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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第四章

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第一節 『木漏れ日』

 周囲に落ちている石に視線を走らせ、意識を集中する。

 すると間もなく、数十個の石が周囲に浮かび上がる。


「手加減はなしで行かせてもらう」


 そう呟くと、ミツキは正面十数メートル程の位置に立つトリヴィア目掛けて石礫(せきれき)を放った。

 自分に向かって飛来する無数の石礫に対し、トリヴィアは人の身の丈程の鉈刀を地面に突き立てると、徒手で構えを取る。

 そして、飛来した最初の石礫目掛けて拳を振るう。

 風の魔力で表面を覆われた拳は、石を文字通り粉砕し、周囲に白い煙が舞った。

 さらに、トリヴィアは飛来する石礫を次々と撃ち落としていく。


「おいおい、嘘だろ?」


 砦の壁上で戦った巨人にも通じた攻撃が難なく防がれている状況に、ミツキは顔を引き攣らせる。


「じゃあ、これならどうだよ」


 真っ直ぐに放った石礫の軌道を曲げ、トリヴィアの周囲を周回させる。

 ミツキが腕を交差させると、十を超える石礫が、一斉にトリヴィアへ襲い掛かる。

 しかし、トリヴィアはまったく慌てることなく踏み出すと、正面の数個のみを撃ち落とし、ミツキに向かって突進を開始した。


「ちょ、まっ!」


 咄嗟に、石礫を放つが、難なく撃ち落とされ、あっという間に間合いを詰められた。

 腰の剣に手を伸ばしたミツキは、トリヴィアの掌底に鳩尾を撃ち抜かれ、数メートル程吹っ飛ぶと、悶絶して地面を転げ回った。


「どうしたミツキ? 強敵に勝ったからといって慢心しているんじゃないか?」


 ぐうの音も出なかった。

 トリヴィアに深手を負わせた甲冑の巨人を仕留めたことで、心のどこかでトリヴィアを超えたとまでは言わないまでも、並んだぐらいの気持ちにはなっていた。

 しかし、よくよく考えてみれば、あの巨人を倒せたのは相性によるところが大きい。

 奴は、防御はしても、回避には極端なほど無頓着だった。

 あの異常に分厚い鎧のせいで機敏な動きができなかったというのも大きいのだろうが、奴のタフネスならば多少の攻撃など避けるに値しないというのも理由だと思われた。

 実際、鉄球も石礫も、数発命中したところでかすり傷程度のダメージしか与えられていなかった。

 しかし、ミツキは手数で押し切った。

 あえてゲームで例えるなら、HPが9999の敵に対し、ダメージ1の攻撃を9999回ヒットさせたようなものだ。

 遠距離からそれなりの威力とスピードの攻撃を大量に当てられるというミツキの〝飛粒(ひりゅう)〟が見事なまでにハマったと言えた。

 一方、トリヴィアを相手取った場合は、細かく素早い攻撃に徒手で対応するという柔軟性があるうえ、甲冑の巨人が持ち合わせていなかった機動力で一気に間合いを詰められる。

 つまり、〝飛粒〟との相性が極端に悪い。


 これが訓練で良かったと、ミツキは心底思った。

 アタラティアの戦場で通じたからといって、相手と状況次第では力を発揮できないということもあり得るのだ。

 そのことに気付かず次の戦場に送られれば、遅かれ早かれ命を落とすことになっただろう。


「まあ、そう落ち込むこともない。実際、その〝飛粒〟とやらは、かなり汎用性の高い能力だ。普通に弾を飛ばすだけでも、いろんな状況に対応できるはずだし、戦況に応じて工夫を利かせることもできるだろう。さっきだったら、君自身が私の相手をしつつ、多方向から同時かつ断続的に石を撃ち込まれていたら、私も苦戦していたはずだ」


 そう言ってトリヴィアから差し述べられた手を握り、ミツキは立ち上がる。


「動きながらだと集中できないから、個数も精度も威力も、格段に下がるんだよ、〝飛粒〟は」

「そこは訓練を重ねて上達するしかあるまい」


 確かに、その通りだとミツキは思う。

 開拓村で脱走兵を鏖殺(おうさつ)したあたりから、急にコツを掴めたような気がしていたが、威力や速度は上がっても操作性が向上したわけではなかった。

 というか、むしろ出力が上がったために、かえって細かな動きが難しくなったような気さえしている。


「というわけでもう一本だな!」

「お、おう」


 いい笑顔で鉈刀を引き抜くトリヴィアに怯みつつ、今度は近接戦を挑むため、ミツキは腰の剣を抜いて構えた。




「……死ぬかと思った」

「何を言う。こうしてぴんぴんしてるじゃないか」

「ああ、確かに傷ひとつない。妙な方向に曲がった手足も、魔法で治してもらったからな」

「だろう? ミツキがどんな傷を負っても私が治してやる! だから死ぬ心配など要らないさ」


 頼もしい発言ではあるが、先程、鉈刀の峰で吹っ飛ばし、ミツキの全身の骨を砕いたのは、かく言うトリヴィア自身だ。

 相変わらず馬鹿げた効力の治癒魔法だが、いくら何の問題もなく治せるからといって、訓練で死ぬ直前まで痛めつけるのはいい加減止めてもらいたいとミツキは切実に思う。

 とはいえ、この大女との命懸けの特訓があればこそ、アタラティアでの修羅場を乗り切れたのだと思えば、辛いから稽古を止めたいなどとは言えないのも事実だ。

 要はトリヴィアが手加減を覚えてくれれば問題は解決するのだが、それが期待できない程に雑な性質だということは、これまで寝食を共にしてきたミツキにはよくわかっていた。


「どうかしたのかミツキ?」


 横目で見つめられているのに気付いたトリヴィアが、疑問の声をあげた。


「ああ、いや、そう言えば、腹の傷はもう大丈夫なのか?」

「それなら、もうとっくに完治しているよ。さっきの稽古だって、何ら動きに問題はなかっただろう?」

「それは、まあそうなんだけど、ちょっと痕が残っているだろ?」

「ああ、これか」


 トリヴィアは脇腹の傷と、その周囲の変色した皮膚を撫でる。

 甲冑の巨人の槍を受け、腹に空いた大穴を塞いだうえ、オメガの炎で焼灼(しょうしゃく)した痕は、今も痛々しく彼女の体に刻まれている。


「あえて残したんだ。あの時の屈辱を忘れないために。と言っても、自然治癒と代謝で、あと一、二ヶ月もすれば完全に消えてしまうだろうけどね」


 そう言うトリヴィアの表情は、遠い過去に思いを馳せているように見えた。

 しかし、実際には、砦の戦いからひと月と経過していない。

 だが、あまりにいろいろな出来事を経験したためか、ミツキもずいぶん昔の出来事のように感じていた。




 ミツキらの活躍で砦を奪還した後、一行はアタラティアの首都ローミネスに招かれ、街の人々から凱旋(がいせん)する英雄に向けられる喝采(かっさい)を浴び、この世界で見たこともないようなご馳走を振る舞われ、滞在中の晩はミツキの寝所に忍んでやって来る美女が引きも切らず、惜しまれながらもティファニアに帰還する際には大量の報奨金まで受け取った、などということは全くなかった。

 実際は、トリヴィアが回復するまでの三日ほど本陣に滞在した後、戦後の処理も完了せぬまま、ミツキらは第三街道を馬車で引き返し、本土側の陣に戻った。

 そしてそこで一泊だけ休むと、再びあの乗り心地の悪い元囚人護送車に詰め込まれ、まるで逃げるように元来た道を引き返しティファニアへ戻ったのだった。


 早朝、兵士たちには伝えず、本陣を発つ際に向けられた副王の笑みをミツキは忘れない。

 感謝の言葉を口にし別れを惜しんでいたが、本音は厄介者が去ってくれるのを心底喜んでいたはずだ。

 たとえ恩人だろうと、実質たった四人でブシュロネアを退けたような化け物が、自分の軍に長居するのは気分の良いものではなかっただろう。

 それでも、ディセルバ准将をはじめ、数名の幕僚や士官が、勲章の授与を訴えてくれたのには、救われた気持だった。

 ミツキらは公式の応援ではないため、勲章は受け取れないとレミリスに一蹴されたものの、まともに感謝されているのがわかっただけでもミツキには十分だった。


 結局、開拓村には顔を出せなかった。

 リーズやレーナ、子どもたちに別れを述べ、ペルの墓に花を供えることもできなかったのは、ミツキにとって最大の心残りだ。




 村のことを思い出し、ミツキは無意識に腰の短刀を触っていることに気付いた。

 この短刀にしても、自分が持っていて良いのだろうかと思うことがある。

 自分にもっと力と覚悟があれば、この短刀の持ち主が死ぬことはなかったのだ。


「あるいは、戒めのためにこそ、オレが持っているべきだということか」

「ん?何か言ったかミツキ」

「いや、何でもないよ……なあ、トリヴィア」

「どうした?」

「オレはもう、自分の無力のために、誰かを死なせるなんてのはごめんだ。だから、これからも修行に付き合ってくれると、その、助かる」


 ミツキの言葉を聞いたトリヴィアは、一瞬、驚いたように目を見開くと、ムフムフと妙な笑いを漏らしながらミツキの背をバンバン叩いた。


「それでこそミツキだ!」

「いや、なにがそれでこそなんだよ。つか痛いよ」


 日が真上に登ろうかという森の中、木漏れ日に照らされながら、ふたりは側壁塔に向かって歩いていく。

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