戒するだろうとミツキは想像する。


「なんだ、誰も来ないのか!? まあ、それならそれでけっこうだが、戦わないのであればこのまま監獄に戻して近日中に死刑が執行されることになるがかまわんな!?」


 サクヤの言葉に囚人たちの目の色が変わる。

 ここで動かなければ、程なくして殺されるということならば、囚人たちに選択の余地などないだろう。

 集団は少しずつふたりににじり寄ると、やがて先を競って走り出した。

 特に、先頭集団の男たちは、サクヤに下卑(げび)た視線を向け、中には興奮気味に叫び服を脱ぎながら走る者さえある。

 その露骨な反応に、さすがは死刑囚だと、ミツキはむしろ感心する。

 それにしても、一瞬とはいえ希望を持たせてから、例の()()を施そうとするサクヤは、この囚人たちにも劣らず、悪辣(あくらつ)な性格だと思わずにいられない。


「なんでわざわざこんなことをさせる? 普通にやれないのか?」

「もしかしたら、一人ぐらい突破してくる猛者がいるかもしれんだろう? もしそんな奴がいたなら、他の連中とは区別して念入りに改造してやってもいいかと思ってな」


 そう言って薄く微笑むサクヤの影がボコりと波打つ。

 次の瞬間、その影の中から大量の虫が湧き出し、洪水のように囚人たちへ襲い掛かった。


「……うげぇ」


 目の前で繰り広げられる地獄絵図に、ミツキはおもわず呻いていた。

 虫たちに纏わり付かれ、半狂乱となって悲鳴をあげる囚人たちは、ひとり、またひとりと体を痙攣させながら地面に崩れ落ちていく。

 耳や鼻から侵入した虫たちが、脳にまで達したのだろう。

 あと数分もすれば、約三~四百人分の蟲憑(むしつ)きができあがるはずだ。


 サクヤの外法で蟲憑きとなった者は、自分自身で判断したり、複雑な行動を取ることができない。

その反面、単純な命令を継続して実行させるのには、非常に適している。

 例えば、駐留場所での兵士たちの特定の行動を二十四時間体制で見張らせ、軍規違反者はその場で拘束し適切な罰則を与えられるうえ、賄賂で買収されることもない。

 あるいは、戦場での兵士の働きを観察、記録して、手柄を上げた者に対し正当な評価と報酬を与えることもできる。

 まさしく、軍監としては理想的な資質だろう。

 囚人では人格面に難があり、とても味方に加えることなどできないというのは、元囚人の脱走兵に煮え湯を飲まされたミツキは誰よりわかっていた。

 ならば、人格を消し、思い通りに動く傀儡(かいらい)に変え、軍監として利用しようというサクヤの発想は画期的だと言えた。

 ただ、相手が極悪人とはいえ、命を弄ぶサクヤの姿には、やはり嫌悪感を覚えずにはいられない。


「なんだ、結局ひとりも突破しては来なかったな。極刑を言い渡されるほどの囚人であれば荒事には慣れているものと思ったが、まあ、そもそもそんな実力があれば、むざむざ捕まったりなどせんか」


 そう呟いたサクヤが小さく腕を上げると、囚人たちに憑くことができなかった虫たちが彼女に殺到したかと思うと、あっという間にその影の中へと姿を消した。

 大量の虫がぞよぞよと音を立てて影に吸い込まれて行く気色の悪い光景から目を背けるミツキを余所に、サクヤは虫に憑かれた元死刑囚たちを整列させ、もはや意思も人格も喪失し自分の傀儡となり下がった囚人たちを満足げに眺める。


「手駒が一気に増えたな。さて、この人形共、どう使ってくれようか」


 ミツキが横目で窺ったその顔は、まるで新しい玩具を与えられた子どものようだった。

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