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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第四章

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第十三節 『尋問』

 床、左右の壁、天井と、白一色の廊下を歩きながら、確かに違うなとミツキは考えていた。

 己が収監されていた棟の廊下は、連れ出される際のほんのわずかな間しか見ていないものの、石壁に囲まれ、間違いなくここよりも暗く、じめじめと湿気った空気が淀んでいた。

 それに比べてこちらの建物内は、陶器のような質感の壁に、時折通り過ぎる扉は磨き上げられた金属で、どこか近未来のような雰囲気でさえある。

 そして、酷く殺風景だ。

 建物へ入って既に、体感で十五分程は歩いているが、同じような廊下が延々と続いていることもあり、とっくに方向感覚は失われている。


「この広さと視覚的な特徴のなさ、そしてやたらと入り組んだ廊下。すべて囚人の脱走を想定した備えらしい。案内がなければ、まず間違いなく迷うからね。そんなわけでもう少し歩くけど辛抱してくれ」


 心の中を見透かしたようなサルヴァの発言に、ミツキは薄気味の悪さを感じる。

 それに、案内が必要と言いつつ、迷いなく先導していく。

 どうにも得体の知れない男だった。


「それにしても人気が無いな。門からここへ来る間もそうだったが、もしかして未だに囚人を入れていないのか?」


 非市民区をはじめて訪れた際のイリスたち姉弟との会話から、自分たち被召喚者を入れておくため、監獄は対外的には閉鎖されたことになっており、囚人たちも開拓兵として闇地に送られたことをミツキは知っていた。


「ここが閉鎖されていたことなんてよく知っているなミツキ」

「オレ等を入れておくために囚人を追い出したんだろ? まあ、当事者だからな」

「よく調べたね。でも、この監獄は大分前から囚人の受け入れを再開しているよ。人と会わないのは、単に歩き回るような人間が少ないからだね」


 イリスたちによれば、監獄の閉鎖が治安の悪化を招いていたとのことなので、まあよかったとミツキは思う。


「それにしても、敷地内はやたらと建物が多かったな。てっきり、どでかい建物がひとつあるだけかと思っていた」

「身分や性別、罪状などで棟を分けているからね。それと、囚人の食事を作る施設や医療施設、尋問や刑罰用の設備、刑務官などの職員寮等々、監獄以外にもいろいろあるんだ」

「監獄っていうか、まるでひとつの街だな」

「実際、街をひとつ潰して造ったわけだからね。今ではここがティファニアで最も住みたくない街というわけさ」


 雑談を交わしながら、さらに数分程進むと、前方の廊下に現れた扉の前でサルヴァが立ち止まる。


「さて、お望み通り例の研究者と会わせるのはかまわないが、その前に、キミたちには彼女を見極めてもらいたい」


 振り返ったサルヴァのセリフに、ミツキとサクヤは顔を見合わせる。


「見極めるって、なにを?」

「他の研究者たちが施設を爆破し死んだ事件についてと、計画そのものの詳細について、我々はこれまで彼女に尋問を続けてきた。しかし、どうにも進まなくてね。とりあえず、対面させる前に尋問の様子を観察してもらおうと思うんだ。まあ、実際に見てもらえれば、どうしてそんな回りくどい真似をさせるのかわかってもらえるだろう」


 尋問が進まないとはどういうことなのか、ミツキにはわからない。

 黙秘でもしているのだろうかと予想する間に、サルヴァが扉を開けて室内へと入ったので、サクヤとともに後に続く。

 室内は四畳程の狭い空間で、奥の壁際に小さな机と椅子が置いてある以外は何もなかった。


「おい。尋問に立ち会うんじゃなかったのか? 誰もいないじゃないか」

「立ち会うというか、見てもらうだけさ。左の壁に注目してくれ」


 サルヴァに促されミツキが左を向くと、同行していた騎士のひとりが壁に手を当て何かを呪文のようなものを口にしている。


「これもカルティアの技術だよ。それでカルティア人の尋問を覗き見るのだから皮肉なものだね」


 ブンッ、という音とともに壁が透過する。

 壁の向こうは、ミツキたちのいる部屋よりも少し広めの密室で、椅子に座って向かい合う男女と、壁際にふたりの男が立っているのが確認できる。

 三人の男らは皆、兵士だろう。

 独房から出されて以来、ミツキは彼らが纏う鎧をうんざりするほど見てきた。

 一方、女は麻か何かでできた粗末な服を着せられ、靴は履いておらず、長い髪はバサバサに乱れている。

 その髪に、俯いた顔が隠れ、表情は窺えない。


「ここから、声も含めて隣室の様子を窺うことができる。一方で、あちらからはこちらの様子はまったく見えない」


 マジックミラーみたいなものかとミツキは思う。

 そういえば、日本の警察署にも、マジックミラー付きの取調室があるらしいと、どうでもいい知識が頭に浮かぶ。


「尋問が始まるよ」


 サルヴァの言葉に、ミツキは中央で向かい合う二人に注目する。

 壁際のふたりは、おそらくただの監視兼警備担当だろう。


「リズィ博士。あなたには、お仲間であるカルティアの研究者たちを地下研究施設ごと爆破して殺害した疑いがかけられている。また、我が国王を唆し莫大な国費を費やしたうえ、非人道的な実験を重ねてきた件についてもお話をうかがいたい」


 目の前の男の言葉を受け、女がゆっくりと顔を上げた。

 〝博士〟という割に若い。

 未だ二十代かもしれない。

 顔の造りは整っているが、濁った瞳に落ち窪んだ眼窩が不健康そうな印象だ。

 ただし、同じ不健康(づら)でも、レミリスのような迫力は感じられない。


 リズィと呼ばれた女は、問いを受けゆっくりと口を開く。


「……わ」


 サルヴァから〝見極めろ〟などと言われただけに、ミツキはその口元に注目する。


「わだ……」

「わだ?」


ミツキの喉が、グビリと鳴った。

 いったい、この女の口からどんな言葉が発せられるというのか。


「……わだじは、(私は、)だんでぃぼ(なんにも)じらだいっで、(しらないって、)ぼうだんどぼ(もうなんども)いっだじゃだい(言ったじゃない)でずがぁぁぁ(ですかぁぁぁ)!」

「……えぇ」


 女の言葉がよく聞き取れず、一瞬顔を顰めたミツキだったが、その表情を見て、緊張が一気に弛緩した。

 女の顔面は崩れ、目からは滝のように涙が溢れ、鼻から二筋の鼻水さえ垂れ下がっている。

 そして、情けない声で、さらによく聞き取れない言葉を継ぐ。


わだじは、(私は、)じょうがんど(召喚の)じっげんのごどは、(実験のことは、)だんでぃぼ(何にも)じらだいじ、(知らないし、)ぞぼぞぼ、(そもそも、)べりずでぃざいとど(王耀晶の)げんぎゅうがでぎる(研究ができる)っでいうがら(っていうから)づいでぎだだげで、(ついてきただけで、)あどひどだぢが(あの人たちが)だでぃじようどじでだ(なにしようとしてた)がだんで、だんでぃぼ(かなんて、何にも)じらだいんでず(知らないんです)っでばぁぁぁ(ってばぁぁぁ)


 いっそ清々しいほどのガン泣きゆえ、何を言っているのか半分も聞き取れないが、どうやら自分は何も知らなかったと言っているようだ。

 ここまで身も世もない反応をされると、さすがに演技ということはないのではないか。

 いや、ここまでやるからこそ、逆に演技なのか。

 戸惑うミツキを余所に、尋問者の口調が厳しいものになる。


「では、あなたは何故、爆破当日研究施設にいなかったのですか? 偶然と呼ぶには、あまりに不自然ではありませんか」

ぞでぼぼがど(それも他の)でぃどでぃぎがれで(人に訊かれて)ごだえばじだげど、(答えましたけど、)おうぎゅうをびでぃ(王宮を見に)いっでだんでずよぉ。(行ってたんですよ。)あんだおおぎだ(あんな大きな)べりずでぃざいとを(王耀晶を)じゆうでぃびれる(自由に見れる)どごろだんで、(ところなんて、)ぼがでぃだいじゃ(他にないじゃ)だいでずがぁ。(ないですか。)おうぎゅうは(王宮は)ひまだどぎは(暇な時は)いづぼびでぃいっで(いつも見に行って)だがら、ぶじろ(たから、むしろ)らぼでぃいるじがん(ラボにいる時間)どぼうがずぐだがっだ(の方が少なかった)んでずぅ。だがら、(んです。だから、)ぐうぜんでぼだんでぼ(偶然でもなんでも)だいんでずよぉぉぉ(ないんですよぉぉぉ)


「なるほど、王宮を見に行っていたので爆発に巻き込まれずに済んだ、と」


 サクヤの呟きに、ミツキは感心する。

 もはや、何を言っているのか自分にはまるでわからなかったからだ。


「それではいつごろ王宮を見に出かけてどこで……博士?」


 研究者の女は泣きすぎて、とうとうえずきはじめた。

 尋問役の男は途方に暮れた表情をこちらへ向けると、「おえっ!うおぉえっ!」っと呻き声をあげながら身悶えしている女の背を擦ってやろうと近付く。

 しかし、女は自分に向けられた手を見て大きく目を見開くと、手を振り回しながら悲鳴をあげた。


「やっ、やめてぇっ! ら、ら、乱暴するつもりでしょ! エ――」


ブンッ


 唐突に、壁面が透過効果を失い、ミツキは目の前の壁を呆然と見つめた。

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