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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第三章

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第二十八節 『屍兵』

 明らかに常軌を逸した様子の仲間から襲い掛かられたブシュロネア兵たちは、状況も理解できぬまま逃げまどい、あるいは応戦しようとするも剣や槍が通じず、かつての仲間たちに圧し掛かられ身動きもとれぬうちに体を食い荒らされた。

 そんな阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄の中、ミツキは数人の兵士たちに囲まれ槍を突き付けられていた。

 そりゃそうだと思う。

 自分の攻撃が引き金になったのだから、己が指揮官だと判断するのは当然だろう。

 実際に屍兵(かばねへい)共を操っているサクヤは、遠く離れたアタラティア本陣に控え、制圧を知らせる狼煙(のろし)が上がるのを待っている。


「貴様があいつらを操っているのか!? 魔法か!? それならば今すぐに解け!」

「おい! もういいから殺しちまおうぜ! あいつらどう見たって普通じゃねえ! ぐずぐずしてるとオレたちもヤベえ!」

「しかし、もし本当にこいつが操っているとして、殺して魔法が解除されなかったら取り返しのつかないことになるぞ!」


 どうやら兵士たちは、ミツキが魔法で仲間を操っている可能性を疑い、槍を突き立てることができないようだった。

 もしこれが自分の世界だったらどう考えていただろうと、ミツキは想像する。

 おそらく、変な薬か、さもなければ集団ヒステリーとでも思っただろうか。

 やはり、この世界の人間とは思考回路が大分違うと実感せずにはいられない。


「まあいずれにせよ、その躊躇(ちゅうちょ)は命取りだ」


 次の瞬間、ミツキの右手側の兵士たちは下半身を残して粉微塵(こなみじん)に吹き飛び、左手側の兵士たちは身を引き裂かれながら燃え上がった。


「えげつないな、ふたりとも」


 馬車の荷台に身を隠していたトリヴィアとオメガの攻撃を目の当たりにして、ミツキの口元に引き攣った笑みが浮かぶ。

 ふたりの強さは知っていたものの、よくよく考えれば戦場で共闘するのは初めてだ。


「怪我はないかミツキ!?」

「おい! いきなり油断してるんじゃねえぞ!」

「大丈夫だ、すまない。ふたりとも早速だが、司令官を探して身柄を確保してくれ。生け捕りが望ましいが無理っぽかったら死体でも構わない」


 屍兵に理性などない以上、たとえブシュロネア兵が降伏しても殺す以外の対応は望めない。

 であれば、司令官を捕まえて降伏を宣言させたうえで、サクヤに合図を送り屍兵を停止させ戦闘を終結するのが最も効率的だ。


「わかった、と言いたいところ、だが!」


 オメガは飛来した矢を炎を帯びた手で払い落した。


「城壁の上の兵士たちに気付かれたみてえだな。この混乱じゃあそこまで登るのは少し時間が掛かりそうだ」

「よし、私が道を切り開くからふたりは後から付いてきてくれ」

「いや、待った」


 トリヴィアを制止しつつ、ミツキはポーチに手を差し入れる。


「この距離なら射程内だ。先にオレが城壁の上の弓兵を一掃する」


 怪訝そうな表情のふたりの前に出たミツキは、掌の上の物体に力を注ぐ。

 鉄球が浮き上がると同時に、耳をつんざくような異音が周囲に響き渡った。


「ぐっ!」

「がっ! なん、だ!」


 背後のふたりは鉄球から発せられる不快な音を耳にして顔を歪めた。

 人より五感が鋭い分、この音にかなりの苦痛を感じているようだった。

 特にトリヴィアは、顔色を変え、今にも膝を付きそうだ。

 また、ミツキ自身も鉄球の音に驚いていた。

 先日、神通が覚醒した状態で〝飛粒(ひりゅう)〟を行使した時は、怒りに我を忘れていたため音に気付いていなかったのだ。


「なんだ、これ?」

「おい、ミツキ! てめえ、何の真似だ!」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」


 慌てて鉄球に意識を集中すると、すぐに原因が判明する。

 鉄球は高速回転しつつ超振動していた。

 ミツキは無意識のうちに、殺傷力が高くなるよう鉄球に動きを加えていたのだ。

 しかも、鉄球に掛かる力が強すぎて、軋みを上げている。


「……ってことは、力を弱めてやれば」


 腕の力を抜くようなイメージを送ると、鉄球の軋みが止み、回転と振動も安定して、異音は収まった。


「う……音が、止んだ」

「くそっ、なんだったんだ」

「ふたりとも悪かった! もう大丈夫だ。城壁の上の敵もすぐに片付ける」


 浮いていた無数の鉄球が、ブンッという羽虫のような音を立て掌の上から消えた。

 一瞬の間を置き、壁上で矢を番えていたブシュロネア兵たちが薙ぎ払われた。


「あれは……鉄の球が、敵を貫いたのか?」


 トリヴィアの漏らした驚きの声を聞いて、ミツキも驚かされた。

 まさか、鉄球が見えたというのか。

 なんという動体視力だ。


「おおい! 上ばっかじゃなく、下も来てんぞ!」


 オメガの声に視線を下げれば、右方向から数人のブシュロネア兵が、左方向から屍兵が迫っていた。


「敵の兵士はともかく、あの死体は見境なしかよ!」

「問題ない。すぐに対処する」


 そう言ってミツキが腕を振ると、先程放った鉄球が、まずはブシュロネア兵らを蜂の巣にした。

 次いで、屍兵らを纏わりつかせるような軌道の鉄球に襲わせ、体をバラバラになるまで砕く。

 手元に戻った鉄球をキャッチし貫頭衣の内ポケットに突っ込むと、オメガとトリヴィアが戸惑ったような声を上げた。


「お、おお。なんだ今のぁ」

「キミがやったのか、ミツキ」

「ああ。初めて見せるが、これがオレの魔法、みたいなもんだ」

「そうか……すごいな。でも初めてではないだろう。確かこちらに来てすぐ、キミに斬り掛かって来た将軍だかの剣を砕いたのもこの力だった」

「気付いてたのか」

「でも、あの時はこんな凄まじい威力だとは思いもよらなかったよ。やっぱり、キミは素晴らしい。私が最初に見込んだ通りだ」


 ミツキを見つめながら称賛するトリヴィアだったが、最初に彼女と出会った時はこんな力を使うための素養すらなかった。

 そう言えば、あの時から己のことを勘違いして過大評価していたなと思い出し、ミツキは苦笑する。


「和んでる場合じゃねえぞ! ここにゃ遮蔽物(しゃへいぶつ)もねえのにこの人口密度だ。一気に押し寄せて来られたらさすがにちょっとキチいだろ。テメエらがいるんじゃ周りごと燃やすわけにもいかねえしな!」

「そうだな。ふたりは壁上に登り壁の階段を破壊したうえで左右に分かれ城壁の兵士たちを一掃しつつ司令官を探してくれ。オレは主塔の下から上までを順に探してみる。捜索が済んだら正門から見て右手側の壁上広場で落ち合おう」

「わかった!」


 ふたりが壁上に延びる階段目掛けて跳躍するのを確認すると、ミツキは反対方向へ駆け出した。

 目の前に聳える主塔は、日本の城で言うところの本丸の役割を果たす巨大な建造物で、一部が城壁と一体化している。

 その木製の正面扉は固く閉ざされ、屍兵が群がっていた。


「どっかに、別の入り口は……」


 視線を巡らせると、巨大な正面扉の横に、人ひとりが出入りできる程度の大きさのドアが設置されているのを発見した。

 ティファニアの側壁塔も同じような構造になっているので、ほとんど一瞬で発見することができた。

 ミツキは扉に至るまでのルートを薙ぎ払いつつ、木製の扉にも鉄球を撃ち込んだが、数センチ程度の穴が無数に空いただけだった。


「落ち着け。扉を破るんならまずは――」


 鉄球を蝶番(ちょうつがい)の留め具に命中させ鍵を破壊する。

 転がった死体を踏み台にして跳躍し、跳び蹴りで扉を蹴破った。

 建物内に転がり込みすぐに体を起こし周囲の状況を確認すると、まず蹴破った扉の下敷きになった数名の兵士に気付く。

 どうやら絶命しているのは、最初に撃ち込んだ鉄球が貫通したため、ミツキ自身気付かぬ間に倒していたためらしかった。

 次いで右手に視線を向けると、樽や木の箱を積み上げ塞いだ正面扉を押さえ、またその背後でバリケードを築き武器を構えたブシュロネア兵たちと目が合った。

 突然、横の扉を破って飛び込んできたミツキに、兵士たちは唖然としていたが、すぐに開いた入り口から侵入して来た屍兵に気付き狂乱した。


「うわああぁぁぁあ! 奴らだあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「お、落ち着けぇ! 遮蔽物を盾にして迎え撃つんだ!」

「馬鹿野郎! あれは斬っても突いても死なねえんだって! 応戦するだけ無駄だ!」

「魔法! 魔法だ! 早く唱えろ! おまえ炎熱魔法得意だっただろ!」

「む、無理だぁぁ! 呪文なんて間に合わないってぇ!」

「畜生、来る来る! いやだ、死にたくないぃぃぃ!」


 一部の兵士たちは完全にパニックに陥っていた。

 中には、こんな状況でも冷静に対処しようと試みる者もあったが、我先にと逃げまどう仲間に突き飛ばされたりして、混乱が収まる様子はない。

 ミツキは進路上の兵士を〝飛粒〟で制圧しつつ、地下への階段を目指した。

 狭い地下に屍兵がなだれ込めば、敵司令官の捜索など不可能になる。

 だから、先に地下から探そうと判断したのだ。

 走りながら、頭の中に本陣で見せられた砦の見取図を思い描く。


 この主塔は、巨大な二本の塔を合体させたような構造となっており、例えるなら新宿都庁ビルの第一本庁舎と見た目が似ている。

 正門を含めた城壁と中央広場も都議会議事堂を彷彿とさせるが、同じような広場と門は塔の反対側にもあるはずであり、また塔の左右と繋がった城壁は、縮尺やこの世界の距離の単位がわからないので正確なところこそわからないが、片側だけでも数十キロメートルに及ぶようだった。

 主塔の昇り降りは左右の塔の階段を用いる必要があり、この階段は地下にも伸びている。

 地下には牢獄や貯蔵庫などがあるはずだが、大まかな構造としては左右の塔から掘り下げられた階段から伸びる通路が繋がっている。


 まずは片側の塔の階段から地下へ降り、反対側の塔の階段までを捜索する。

 地下で敵の指令官を見つけられなかったらそのまま塔を駆け上がり、左右の塔の階段を行き来しながら全フロアをしらみつぶしに探す。

 そう考える間にも、廊下の奥に階段が見えてきた。

 地下へ続く階段の前は、なぜか槍を携えた数名の兵士が固めている。


「何者だ! 止まれ!」


 走って近づいて来るミツキに気付いた兵士のひとりが叫ぶと、他の兵士たちも槍を構えて立ち塞がった。


「邪魔だ」


 鉄球を放ち難なく兵士たちを一掃する。

 血だまりに沈んだ兵士たちを一瞥してから地下への階段を下り始めた。

 入り口に複数の兵士を立たせていたということは、それなりの地位にある人物が地下に降りている可能性は高そうだ。

 これは自分が当たりを引いたかと思いながら地下に辿り着いたミツキは、異変に気付いておもわず顔を顰めた。

 前方に延びる薄暗い空間からは、この世界に来てから嗅ぎ慣れた匂いが漂ってくる。

 血の匂いだ。


「なぜだ? 時間的にまだ地下へ屍兵は侵入していないはずだ」


 不吉な予感に一瞬躊躇を覚えるが、意を決して廊下を進む。

 幸い、壁に設置された照明が廊下を照らしているため、視界は良好だ。

 ただし、ひんやりとした空気と足音の反響が少し薄気味悪く、ますます強まる血の匂いも手伝って、あまり長居はしたくなかった。


「……なんだ?」


 地下道をしばらく進むと、床に何かが転がっているのに気付いてミツキは足を止めた。

 丁度、照明と照明の間に落ちていたため遠目には何かわからないが、立ち込める臭気から想像はついた。


「やっぱり」


 近寄ってみると、人間の生首だった。

 それも、刃物などで斬り落とされたものではなさそうだ。

 割れた頭蓋からは脳漿がこぼれ、眼球は破裂し、下顎が欠損して舌が地面に垂れている。

 おそらく強い衝撃を受け吹き飛ばされ、ここまで転がって来たのだろう。

 実際、首と一緒に飛び散ったと思われる血痕が、通路の奥から続いている。

 血痕を辿る様に奥へ歩き出すと、程なくして上半身がミンチのようになった死体と、ミツキから見て通路右手に鉄製の扉が現れた。

 遺体から飛び散ったものとは別の血痕が通路の奥へと続いていたが、ミツキはまず扉の中から確認することに決めた。


「うっ!」


 鉄扉の中は、いっそう強烈な死臭に満ちていた。

 入り口から数歩ほど歩くと通路は左右に折れ、その壁面には鉄の檻が取り付けられている。


「牢獄か」


 生き物の気配はない。

 ただし、通路右手は檻以外に何も確認できないが、左側の通路は無惨な有様だった。

 複数の兵士の死骸が散乱し、血痕は床ばかりか天井にまで飛び散っている。

 暖色の照明によって照らし出された骨や内臓は、さながら趣味の悪いオブジェのようであり、ミツキは現代アートのインスタレーションに足を踏み入れた様な錯覚を覚えた。


 血だまりを避けるように通路の奥へ進むと、突き当りの右側にひときわ頑丈そうな檻があるのに気付く。

 ただし、扉は壊され床に転がり、周囲に転がる兵士の遺体も多い。

 牢屋の中を覗き込むと、中には照明が設置されておらず薄暗かったが、床に魔法陣のようなものが描かれているのがわかった。

 それ以外に目立ったものといえば、床に太い鎖が散乱しているぐらいだ。

 続いて、牢屋の外に散乱する遺体に目を向ける。

 どの兵士も、体の一部が大きく抉れ、喪失した部分は床や壁にへばり付いている。


「ん? こいつは」


 ミツキは比較的損壊の少ない死体のひとつに目を止めた。

 腹部に何らかの衝撃を受けたのだろう、右の脇腹が大きく抉れ腸がこぼれているうえ、壁面に全身を強く打ち付け絶命している。

 その鎧は、他の兵士と比較してかなり手の込んだ意匠に見える。

 ミツキは砦に入る前、城壁の上に立つ豪奢な鎧を纏った初老程の騎士を見留ており、それが司令官ではないかと考えていたが、この男はその司令官らしき人物の隣に立っていた壮年の兵士に似ていると感じた。

 再び背後の牢屋を見てから男の遺体に目を戻し、おそらく、扉から出てきた何者かに攻撃を受け吹き飛ばされたのだろうと推測する。

 そして、牢屋から出た何者かは、他の兵士たちを惨殺し、逃げようとして通路に出た兵士の首を刎ね飛ばしたのだろう。


「通路の奥へ続いていた血痕は、生き残りの兵士が逃げた跡か、あるいはここで兵士を皆殺しにした何者かが血を滴らせながら進んだのか」


 いずれにせよ、ミツキと鉢合わせなかった以上は、通路を逆方向へ進んだのだろう。

 それにしても、これ程一方的に複数の兵士を殺すとは、いったい何者だろうか。


「魔獣か?」


 十分あり得るだろう。

 檻に入れていた魔獣を出そうとして、制御できずに殺されたと見るのが妥当なところではないか。


「このタイミングでこんな事故が起こったってことは……もしかして、こちらの企みにいち早く気付いた奴がいたのか?」


 屍兵まで予想できていたとは思えないが、罠の可能性を考慮して対抗手段に飼い慣らした魔獣でも(けしかけ)けようとしたのか。

 しかし、魔獣は暴走し、結果このような惨状となったのかもしれない。


「鋭いのか抜けているのかわからないな」


 気になるのは、この死体の男が、自分が司令官ではないかと目を付けた騎士と連れ立っていた可能性があるということだ。

 だとすれば、この場に(くだん)の騎士が居合わせていたとしてもおかしくはない。

 そして、遺体が見当たらないということは、逃れた可能性が高いだろう。


「血痕を追跡してみるか」


 ミツキは通路に引き返すと、再び地下通路を直進し血痕を追跡した。

 途中、やはり派手に欠損した遺体を何度か目にしたが、恰好から一兵卒と判断することができた。

 しばらく進み、自分が降りてきたのとは反対側の階段に辿り着く。

 足早に上ると、一階は予想していた程騒然とはしていなかった。

 廊下左手を窺えば、遠くに兵士たちが集まっているのが見える。

 その奥にはバリケードが築かれているようだ。

 ミツキはポーチに手を伸ばしかけるが、遠方に見える兵士たちを殺しても意味などないことに気付き、先を急ぐことにした。

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