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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第三章

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第三十一節 『挺身』

 金音とともに、甲冑の巨人の身が斜めに(かし)いだ。

 その胴鎧には、真っ赤に焼けた傷が四本走っている。

 さらに二発、三発と、オメガは攻撃を加えていく。

 ほとんど目にもとまらぬ素早さだったが、その動きの軌跡だけはミツキにもはっきりとわかった。

 オメガが移動した後の地面に、炎の(わだち)が生まれていたからだ。

 まるで古いハリウッド映画に登場するガルウィングのタイムマシンによって付けられたタイヤ痕のようだ。


「こんなに強かったのか、あいつ」


 オメガが規格外だということはわかっていたつもりだが、それは熱波の魔法の印象が強烈だったからだ。

 普通に戦っても、これほど圧倒的だとは思ってもいなかった。

 側壁塔で出会ったその日、ミツキが不在の間にトリヴィアから負かされていたため少し侮っていたが、やはりこいつもサクヤやトリヴィアと比肩する化け物なのだとミツキは実感した。


 ミツキが思考する間にも、甲冑の巨人は嬲られ続けていたが、大きく腰を落とすと、自分の周囲を薙ぎ払うように、戦斧を大振りした。

 当然、オメガは跳躍してこれを躱し、膝を抱えるような体勢で回転しつつ、ミツキの傍らへ着地した。


「すごいじゃないかよ、おい! さっきまで何を怖気づいてたんだ!?」


 気勢を上げるミツキに対し、オメガの表情は、犬ゆえにミツキにはわかり難かったが、明らかに曇っていた。


「野郎……オレの〝炎爪(えんそう)〟が通らねえ」

「え? でも鎧は傷付いてただろ?」

「表面を引っ掻いただけだ。見ろ」


 そう言われて巨人の甲冑をあらためて観察すると、熱が冷め赤みの消えた傷は存外浅いように見えた。

 少なくとも、内側まで貫いている箇所は見当たらない。


「兵士共の鎧はグニャグニャと簡単に溶け落ちたが、ありゃものが違う。それに、熱もあんまし効いちゃいねえらしい」

「そうなのか?」

「中身が火傷でダメージを受けてるなら、あんなに平静じゃいられねえはずだ。最初に腕を掴んだ時みてえに、一瞬じゃなくしばらく触れられさえすれば、熱で鎧を溶かすこともできるたぁ思うんだが、一瞬撫でたぐれえじゃ何度やっても奴は倒せねえ」


 オメガの話を聴き、熱というよりは魔法への耐性が強いのではないかとミツキは予想した。

 巨人は極端なまでに堅固な甲冑を装備しているが、対魔法用の鎧布を身に着けていない。

 鉄で魔法を防げないというのは、ミツキ自身が身をもって体験している。

 即ち、この甲冑の巨人は、鎧越しに魔法を受けても、さしてダメージを受けないと判断できるのではないか。

 しかし、それは裏を返せば、鎧の内側の肉体に対しては、武器による物理攻撃が有効であるとも考えられた。

 であれば、おそらく〝飛粒〟も通じるだろう。

 時間を掛ければ熱で溶かせるというのなら、そこに鉄球を撃ちこめば効果は見込めるはずだ。


「かと言って、奴の間合いの内で足を止めるのは、自殺に等しいな。そういや、闘技場で使った熱波の魔法は使えないのか? あれなら、間合いの外から長時間加熱できるだろ」

「あぁん? 使っていいなら使うが、テメエも消し炭だぞ?」

「あ、ああ、それもそうか。ごめん今のなし」

「ケッ!」


 話している間にも、甲冑の巨人はこちらに向かって歩き出していた。

 のんびり相談などしている暇はない。


「しかたねえ……無茶でも奴の懐に入って最大火力で鎧を溶かす。密着するほど近付けば、間合い的に戦斧での攻撃はできねえだろうからな。あとはまあ、オレが甲冑もろとも奴を焼き殺すのが先か、奴が腕力でオレを排除するのが先かって話だ」


 どう考えても無謀な提案だった。

 オメガの体格はミツキと大差ない。

 首でもつかまれれば、一瞬でへし折られるだろう。

 相打ち狙いなら多少のダメージは与えられるかもしれないが、どのみちオメガは犠牲になる。


「……いや、オレに考えがある。おまえは引き続き先程と同じ攻撃を繰り返してくれ。ただし、今度こそオレも攻撃に加わるから、奴の反撃を察知したらすかさず距離を取ってくれ」

「持久戦か? だとしたら、あれを削るのは骨が折れると言っとくぞ」

「考えがあるって言っただろ。ただ詳しく説明している暇はない。行ってくれ」

「チッ! わーったよ!」


 熱風を伴いオメガが姿を消すと、甲冑の巨人の体を再び熱と衝撃が襲った。

 しかし、今度は巨人の反応も素早かった。

 炎の爪による攻撃を二度ほど食らうと、すぐに先程のように周囲を薙ぎ払う。

 さらに、オメガが飛び退くと、追撃のためすぐに走り出した。

 もう慣れてきているなと忌々しく思いながら、ミツキはよく狙いを付けて鉄球を放った。

 甲冑を震わすような鉄の連射を受け、巨人はたたらを踏む。

 さすがに、走っている最中に受ければ、バランスを崩す程度の効果はあるらしい。

 体勢を整えた甲冑の巨人の背後に回り込んだオメガは、再び炎の爪を浴びせる。

 振り向き様に薙ぎ払われた斧をオメガが躱すと、再びミツキの鉄球が巨人を襲う。

 巨人の対応は早くなっているが、これならいけそうだとミツキは内心安堵していた。

 自分ひとりでは勝ち目はなかっただろうが、オメガとふたりで攻め続けることができれば、己の目論見は達成できるはずだ。

 そんな計算に頬さえ緩ませかけていたミツキは、甲冑の巨人の行動に表情を強張らせた。


 足を止めた巨人は、両手を二の腕へ伸ばし、甲冑の金具をいじり出した。

 まさか、と思う間もなく、両肩に設置された巨大な盾が派手な音を立てて地面に転がった。

 サーフボード程の大きさのこの盾は、転がったものを観察するに、厚みが一センチはありそうだとミツキは判断した。

 全方位から自在に球を飛ばすミツキと、圧倒的な速さのオメガに対しては無意味だったが、まともな白兵戦であれば大抵の攻撃は防いだだろうし、突撃(チャージ)にも活用できただろう。

 それを切り離したということは、当然、身軽さは向上するはずだ。


「それがどうした!」


 背後から襲い掛かったオメガの一撃は、斧の柄で難なく受け止められていた。


「なんだ――ぐっ!」


 甲冑の巨人が斧を一振りすると、オメガの体は遠方まで吹き飛ばされた。


「オメ、って!?」


 甲冑の巨人がオメガを追撃するものと判断したミツキは、敵が予想に反し己へ向き直ったことに動揺する。


「お、オレ狙いかよ!」


 自分めがけて走り出した巨体に向け鉄球を放つが、元より通じないうえ、盾を捨てたために速度は飛躍的に増している


「ちょ! ちょっ!! やっばい!!!」


 巨人が戦斧の間合いに踏み込むと同時に放った下からすくい上げるような一撃に対し、ミツキは咄嗟に抜剣して上段から振り下ろす。

 しかし、剣身は枯れ枝のように半ばから砕け、ミツキはその破片を浴びながら衝撃で後方へ吹き飛ばされた。


「くっそ……が!」


 辛うじて受け身をとると、すぐさま立ち上がろうと身を起こしかけたミツキは、さらに踏み込んで来た巨人の戦斧が己の頭蓋目掛けて振り下ろされようとしているのを視界に捉えた。

 瞬間、自分を取り巻く周囲の動きがスローモーションに感じられ、ミツキは魔獣との戦い以来の感覚に、場違いにも懐かしさを覚えた。

 視線を微かに下げると、走り寄るオメガの姿が見えたが、いかな俊足だろうと、とても間に合う距離ではなかった。

 再び戦斧に視線を向ければ、その分厚い刃は確実に己へ迫っていた。

 ここまでか、とミツキは苦々しく思う。

 せめてこの化け物だけは倒しておきたかった。

 そう考え、何のために、と自問する。

 その答えを思いつく前に、ミツキは振り下ろされたはずの戦斧が、甲冑の巨人の方へと引かれていることに気付いた。

 何だ、と疑問に感じる間もなく、右手から巨大な影が迫り、衝突した戦斧の柄ごと甲冑の巨人の体を後方へと押し戻していた。

 衝撃で十数メートルも後退した甲冑の巨人を確認してから、ミツキは慌てて自分の右手に立つ巨大な影に視線を向けた。


「トリ、ヴィア?」

「すまない遅くなった。大丈夫……ではないな。傷を負っているじゃないか」

「いやいや、大丈夫じゃないのはおまえの方だろ! 槍で貫かれていた傷はどうした!」

「治癒魔法で塞いだよ」


 ミツキは差し出されたトリヴィアの手に引き起こされると、その体をまじまじと見渡した。

 たしかに、腹には大きな痕ができてはいるが、傷は塞がっている。


「信じられない……だって、内臓がこぼれていただろ」

「そう……それを腹へ押し込むのに手間取ってね。少々時間を食ってしまった」

「押し込むって……そんな」


 そこでミツキはトリヴィアの顔色が普段よりも大分暗い灰色なのに気付いた。

 体も、先程甲冑の巨人を退けた鉈刀を杖のように地面について支えている。

 余程無茶をしたのだろう。

 彼女が磔にされていた壁際を窺えば、青黒い血溜まりが大きく広がっている。

 人間の基準であれば、失血死していてもおかしくはないはずだった。


「なんだテメエ、生きてやがったのか」


 ようやく駆け付けたオメガは、開口一番憎まれ口を叩いた。


「……おい、犬。頼みがある」

「ああ!? 誰が犬だコラぁ!」

「私の腹の傷は魔法で塞いだが、縫い合わせたわけではないので、激しく動くと開いてしまう。だから、おまえの炎で焼いてくれないか?」

「はあ!?」


 ミツキは耳を疑った。

 言っている理屈はわかる。

 焼灼(しょうしゃく)止血法(しけつほう)というやつだろう。

 しかし、大出血して内臓まで飛び出ていた傷を焼いて塞ぐなど、ショック死してもおかしくないのではないか。


「正気かよ? ただでさえ顔色が悪いってのに、取り返しのつかねえことになっても知らねえぞ?」

「そうだ。いくら治癒魔法を使ったからって、失ったものまで戻せるわけじゃないってのは、オレ自身が身をもってわかってる。無理しないで休んでいろ」

「いや、槍を引き抜きながらふたりの戦いを観察していたが、あの鎧がある限りどうしようもないだろう。しかし、私の膂力(りょりょく)とこの鉈刀なら、奴と打ち合うこともできるし、鎧も傷付けられるかもしれない。それに、なにより不意打ちなど食らい、早々に戦いから脱落した己自身が許せない。だから、どうか挽回の機会をくれないか?」


 歯を食い締めたその表情には、強い屈辱の感情が滲んでいるようにミツキには感じられた。

 油断して致命的な傷を負ったことを恥じているのだろう。

 おそらく、オメガの処置を受けず、内臓をぶちまけることになろうとも、彼女は戦おうとするはずだ。

 ミツキは口を噤み、オメガは上に向けた掌に炎を灯した。


「歯は食い縛っとけ、ってもうやってんのか。面倒だから気絶すんじゃねえぞ」

「ああ」


 オメガが傷口に手を当てた瞬間、、熱した鉄板に肉を置いたような音がミツキの耳に届いた。

 トリヴィアはうめき声ひとつ上げなかったが、食い縛った歯がギチギチと軋みを立てた。

 数秒でオメガが手を放すと、トリヴィアの灰色の肌に白い手形がくっきりと刻まれていた。


「……恩に着る」


 そう言って、トリヴィアは鉈刀を正眼に構えた。


「聞いてくれトリヴィア。さっきまでの戦いは考え無しに攻撃していたわけじゃあない。オメガの熱で奴の鎧の鉄を()()()、オレの鉄球をリベットにぶつけて破壊した。おそらく、でかいのを一発当てるだけで、奴の鎧を破壊できるはずだ」

「さすがミツキ……一発でいいのなら、お安いごようだ」


 様子を窺っていた甲冑の巨人が戦斧を構えると同時に、トリヴィアは突進のために大きく踏み込んだ。

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