第八節 『堕落姫』
「ああ~! みっちぃ、やぁっと来たぁ! もぉう、待ちくたびれちゃったよぉ!」
ドロティア王女は庭園の奥にある東屋の前で待っていた。
彼女の前のテーブルの上には胸焼けしそうな量のスウィーツが積まれている。
とてもひとりで食べきれる量とは思われない。
それはいい。
先程の話を聞いた以上、その程度の贅沢は許されてしかるべきだろう。
しかし、ミツキは別のものに対して表情を強張らせていた。
「あ、あの、サルヴァさん?」
「なんだいミツキ?」
「その、ティア様の周りに侍ってらっしゃる男共は何者なのでしょう」
ドロティア王女は、細マッチョのイケメンたちに囲まれていた。
男たちは皆腰布を巻いただけの半裸で、王女もベビードールのような露出の多い服を纏っているのみだ。
彼女はリクライニングチェアのような座具に身を沈め、オイルを塗られた手足を男たちにマッサージさせていた。
「ああ、彼らはティアの恋人たちさ。キミにとっては先輩に当たるな」
「えぇ」
「キミは彼女の四十二番目の恋人になる」
「ええぇ」
「ちなみに、一番目は私だ」
「えええぇ」
ミツキは、己の目が完全に節穴だったことに気付いた。
中身は子どもどころか、とんでもない地雷女ではないか。
そして、ようやくレミリスの言葉の意味を理解する。
おそらく彼女は、王女の放蕩を知っていたのだろう。
だから、逃げ帰って来ることを見越して、王宮前で待つと伝えてきたのだ。
その気遣いには感謝したいところだったが、ちゃんと言ってくれなければわからないだろうと、余裕のないミツキはむしろ非難したいぐらいだった。
とはいえ、考えてみれば、何の不自然もないと、ミツキは納得もしていた。
自分が一夫一婦制の世界出身であるため今の今までまったく気付かなかったが、己はこの世界における男女の事情などなにも知らない。
まして、王族であれば、一妻多夫ぐらい普通であったとしても、何の不思議もあるまい。
それにしても、よもや自分が逆ハーレム要因として招かれたなどとは、まったく思いもよらぬことだった。
「もぉう、みっちぃったら、昨日ぶりにわらわと会ったっていうのに、なんでそんな変なお顔をしてるのぉ?」
座具から跳び下りて、ミツキに駆け寄ったドロティアは、新しく四十二番目の恋人に任命した男の顔を覗き込み、頬を膨らませる。
「……えっと」
「どうしたんだいミツキ」
ドロティアばかりでなく、サルヴァもミツキの様子に怪訝そうな表情を浮かべる。
戸惑いのあまり硬直していたミツキは、ふたりの視線を受け、口を開いた。
「あ、あの――」
「ちょ、マテヨ!」
ミツキが言葉を発する前に、横合いから男が口を挟んだ。
声の方を窺えば、ドロティアを囲んでいたハーレム要員のひとりが、ミツキに鋭い視線を向けながら歩いて来る。
「おいティア! おまえ、なにオレの許可も取らずにまた男増やしてんの?」
「やぁん、だってだってぇ、シュウザに言ったら絶対やきもち焼くもん!」
「ふざけんなよ! おまえはオレの女だろ!? 部隊の奴らならともかく、外の男になんて色目使ってんじゃねえ!」
目の前のワイルド系イケメンは嫉妬心丸出しでドロティアに声を荒げるが、王女の方は男の嫉妬が嬉しいのか「やぁんやぁん」と言いながら身をくねらせている。
「ええ~。ボクは新しい仲間ができるんなら嬉しいけどな」
傍らからした声にギョッとして視線を向けると、無邪気そうな笑みを浮かべた童顔系イケメンがミツキの顔を覗き込んでいた。
「ねえねえ、お兄さんも騎士団の人? 所属は?」
少年のような顔のハーレム要員に話し掛けられ、ミツキは戸惑う。
自分は騎士団になど所属していない。
というか、やたらと距離が近い。
「こらこらマルキ、新入りくんが困っているだろう? そういうのはあいさつの後になさい」
「ええ~、パヴァラだって知りたいくせに」
少年のようなイケメンを嗜めたのは優男系のイケメンだった。
「やあ、あなたのことはティアから聞いていますよ。まあ、いきなりこんな所へ連れて来られて戸惑う気持ちもわかりますが、お互い立場を同じくする者。仲良くしましょう」
そう言って、優男系イケメンは爽やかに笑いかける。
「なんでボクらは知らなかったのにパヴァラは知ってたの? ずるーい」
「それは彼が副隊長だからでしょう。我々が聞かされていなかったのは、ティア様の悪戯心かと」
「だぁーはっはっ! まあいつものことじゃねえか、ティアがテキトウなのは! クロゼンダもそう思うだろ!?」
「……ボクに、訊くな」
さらに、インテリ系イケメンと熱血系イケメンとクール系イケメンがやって来て和気あいあいと話しだす。
ひとりの女に複数の男という状況を鑑みれば、なかなか奇妙な光景だった。
なんというか、入り辛いな、とミツキは思う。
例えるなら、学期途中で転校したら、新しいクラス全員が異様に仲が良く、疎外感を覚えた転校生の気持ちとでも言おうか。
「騒がしくてすまないねミツキ。ところでさっき何か言おうとしていたけれど、もしかして疑問でもあるのかな? それとも、まさかとは思うがなにか不服でも?」
サルヴァの質問に、男たちの会話がぴたりと止まる。
「お、オレは――」
視線を巡らせると、男たちが怪訝そうな表情をミツキに向けていた。
クソッ、と内心で毒づく。
ハーレム要員ならハーレム要員と、なぜ事前に言わないのか。
もはや、〝健気な王女〟への同情は消し飛んでいた。
「オレは、ハーレムに――」
四十二番目の恋人だなどと、馬鹿にするのも大概にしろと言いたかった。
ミツキは男たちを見回してからドロティアに視線を向け、決然とした口調で伝えた。
「入れてもらってマジ嬉しいです! 不束者ですがよろしくオナシャス!」
無論、本意ではない。
だが、ここまで来て〝やっぱりやめます〟などと言おうものなら、どんな罰を与えられるかわかったものではない。
それに、その場合被害が及ぶのは自分だけとも限らない。
背いた報復として、側壁塔の仲間に危害を加えられる可能性とてあるのだ。
サクヤやオメガはともかく、今動けないトリヴィアのことを考慮すると、それだけは避けたかった。
だから、ミツキはとりあえずこの場は従うほかないと考えた。
本音を言えば、遊冶放蕩の限りを尽くす王女には言いようのない嫌悪を感じている。
振る舞いが幼稚なのも、かえって彼女の得体の知れなさを際立たせ、その薄気味の悪さに鳥肌さえ立っている。
だからこそ、内心を悟らせないために、あえて精いっぱいの愛嬌を振りまいてみせたのだった。
そんなミツキの様子に、王女と男たちも和む。
「やぁぁん、こちらこそよろしくねぇみっちぃ!」
「ああ、歓迎するよミツキ」
「そういうことなら、他の隊員にも早めに紹介しなければいけないね」
「なんか今までにいなかったタイプだなぁ。ボク仲良くなれそうだ」
「ふっ、なかなかに賢明な御仁ですね」
「おうおう、わからねえことがあったら何でも聞いてくれよな!」
「チッ! オレは認めたわけじゃないからな」
「……どうでもいい」
一部不服の声も聞こえるが、男たちは概ね好意的だ。
とりあえず、この場はどうにかやり過ごせそうだとミツキは安堵する。
「それじゃあ、パヴァラ。みっちぃのためにお医者様を呼びに行ってちょうだい」
「うん、わかった。ミツキくん、すぐ歓迎パーティーでも開きたいところだけど、少し待っていてくれるかな」
「えっ、いやオレ、特に悪いところなんてないですけど」
「悪いところを調べてもらうんじゃないんだぁ。あのねぇみっちぃ、わらわわぁ王女様でしょ? だからぁ、みっちぃとの間に赤ちゃんができると大変なんだぁ」
急に生臭い話を振られ、笑顔が引き攣りかける。
よもや医者から避妊の指導でも受けさせられるのではなかろうなと考え、内心げんなりしながらもどうにか言葉を返す。
「あ、ああ、まあそれは、そうですよね」
「それでね、みっちぃがぁわらわとぉ一緒にいるためにわぁ、お医者様の処置を受けてもらわないとぉ、ダメなんだぁ」
「えっと、処置とは?」
「うん! あのねぇ、お子種の通り道をぉ、チョッキンってしてもらうんだよぉ」
「……………………Oh」
避妊の指導どころではない。
己の体の生殖機能を奪うと、この女は言っているのだ。
ミツキは笑顔を張り付けたまま、男たちを見回す。
男たちは、穏やかな表情でミツキに頷いて見せた。
ああ、コイツら、とミツキは思う。
全員、頭おかしい。
ミツキは二歩ほど後退ると、大きく息を吸い込んでから、王女や男たちの背後を指差して叫んだ。
「なんだあれは!」
一同の視線がミツキの指し示した方へ向けられると同時に、壁面に設置されたステンドグラスが盛大な音を立てて砕けた。
男たちは、一瞬で反応し、ドロティアを庇うように囲みつつ、いつでも襲撃に対応できるよう構えた。
「刺客か!? 宮殿内まで入って来るなんてはじめてだぞ」
「くそっ! 警備の連中は何やってんだ!」
「しかし、敵の気配を感じません! 探知魔法を使うまで皆気を抜かないでください!」
殺気立つ男たちとは対照的に、未だに緊張した様子のないドロティアは、いつものふわっとした声で疑問を口にした。
「あれぇ? みっちぃわどこぉ?」
その言葉を聞き男たちは警戒を解かずに周囲を窺ったが、ミツキの姿は煙のようにその場から消えていた。




