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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第三章

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第三節 『戦況』

 天幕内の卓に居並ぶ壮年の男たちを前にしてミツキは思った。

 すげえ、むさ苦しい。

 男たちは一様に甲冑を着込み、その上からマントや前垂れなど、幾何学的な柄を刺繍した布を着けている。

 都の兵士の装備に似ているが、意匠は格段に豪奢であり、集まった男たちの身分の高さが窺える。

 隣国からの侵略という未曽有の危機を前に、その表情には疲労が滲んでいる。

 彼らの目は、そろって天幕入り口前に佇むミツキらに向けられており、失望、戸惑い、憤りなど、瞳に様々な感情を映しているが、少なくとも、好意的な視線はひとつとして無かった。

 馬車で本陣に到着してから、休む間もなくこの天幕に連れて来られたが、中に入ると同時に喧々諤々の議論を交わしていた男たちは一斉に口を噤み、しばし無言の時が続いていた。

 あまりの居心地の悪さに、咳払いでもかますかとミツキが考え始めた時、卓の最も奥まった席に座るひときわ恰幅の良い男が、ため息とともに口を開き、絞り出すようにして言葉を発した。


「中央は、我らを見殺しにするつもりか!」


 苦し気な表情で切実な想いを訴えた男は、しかしどこか愛嬌のある容姿もあって、ミツキには滑稽に感じられた。

 丸顔に大きな口、口の上の左右に小さく伸びた髭、赤らんだ鼻に生え際の後退した額、油か何かで後ろに撫でつけた髪、その容貌は某ネコ型ロボットを彷彿とさせ、場違いながら郷愁にかられる。


「不敬ですなウィスタントン閣下。王家の名代たる私を前によく言えたものだ」


 ミツキの斜め前に立つレミリスの放った言葉は、その底冷えするような声音も相俟って、卓を囲む男たちを一瞬で狼狽させた。

 普段はただのやさぐれた飲んだくれだというのに、この胆力と迫力はどうしたことだろうと思わずにはいられない。

 そう言えば、トリヴィアとオメガが完全に気圧された黒髪の男を前にしてさえ、彼女はまるで怯む様子を見せなかった。

 せいぜい三十路そこそこの女が、いったいどんな人生を送ればこうなるというのか。


「じ、事実ではないか! 最初の援軍は盾代わりにもならん囚人兵、その次はたった六人でしかもその半数が異形の者とは!」


 おや、とミツキは思った。

 自分たちが収監されていた監獄の囚人かは不明だが、囚人がこの地に送られたのではないかという予想は正しかったようだ。

 それにしても、「盾代わりにもならん」とはどういうことなのか。

 同じく援軍としてこの地にやってきた身としては、聞き捨てならなかった。


「この度の派兵は王家からの命令で実施されたもの。それを批判するということは、命令を下した王家への批判にもなるということをご理解しておられるか?」


 レミリスの反論を受け、ウィスタントンと呼ばれた恰幅の良い男はあからさまにたじろいだ。


「ち、違う! 決してそのようなつもりは!」

「そもそも、副王領の守護は副王と領国軍に一任されている。つまり、此度のブシュロネアからの侵略行為に対しては、中央に援軍を出す義務などなく、御手前方(おてまえがた)が独力で退けなければならないはず。それを、自らの為すべき役割を果たすこともできずに、そのうえ王家から厚意で送られた援軍を批判するなど、責任転嫁も(はなは)だしい」


 そう言うと、レミリスは(きびす)を返して天幕の入口へと歩き始めた。


「ど、何処へ行かれる!」

「援軍が要らぬというのなら帰るまで。王都に戻り次第、閣下のお言葉は一字一句違わず陛下にご報告させていただく」

「待て! 待たれよルヴィンザッハ卿! 私が悪かった! 先程の非礼は詫びる! だからどうか留まってはくれまいか! この通りだ!」


 哀れになるほど狼狽えた恰幅の良い男は、転びそうになりながらレミリスに駆け寄り、膝を折って地に額を擦り付けた。

 おそらく、援軍が撤収することよりも、自分の失言を王に伝えられることを(いと)うたのだろう。

 それにしても、こちらの世界にも土下座があるということに、ミツキは奇妙な感動を覚えた。


「この通り! この通りだ!」


 ぐりぐりと地面を額で擦る男を冷めた目で見下ろしていたレミリスは、小さく溜息をついた。


「頭をお上げくださいウィスタントン閣下。副王ともあろう者が部下の前で軽々しく平伏などするものではないでしょう。そこまで言われるのであれば、私もこの地に留まり自らに課せられた責務を果たすことにいたしましょう」


 副王だったのかと、ミツキは驚く。

 副王の地位がどれ程のものなのかは知らないが、〝副王領〟と言うぐらいなのだから、この地方の最高権力者なのではないか。

 レミリスのあきれ顔も無理はなかった。

 ウィスタントン自身も、レミリスに指摘され我に返ったのか、どうにか威厳を取り繕おうとでもするように、咳払いしつつ立ち上がった。


「ただし、閣下はひとつ勘違いしておられる」

「勘違い、だと?」


 レミリスの言葉に、ウィスタントンの顔が再び不安に曇る。


「私は援軍の監督、というか監視を任された身に過ぎません。こちらの娘も私付きの使用人ゆえ、実際の援軍と言えるのは私たち以外の四名のみということになりますな。そもそも、たった四名では援〝軍〟などとは到底呼べませんがね」


 天幕内がしんと静まる中、レミリスの言葉を冗談だとでも思ったのか、誰かが「はは」と小さく笑った。




「なるほど。つまりおまえたちは、初戦に敗北したうえ国境の砦を落とされた経緯すらまるで把握できていないと、そういうわけだな」


 サクヤの言葉に、男たちの敵意に満ちた視線が一斉に向けられ、隣に座るミツキは冷や汗とともに引き攣った苦笑いを浮かべるしかなかった。

 レミリスが自分自身の戦力外通告を行った直後、戦の経緯と現状を把握したいと言い出したのがサクヤだった。

 ウィスタントン自身が援軍を引き止めた手前、その申し出を無碍にできない幕僚たちは、渋々といった様子でミツキらの席を用意し、広げた地図を囲んで戦況の報告を始めた。


 解説を任された若い下士官によると、ブシュロネアとの国境にある砦が落とされたのは、八十三日前の晩だったという。

 砦に駐留する兵団は、国境警備に加え魔獣への警戒と駆除も任されており、当日の夜は近場の開拓村の結界付近で大型の魔獣が目撃されたという報告を受け、多数の兵士が哨戒に出ていた。

 そのために難を逃れたという国境警備の兵士によれば、たったひと晩で砦に掲げられた旗は隣国のものに変わり、近付いたところ魔法による遠距離攻撃を受けたのだという。

 難を逃れた兵士の一部は、近くの開拓村で馬を調達し、街道を越えて砦の陥落を本国へ報告した。

 一方、砦の近辺に潜み隣国の動向を見張っていた兵士によれば、砦の陥落直後にはブシュロネアも戦力が揃っておらず、時間を掛けて続々と部隊が集結し、砦の収容人数を超過したところで盆地側に本陣の構築を開始したのだという。


「つまり、砦を落としたブシュロネアの戦力は少数と考えるのが妥当か……元々砦に駐留していた兵士の数は?」

「三百五十名程です。ただし三十名が哨戒に出ておりましたので、襲撃時砦にいたのは三百二十名程度になります」

「三百二十の兵で守る砦が一夜で陥落とは。攻城戦であれば兵の練度は然程関係あるまい。であれば余程攻めやすい砦だったのか」

「いえ、魔獣の群れの襲撃まで考慮して建てられた堅牢な要塞です。防壁には抗魔処理が施されておりますので、魔法攻撃に対しても強く、二つの門を閉じればネズミ一匹入る隙間もありません。どんな砦と比較しても、攻めやすいなどとは言えないかと」

「ふむ。誰かが手引きしたのか? しかしそれでも、夜襲とはいえ三百二十を相手に少数で砦を落とすのは、不可能でなくとも砦を損なわずにひと晩でというのは、些か難しい気がするな。まあ、今ここで考えてわかるわけもないか。話の腰を折ってすまんな。続きを頼む」


 アタラティアの領国騎士団が砦を落とし領内へ侵入したブシュロネア軍を退けるため街道向こうへの派兵準備を終える頃、本国の指示を受けて到着したのが開拓兵団として西方の闇地外縁部に派遣されていた囚人兵たちだった。

 結局、派兵されることになったのは領国の兵二万に囚人兵を加えた二万三千程で、四街道のうちでも道幅が広めの第二、第三街道に分かれて進軍。

 三十七日間を費やし全軍が街道向こうへ渡り切るのと、兵数二万弱のブシュロネア軍が盆地に集結するのはほぼ同時だったという。

 両軍は盆地で激突し、結果から言えばアタラティアの敗北に終わった。

 互いに防御魔法を展開したうえでの遠距離魔法の撃ち合いを経て、アタラティア軍は囚人兵を前面に押し立てての突撃を敢行した。

 恩赦を餌にして囚人兵たちを鼓舞したものの、結局ほとんどの囚人は接敵することさえなく逃走。

 囚人たちは逃亡防止のため簡易鋏絞帯(かんいきょうこうたい)なる拘束具を装着しており、逃走を図った時点で拘束具の制圧機能が発動したため、彼らの多くは戦場の中心部で倒れ伏し悶え苦しんでいるところを敵味方の兵から踏み付けにされ壊滅したという。

 そうして先陣が瓦解したため、後続のアタラティア兵たちもブシュロネアからの反撃に対応できなかった。

 後方へと押し込まれた挙句に街道という狭すぎる退路に撤退もままならず、結局は全軍の半数近くを失うこととなったのだという。


 ボロ負けじゃねえかと、ミツキは内心で呆れた。

 囚人どもを先陣にしたのは、おそらく彼らを盾にして自軍の損耗を少しでも減らしたかったのだろうが、完全に裏目に出たと言えた。

 この国は軽く百年以上戦をしていないとイリスが言っていたが、その間に用兵の術さえ忘れてしまったらしい。

 とはいえ、平地の戦闘で両軍が正面からぶつかったため、ブシュロネア陣営もそれなりの痛手を被ったようだ。

 街道へと敗走したアタラティア軍に追撃を仕掛けることもなく、軍の立て直しに時間を費やした。


「そのおかげで我らが間に合ったのは、まあ僥倖か」


 そんなサクヤの言葉に対し、ある者は舌打ちし、ある者は鼻で笑った。

 お前ら如きが来たところで何ができるのだ、と言いたいのだろう。


「それで? 敵軍は今どうしている? まさか、未だ盆地に布陣しこちらが出向くのを待ち構えているのか?」

「いえ。偵察用の使い魔からの情報によりますと、五日前に敵の先発隊が各街道へ進軍を開始したようであります。数はひとつの街道に三千程度、合計一万二千程の兵数になるようであります」


 下士官の男はサクヤに対して敬語を用いている。

 相手の階級がわからず、しかも無駄に偉そうなので、どう対応すればよいのか判断できず、とりあえず敬語を使っているようだ。

 幕僚たちが下士官の青年に何も言わないのも彼女の立ち位置がわからないゆえか。


「こちらはどのように対応するのだ?」

「街道入り口にて迎撃の準備が進められております。前回の戦闘で我が軍の兵数は一万程度に減少しておりますので、各所に割り振れるのは敵部隊と同数程度となります。ただし、街道の幅を考慮すると、敵の隊列は長く伸び切っているはすですので、我が軍は敵部隊の先頭に対し包囲戦を仕掛けることが可能であると予想できます」


 なるほど、と思う。

 街道入り口を囲うように包囲し、街道から出てきた兵を順次叩いていけば、敵軍が途中で撤退しない限り、圧倒的優位を保ちながら戦闘を進められる。

 筒の中からヘビが出るとわかっているなら、出口の上にハンマーを構えて待ち伏せれば良いというわけだ。


「敵が街道入り口に到達するまでの猶予は?」

「ブシュロネア先発隊が街道を踏破するのに掛かる日数は二十五日程度と推測できますので、あと二十日程度かと」

「ふむ」

「聞いての通りだ。我が精兵たちが街道口に布陣している限り、奴らがこちら側に侵入することなど不可能よ。遠いところ足を運んでもらってご苦労なことだが、貴公らの出番はない」


 唐突に口を挟んだのは、ウィスタントンの隣に座った中年男だった。

 スキンヘッドに眉毛までそり落とした厳つい顔だが、同時に、細く吊り上がった目とへの字に引き結ばれた口元から神経質そうな印象を受ける。

 この場のトップである副王に勝るとも劣らない豪奢な甲冑といい、尊大さを隠そうともしない口調といい、かなり位の高い人物であるのは明白だった。


「あれは?」

「ヴァーゼラット将軍です。総大将のウィスタントン様に次ぐお立場で、実質的にアタラティア軍の指揮を執っておられます、一応」


 ミツキの問いに耳打ちするように答えた下士官が最後に付け加えたひと言から、部下からの信望はあまり厚くないと推察できた。

 大敗を喫した初戦の指揮をこの男が執っていたのであれば、それも当然だとミツキは思う。


「大した自信だな」

「当然だ。確かに初戦こそしてやられたが、それはあの盆地での戦闘を当初より想定していたブシュロネアと、突然の侵略に対し早急に軍を動かさざるを得なかった我らの準備の差によるもの。ついでに言えば、あの忌々しい囚人兵どものおかげで、こちらの指揮に混乱が生じ、結果要らぬ犠牲まで出すことになった」


 自分たちがああも派手に打ち負かされたのは、貴様ら中央の援軍にも責任があるのだと、ヴァーゼラットは暗に言っていた。


「だが、今回我が軍に地の利があるのは明白だ。戦場の話だけではない。我らの背後には副王領の首都ローミネスがあり、物資の補給も万全。もはや負ける要素など欠片もあるまい。無論、後手に回るつもりもない。隊列の先から潰されることとなった奴らは、必ず撤退を選ぶはず。そして、その時こそ我らが反撃の好機となる。逃げ戻る兵を背後から突きまわせば、奴らは街道から次々と追い立てられ、逃げ出る自軍をまとめることもできず混乱に陥る。そうなれば、こちら側のように入り口で迎え撃つことなど到底できんだろう。そして我が軍の追撃部隊は、街道を抜けた勢いのまま敵軍の後方まで突っ切り、混乱に陥ったブシュロネア軍を前後から挟み撃ちにすればよい」


 ヴァーゼラットは不敵な笑みを浮かべつつ、ひと息に作戦を語って見せた。

 将軍に阿る数人の幕僚たちから称賛の声が上がる。

 一方、サクヤは小さく嘆息すると、冷めた視線を傍らのミツキへ向けた。


「これが指揮官では初戦で大敗するわけだ」


 ミツキ以外には聴かれぬほどの声音でそう小さく呟いてから、今度は皆に聞こえるよう声をあげた。


「ミツキ、おまえの意見を聞かせてみろ」


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