第十節 『陰謀』
「あ、暗殺だと?」
ミツキは唖然とした表情で馬鹿みたいに問い返した。
一方のサルヴァは、相変わらず微笑したまま、ゆっくりと頷く。
「そうだ。キミの能力、〝飛粒〟っていうんだろ? 遠距離から弾を飛ばして軌道も自在に操れる。その弾も、小さいうえに高速で発射できるから視認することも難しい。これ程暗殺向きの能力も珍しいよ。おまけに魔法のように術式を組まないキミの能力なら、魔力痕も残らないから追跡のしようもない。つまり、キミが犯人ということはまずバレない。当然、キミと繋がっている我々に嫌疑が向けられることもない」
なぜ、サルヴァたちが〝飛粒〟のことを知っているのかはわからないが、おおかたレミリスあたりが報告したか、あるいはアタラティア陣内にドロティア一派の息の掛かった人間がいたか、そんなところだろうとミツキは解釈した。
それにしても、そこまで分かったうえで己に近付いたということはと考え、ミツキは頭へ急速に血が昇るのを自覚する。
「おまえら……最初から、オレを利用するつもりだったな?」
「利用という言い方は好きではないなぁ。でもまあ、お願いはするつもりだったね」
「ふざけんな! だったら最初からそう命令すれば良かっただろうが! あんなつまらねえ芝居に巻き込みやがって! いったい何考えてんだ!」
激高するミツキを目の当たりにして、サルヴァは一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔に戻ると、クスクスと笑いさえした。
「おい、何がおかしいんだよ!!」
「ああすまない。いや、そんなに怒るとは、よほど堪えていたようだね。あれはまあ、私たちのことを知ってもらうための自己紹介みたいなものだったんだ。あとティアとしては、ちょっとキミを試してみたかったというのもあったのだろうな。と言っても彼女のことだ、結果は見えていたんだろうけどね」
「ああ!? 何言ってんだかわかんねえよ!」
「つまり、我々第一王女親衛隊の隊員は皆、キミが逃げ出した例の処置を受けているということさ。あれは確かに避妊のためでもあるが、同時に覚悟とティアへの忠誠を試すテストでもある。もしキミがあの時受け入れていたなら、我々は快くキミを仲間として迎え入れていただろう。まあ、それはそれとして、暗殺の件はあらためてお願いしただろうけどね」
ミツキはサルヴァの返答に目を見張る。
そして、その背後に控える騎士たちに視線を巡らせる。
こいつら全員、避妊処置を受け入れているのだと思い、得体の知れないカルト教団でも前にしたような気持ちになる。
「……イカれてる」
「私はそうは思わないなあ。親衛隊の隊員は皆、ティアが〝人見の祝福〟で見出し、自ら勧誘した者ばかりさ。だからこそ、貴族はほとんどいないし、いても没落した家の出身だ。そのようなわけで、事情は千差万別でね。たとえ避妊処置を受けることになったとしても、誉れある王族の親衛隊という立場を選ぶ者は存外少なくない。それだけ高い地位ということだ。身分や特権が与えられ、出世も約束される。当然家族を養うことも容易だ。もちろん、中にはティアに心底惚れている者だっている。要するに、彼女の恋人に選ばれるという僥倖に比べれば、子どもができなくなる程度は些細なことなのさ。将来的に後継ぎが欲しいのなら、養子でも取ればいいわけだしね」
嫌悪感を覚えつつも、サルヴァの言うことにも一理あるのかもしれないと、ミツキは内心で納得した。
例えば、極貧ゆえ明日食べていくこともままならない人間であれば、生殖能力と引き換えにしたとしても、安定した生活や高い地位を望むのは当然だろう。
しかし、それでもミツキには受け入れ難い。
「まあ、そのことはいいさ。何が大事かなんて、人それぞれだからね。それより、今は暗殺の件だ。当然、引き受けてくれるよね?」
「アホか! 引き受けるわけねえだろ!」
「おや? キミは断れる立場にはないと思うが? まさか自分がどういう状況に置かれているか失念しているわけじゃないよね?」
「あのなあ! 話の流れ的に王子を暗殺するってのは、あのお姫さんが女王になるためなんだろうがよ! そんな企みに加担してなんの罪もない人間を殺すぐらいなら、死んだほうがマシだ!」
ミツキに鋭い視線を向けられ、サルヴァは嘆息する。
「なるほど、見上げた心意気だが、キミはひとつ勘違いをしている」
「勘違いぃ?」
「キミはティアが王座欲しさに暗殺を企てている、あるいは彼女の取り巻き、例えば私たちなんかが誑かして彼女を王に据えようとしている。そう思っているのではないか?」
その通りだった。
ドロティアがあんな様子だった以上、2:8ぐらいで後者だろうとミツキは踏んでいる。
「それは誤解だ。ティアは別に王の座など望んでいない。彼女は自分の後宮で男たちと戯れ、贅沢三昧の一生を送れればそれで良いと考えている。彼女の異能を鑑みれば、政略結婚の道具にされることもないだろうしね。私たちにしてもあくまで彼女の意志を尊重するだけさ。しかし、それでもティアが王にならなければならない理由がある」
「なんだよ理由って。言ってみろよ」
「彼女が次の王にならねば、ティファニアが滅ぶのさ」
「……は?」
ミツキはサルヴァの正気を疑った。
あの頭の緩そうな女が王位に就くことで国が救われるとは到底思えない。
そこでひとつの可能性に思い至る。
「もしかして、お姫様より継承権の高い王子は、どうしようもないクズ揃いとか?」
「いいや。ティアよりも王位継承権が高いのは第一、第二王子だが、どちらもそれなりに優秀だし王族としての気構えもできている。少なくともティアよりは、良い王になるだろう。それとミツキ、近衛を前にして王族に対する不遜な発言は慎んだ方がいいな」
そう言いつつ、サルヴァは手を上げる。
その背後では、騎士たちが剣呑な視線をミツキに向けている。
サルヴァの動作は、部下たちを抑えるためのジェスチャーだったのだろう。
確かに、騎士を前にして王族を「クズ」呼ばわりはまずかった。
ミツキは己の失言に肝を冷やしつつ、疑問を述べる。
「ますます意味が解らないぞ? だったらどうして上の王子が王位を継承すると国が亡びるっていうんだ?」
「ティアの〝人見の祝福〟については説明したね? 彼女は上空から俯瞰するように人々の放つ光を見ることができる。そして、その動きを見ることで、これから人々がどのように動くかを予見することもできるのさ」
〝人見の祝福〟とはそこまで万能なのかと、ミツキは驚かされる。
「つまり、今は優秀でも、王子たちが王になると国が荒廃すると予見したのか?」
「いいや。ティアの能力を使うまでもなく、良い王にはなるだろう。ただし、それはあくまで平時であればの話さ」
「平時であれば? どういう意味だ」
「ティアが見ることのできる人の輝きは国内にとどまらない。そして、周辺国の人の動きから、近々大きな戦争が起こるとティアは予見した」
サルヴァの言葉を聞き、ミツキは身を固くした。
「そんなこと、わかるのか?」
「ティアはあの通りアホの子だが、こと〝人〟の関わる事象についての読みはこれまで誤ったことがない。まず間違いないだろう。そして、同じく〝人見の祝福〟の能力で判断する限り、ふたりの王子には平時の統治能力はあっても、国の危機に対応できるだけの器はない。さらに、残念なことに、実力不足を指摘したとして、王子たちが王位を辞退することなどあり得ないし、即位後に王としての責務を放棄することもない。だから、どんな手を使ってでも、彼らが王となるのを阻止しなければならないんだ」
「だからって……ティア様が王になればうまくいくとでもいうのかよ」
「ティアが王になったところで、王としての仕事など何もしないさ。彼女が唯一力を尽くすのは人事のみ。〝人見の祝福〟を駆使して軍も政治も最も効果的な人事を実現することができる。それさえ済めば、あとはそれぞれのポストに割り振った人材が勝手に国を守り動かしていくだろう。そして、これが可能なのは、王という権力と、〝人見の祝福〟という異能を併せ持った者だけなのさ」
「じゃあ上の王子たちに、ティア様に人事を任せるよう伝えればいいだろ」
「無理だ。上の王子たちはそれなりに優秀だがあくまで〝それなり〟だ。既得権益にしがみつく貴族や元老院の老害共を蔑ろにはできまい。その点、ティアは徹底して空気を読まないからな。これからの国にとって害にしかならないような者は高位貴族だろうが郎党もろとも排除し、速やかに改革を遂げられる」
そこまで聞き、もはやミツキはどうして良いかわからなくなっていた。
もし、サルヴァの言うことが本当なら、どんな手を使ってでもドロティアを王にする必要がある。
兄王子たちに国を守る能力がなく、同時に自ら退きもしないのであれば、暗殺という手段で無理にでも退場させる必要があるというのは、たしかに理に適っている。
しかし、サルヴァの発言がどこまで信用できるのか、ミツキにはわからない。
この男と知り合って、未だ二日しか経っていないのだ。
まして、今のミツキは、王宮で受けた仕打ちから疑心暗鬼気味であり、他人を信じるのが難しい精神状態なのだ。
それに、たとえ本当のことだとしても、暗殺など己にできるのか。
敵国の兵卒を狙撃するのとはわけが違うのだ。
「というわけで、この暗殺計画は何が何でも成功させなければならない。引き受けてくれるかいミツキ?」
ミツキは返答に窮した。
というか、こんな重要な選択をこの場で決めるのは無理だ。
そう伝えようと思ったが、サルヴァの問いに対する返答の言葉を発したのは、ミツキではなかった。
「引き受けよう。ただし、条件がある」
隣から聞こえた声に驚き、ミツキが視線を向けると、サクヤが不吉な笑みを浮かべていた。




