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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第三章

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第八節 『飛粒』

「道が無くなっている……」


 先程のやりとりから半日ほど走り続け日が傾き始めた頃、ミツキたちが走る街道は徐々に草木に侵食され始め、遂には完全に途切れた。


「どういうことだ? ここは街道だろ?」

「四街道の中でも、第一街道はほとんど廃道になっているからね。結界は生きてるから魔獣は入って来ないけど、草木に侵食されて、もうほとんど道の体を成していないんだ。ここから先は馬で行くのは難しいし、今夜はここで野営して、明日からは徒歩で目的地に向かおう」


 馬から降りたリーズは、薪にするための枯れ枝を拾い始める。

 ここに至るまでの八日間、街道口のアタラティア陣地で一泊したのを除けば、ふたりきりでの野営続きだった。

 ウィスタントンは何を考えて年頃の娘を己の案内人に指名したのかとミツキは訝しく思う。

 よもや、女をあてがい懐柔するつもりではなかろうなと邪推したくもなった。

 リーズ自身にそんな素振りはないが、かまわずお好きなようにと下卑た笑みを浮かべるタヌキオヤジを想像し顔を歪めた。

 喰えない男だが、そんな下衆だとは思いたくない。


「ボーっとしてないで手伝ってくんない?」

「あ、ああ」


 さすがに慣れてきたこともあり、野営の準備は短時間で終えることができた。



「それにしても、なんか昔の偉い人が造った道なんだろ? いいのかよ、廃道になんかしちゃって」


 焚き火を挟んで干し肉を齧っているリーズに問うてみた。

 ミツキ自身も支給された野戦糧食を口に運ぶが、味の無いカ〇リーメイトのようで、美味くもなんともない。


「だって、街道が三つも四つもあったって使わないでしょ? 闇地に挟まれてたんじゃ宿場町みたいなものだって創りようがないしね。だから、結局街道口がアタラティアに近い第二、第三街道しか、今は使われなくなったってわけ。まあそれでも、第四街道口方面には別の街があるから、たまに利用されることはあるけど、この最北の第一街道は、街道口付近に大きな都市も無いし、それに街道自体勾配が強くて道のりが険しいから、使われなくなるのも当然なんだよね」


 言われてみると納得だった。

 実際、ここに来るまでの道も、街道にしてはやたらと坂が多く、馬も走り難そうだった。

 荷物の運搬ともなれば尚更だろう。


「でもまあ安心してよ。私が生まれ育った開拓村は闇地でもそれなりに深い場所にあってさ。一見道に見えないような通り道を見分けるのも、森の中で地図を正確に読み取るのも、私ならお手の物だから、間違って街道を外れる心配はないよ」

「もしかして、リーズがオレの案内役に選ばれた理由がそれ?」

「そだよ? 説明されてなかった?」

「……ああ」


 心の中でタヌキ顔の副王に謝る。

 下種な勘繰りをしたのは自分の方だったと。


「そ、それより、街道を使って何を運ぶんだ? 闇地の向こうにあるのは砦と開拓村ぐらいだろ?」

「ん……開拓の目的は人の生活圏を拡げるためでもあるけど、それよりも開拓民の目当ては闇地の資源なんだよね。魔獣は肉も皮も骨も高値で売れるし、闇地でしか採れない薬草や鉱石だってたくさんある。開拓地の十年は農村の一生分の収入になるって言われてるぐらいだからね」

「その素材を運ぶのに街道が使われているのか」

「そう……逆に内地からは、生活必需品とか食材とか、あと娯楽なんかも持ち込まれる」

「各街道の特徴は?」

「第一街道はさっき言った通りとして、第二街道はアタラティアと闇地向こうとの距離が一番近い。でも、第一街道以上に高低差があって道幅も狭いから、一度にたくさんの荷物を運ぶのには適していないみたい。だから、主に郵便とか急ぎの荷を運ぶのに利用される。反対に、第三街道は、第二街道に比べると距離が長いけど、道は勾配に乏しく幅も広いから、大量の物資を運搬する際に利用されることが多いんだ。第四街道は、さっき言ったようにアタラティア南部の街との連絡に使われてる。道はなだらかで幅も広いらしいから、第三街道に似ているのかな。あと、平地の割合が多く他の街道に比べて開けた感じみたいだね」


 開けた土地で道幅が広いということは、敵に見つかりやすく、また一度にたくさんの兵を相手取らなければならないはずだ。

 担当のサクヤは実力が未知数なだけに、気掛かりではあった。

 同じく道幅が広いという第三街道にはオメガが配置されている。

 奴の炎は一対多にうってつけと思われるだけに、こちらはそれほど心配していない。

 第二街道のトリヴィアは、持ち前のフィジカルで険しい地形での戦闘にも問題なく対応できるだろう。

 各街道の情報を聞き、仲間たちの安否について考えを巡らせていた己に、ミツキは苦笑した。

 一番危ういのは、他でもない自分自身なのだ。


「なぁに笑ってんのふぁぁあ」


 ミツキの浮かべた笑みの理由を訪ねようとしたリーズは、言葉の途中で大あくび漏らした。


「今日も走り通しだったからな。疲れたんなら無理せず寝なよ」

「そうする。悪いけど、先に歩哨お願い。適当に時間経ったら起こして」


 そう言って横になると、リーズはすぐに寝息を立て始めた。

 街道内は結界に守られているため魔獣に襲われる心配はないが、ブシュロネアの斥候に遭遇しないとも限らない。

 ミツキは土を被せて焚き火を消すと、眠ってしまわぬよう立ち上がった。

 空を見上げれば、満天の星が輝いている。

 しかし、その中にミツキの知る星座は確認できなかった。


「……つまり、ここが地球ですらないということを、星々が証明しているってわけだ」


 そんな何処とも知れぬ場所に無理やり召喚され、記憶も消され、そして数日後には人間同士の殺し合いをさせられる。

 しかも、生き残れる可能性は極めて低そうだ。


「冗談じゃない」


 簡単に死んでたまるかとミツキは思う。

 ではどうすればいい。

 己の手札で三千の敵にどう対抗する。

 数えきれない星を見つめながら、ミツキは思考し続けた。




 街道の途切れた地点から踏み入ること二日、ミツキらはようやく迎撃地点に辿り着いた。

 聞いていた通り、勾配の激しい道のりだったが、迎撃地点周辺は比較的平坦な土地で、木々も動きの妨げにならない程度に疎らに生えていた。

 なにより、屈めば身を隠せそうな茂みが点在しているのにミツキは注目した。

 これなら、昨晩考えた作戦を問題なく採用できそうだ。


「私は周囲の地形を確認してくるよ」

「ああ、頼む」


 街道が緑に侵食されている以上、どこからどこまでが結界の範囲内かミツキにはわからない。

 そのため、リーズによるフィールドの探索は作戦の遂行に不可欠だった。

 敵兵相手にうまく立ち回れたとして、気付かず結界の外へ出てしまえば、魔獣の餌食になりかねないのだ。

 しかし、探索に出かけようとしたリーズは、立ち止まって振り返ると、ミツキに視線を向けたまま少しの間沈黙した。

 訝しく思い、ミツキは問い掛ける。


「どうした」

「……いや、あのさ」

「ん?」


 リーズはしばらくの間言い淀むと、小さく嘆息してから、意外なことを話し始めた。


「ここら辺の地形はけっこう複雑みたいだから、戻るまで時間が掛かるかも。でさ、その間にミツキが馬のところまで戻って、街道口の味方に見つからないよう闇地の浅いところを突っ切って逃げたとしたら、私は追いつけないと思う」

「は? 何を言ってる?」

「でも、そうなったとしても、別に誰も困りはしないと思うんだ。私は上に怒られるだろうけど、多分、副王様も准将もミツキひとりでブシュロネアをどうにかできるなんて思ってないから、きっとそんなに大事にはならないよ。私の仲間たちだって、ミツキを非難したりはしないと思う。だって、自分と所縁の無い土地の戦争の巻き添えで死ぬなんて、馬鹿げているから」

「……それって、つまり」

「言いたいことはそれだけ。じゃ、行ってくるから」


 リーズは振り返りもせずに、森の中へ姿を消した。

 ミツキは彼女の走り去った方向に視線を向けつつ、先程の言葉の意味を考えた。


 彼女は作戦の失敗を確信し、無駄死にしないよう逃げろと言っていたのだ。

 優しいじゃないかと、ミツキは苦笑する。

 だが同時に、まるで期待されていないのは、些か心外でもあった。

 それに、そもそも自分は呪いによって行動を縛られている。

 もし逃亡などすれば、それが判明した時点でレミリスは呪いを発動するだろう。

 以前目にした黒髪の男の最後を思えば、楽に死ねそうではある。

 しかし、せっかく性悪の魔女と契約してまで力を手に入れたのだ。

 死ぬ前にどれだけ使えるか試してみたところで損はないはずだ。


「つっても、本番で使えなかったら意味無いな」


 何しろ、神通の特性を発揮するため依頼していたものが鍛冶屋から届いたのが、王都を発つ直前だったのだ。

 訓練する時間はほとんどなかった。

 ゆえに、リーズが戻るまでの時間は、逃亡ではなく能力の調整に費やすとミツキは決めた。

 周囲を見回し、手頃な樹に視線を留めると、腰に付けた皮革製のポーチを開き手を差し入れた。

 中から取り出したのは、無数の小さな鉄球だった。

 大きさは、ビー玉程度のものとパチンコ玉程度のものの二種類。

 その中から大きなものを五つ選んで残りはポーチに戻す。


「さて」


 右手に乗せた鉄球に意識を集中すると、程なく掌の上に浮かび上がった。

 まるで綿毛の塊が風で舞い上がっているような光景だ。

 ミツキはそっと目を閉じ、首都を発つ前サクヤから受けた助言を思い出す。



「力を行使する前に、その力に名前を付けておくことだ。魔法や外法の類は、命名によって威力の底上げを図れるからな。魔法の呪文自体そうした性質の応用なのだと言える。無論、神通とて例外ではなかろう。理由? そうだな、元々魔法とはこの世の理を曲げる技術だ。そして、本来この世に存在しない現象であるからこそ、実は非常に虚ろでもあると言える。だからこそ、言霊を用いた定義付けによって、この世界に存在を定着させることが有効なのだ。まぁ、要するに〝名前を決めておいた方が現象を想起しやすい〟程度に理解しておけば十分だ。名前の付け方、だと? そのぐらい自分で考えられんのか? 好きにすれば良かろう。まぁ、あえて言い添えるなら、力の発現を連想しやすいよう、現象に因んだ言葉を選ぶが良かろう」



 いちいち上から目線で腹立たしいが、助言には素直に従うことにした。

 即ち、現象をそのまま漢字表記した造語を名前に採用した。

 鉄の球を浮かせつつ、拳を握り込む。

 大きく息を吸い込むと、ゆっくりと目を開き、人差し指だけを弾くように伸ばしつつ呟いた。


「〝飛粒(ひりゅう)〟」


 瞬間、宙に浮いた球のひとつが消え、次いで、目測で五十メートル程離れた木の幹から、スカァンという小気味よい音が響いた。

 続いて、中指、薬指と開く度、中空の弾が肉眼では捉えられぬほどの速度で射出され、その都度、木の幹が音を響かせた。

 拳を開ききった時、浮遊していた鉄球はすべて木の幹にめり込んでいた。

 貫通するには至っていないものの、幹の半ば程まで達したその威力は、人に当たれば十分致命傷になり得るはずだ。

 実際、ヴァーゼラットの剣を砕いたのもこの鉄球であり、武器は勿論、厚手のものでなければ、鎧でも破壊する威力だとミツキは予想している。

 とはいえ、これだけなら、単に威力と精度と連射性能の高い投石機(スリング)と変わらない。

 この技の真髄は、別のところにあった。


「戻れ」


 そう言って開ききった掌を再び握り込むと、木の幹にめり込んだ鉄球は、一瞬にしてミツキの目の前へと飛来した。

 一旦、息をついてから、再度人差し指を弾き出す。

 ただし、今度は指を伸ばし切らず、上空を指すように曲げたままだ。

 鉄球は、指の向きをなぞる様に上空へと舞い上がった。

 他の指も、同じように曲げて弾けば、鉄球は立て続けに打ち上げられる。

 更に、ミツキは腕を振りつつ指を複雑に動かした。

 すると、舞い上がった鉄球は、木々の間をすり抜けるような軌道で飛び回った。


「うまく操れているが、今のところ五個が限界か」


 それも、足を止めて集中していればの話だ。

 戦闘など周囲に気を配らねばならず十分に集中できないシチュエーションなら三個、走り回りながらだと二個、更に命中精度を優先するなら一度に操るのは一個にするのが無難だ。

 おそらく、練度が上がれば動きながらでも複数の鉄球を操れるのだろうが、今はまだできることが限られている。

 ばらばらに動かしていた中のひとつを樹に直撃させてから、再びすべての鉄球を手元に戻す。

 鉄球の直撃を数発受け、幹の三分の二程を削られた樹がメキメキと音を立てて倒れるのを眺めながら呟く。


「殺傷力はそこそこだけど、やっぱり地味だな」


 しかし、それこそが〝飛粒〟の利点でもある。

 そして、この無茶な作戦を成功させる鍵にもなるはずとミツキは考えている。

 その後は、リーズが戻るまで、地形の確認と身を隠すための素材調達に時間を費やした。

 日暮れ前に戻ったリーズは、逃亡もせず夜営の準備を進めていたミツキを見て、やるせなさを誤魔化すかのように大きなため息をついた。

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