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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第三章

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第一節 『転送』

 ティファニア首都を発った一行、ミツキら四人にレミリスとアリアを加えた六人は、馬車で二日を費やし、平野にそびえる一本の塔に辿り着いた。

 デザインはピサの斜塔を太くしたような見た目だが、高さは東京スカイツリーにも匹敵しそうだ。

 人里から遠く離れ、だだっ広い平地が延々と続くこんな場所に、これほど巨大な建築物がポツンと立っていることをミツキは訝しんだ。

 てっきり戦場に向かっているものと思っていたが、周囲に敵はおろか人っ子一人見当たらない。

 自分たちを抑留する施設が、側壁塔からこの塔へと変更になっただけなのではと予想し、すぐに否定する。

 側壁塔を発つ前日、アリアは確かに初陣だと説明した。


 なんでも、西方の国境にある砦が隣国の軍に落されたうえ、今も侵攻を受けているので、領国の軍に加わり撃退するのが任務だという。

 それ以上は何の説明も受けぬまま、慌ただしく荷造りだけを済ませてここまでやって来たのだが、いったいどこに戦場があるというのか。

 まさか、己らは騙されて連れて来られたのではないのか。

 レミリスの上の人間たちは、自分たちを持て余し、この塔で処刑でもするつもりなのではないか。


 不穏な妄想を抱きつつ、監督官らに先導され塔へと入る。

 建物の中は、十メートルほどの幅の廊下が左右に延びる石造りの空間だった。

 円筒形の塔に見えたので、おそらく建物を一周する廊下なのだろう。

 見上げると、天井が見当たらない。

 外観からてっきり数十階建てだと思っていたミツキは、これ程高い塔が吹き抜けだったことに驚く。

 入り口の前で頭上を見上げていると、近づいて来る足音に気付き、慌てて視線を下ろした。


「お待ちしておりましたルヴィンザッハ卿。既に準備は整っております」


 そう言って一行を出迎えたのは、ローブを纏った初老の男だった。

 ローブといっても、かつてミツキらが着せられていたようなみすぼらしいものではなく、白を基調としたサテンのような生地に幾何学的な模様が刺繍された高級そうな衣装だ。

 男はレミリスに対しては慇懃に振る舞ったが、ミツキらのことは完全に無視した。

 レミリスから受け取った書類を確認すると、男は一行を先導し、廊下を右回りに進んだ。

 やがて塔の内側にあたる右手の壁に巨大な観音開きの扉が現れ、男はその片側を開くと一行を招き入れた。


 中は酷く殺風景な、だだっ広い空間だった。

 窓はなく、壁に設置された照明器具が周囲を照らしているが、光は広場の中心まで届いていない。

 塔の構造から推測するに、おそらく円形の広場だろうとミツキは考えた。

 広場の壁には螺旋状の通路が設けられており、塔の上にも一定の間隔で照明が設置されているようだが、天井を窺うことはできない。

 日光が入って来ないということは、頂上には屋根があるのだろうか。

 そして、初老の男と同じローブを纏った人物たちが一定の間隔を空け広場を囲んでいた。

 まるでカルト宗教の儀式のような光景だ。

 生贄にでも捧げられるんじゃなかろうなと考え、ミツキは身震いした。


「それでは広間の中心までお進みください」


 初老の男に促され、レミリスは暗闇の中へ歩みを進める。

 ミツキが躊躇していると、主人に続こうとしていたアリアが振り向き小さく囁いた。


「ご安心ください。これは転移魔法を行うための施設でございます。皆様に危害を加えるものではございません」

「転移、魔法? それって……」

「歩きながらご説明いたします」


 そう言ってアリアは歩き出す。

 ミツキと他の三人も、メイドに続くようにして進みはじめた。


「転移魔法とは、その名の通り遠方まで瞬時に移動するための魔法でございます。これより我々は王都に最も近いこの転移塔から、目的地最寄りの転移塔へと跳ばされることとなります」

「転移って……本当かよ」


 そんな便利な技術があるのかと、ミツキは驚いた。

 だが、そういえばと思い出す。

 以前サクヤが〝限られた質量の物体であれば、瞬時に離れた土地へ移動させる魔法もこちらには存在する〟と確かに言っていた。

 まともな照明さえ作れないというのに、なぜ局所的に現代文明を超えてくるのか。


「もちろん、容易に使える魔法ではございません。発動には膨大な魔力と複雑な術式構築が不可欠でございます。そのために建築されたのが、この転移塔であると聞き及んでおります」


 すかさずサクヤが口を挿む。


「平面魔法陣では織り込める術式に限りがある。転移魔法に必要な術式を織り込むには立体魔法陣が必要。つまり、この塔そのものが巨大な魔法陣というわけか」

「ご慧眼、恐れ入ります。広間の外周を囲んでいるのも、王国お抱えの上位魔導士たちでございます。これだけの設備と人員を費やすことで、はじめて行使できる魔法ゆえ、使用には特別な手続きが必要とされております」

「いや、それにしたってかなり便利な魔法だろ。なぜ都市かその周辺でなく、こんな何もない土地に施設を作ったんだ?」

「悪用される危険性を想定したのでございましょう」

「悪用? ……ああ、そういうことか」


 確かに、この利便性の高さは、諸刃の剣にもなり得るなとミツキは思考した。

 例えば、他国からの侵略や内乱に際して敵対勢力に利用されたりすれば、一瞬で敵を都市へ招き入れてしまいかねない。

 そう考えると確かに、都市近郊に建てるのは、酷くリスキーに思えた。


「そんなことより、随分歩くな。遠くに小さな灯りは確認できるが、ここまで光が届いていない。もう足元も見えなくなってしまった」

「仕方ねえな。オレの炎で――」

「お待ちください」


 トリヴィアの声に続いて、おそらくは炎の魔法を使おうとしたオメガをアリアが制止した。


「塔内で魔法の使用はご遠慮くださいませ。術式に干渉して転移が失敗する恐れがございます」


 チッと犬男の舌打ちが響いた。

 たしかに、塔の中は広すぎて、もはや壁の照明は夜空の星のように小さくなっている。

 暗闇の中を延々歩かされていると、上下の感覚がなくなり、自分がまともに歩けているのかもわからなくなってくる。

 どうにかメイドに付いていけるのは、皮革製の靴底が石の床を打つコツコツという足音がよく響くからだ。


「失敗するとどうなるんだ?」

「単に魔法が発動しないというのがほとんどのようでございます。他に、転移はされたものの転送先の塔に現れず行方不明になる、あるいは肉塊のような状態で転移されたという記録もございます」

「こわ……」

「でも、こんなに暗いならランプか何か用意しておいても良かったんじゃないか?」

「魔法ほどではなくとも、火を起こせば魔素に揺らぎを生じさせますので。壁に設置された灯火は、抗魔処置を施したガラスで覆われたものと聞いております」

「それにしても、こう視界が利かないとはぐれてしまいそうだ。それに、広間の中心に向かっているのだろうけど、逸れたりしていないだろうな。先行したレミリスの足音だって、少し前から聞こえなくなってるしさ」

「ご心配には及びません。前方に見えてきた光の輪が目的の中心部でございます。お嬢様は既に輪の中でお待ちになっておられます」

「お嬢様?」


 アリアに言われ暗闇の中に目を凝らすと、確かに、楕円を描いた光がうっすらと暗闇に浮かんでいた。

 足早に近づくと、輪の中心で腕組みしたレミリスが、地面の輪から発せられる仄かな光に照らし出されていた。


「はぐれた者はいないな?」

「皆様そろっておられます」


 アリアの答えを聞いたレミリスは、胸のポケットから指先程度の大きさの筒を取り出し口に咥えた。

 次の瞬間、甲高い音が鳴り響き、トリヴィアとオメガが耳を塞ぐ。

 ホイッスルみたいなものかと、ミツキは心の中で呟いた。

 おそらく、指定の場所に到着したことを初老の男に伝えたのだろう。

 わずかな間を置いて、周囲からぼそぼそと人の話し声が聞こえはじめた。

 広場を囲む魔導士たちが、転送魔法の呪文を唱え始めたのだ。

 遠すぎて内容は聞き取れないが、程なくして広間全体が発光しはじめた。


「これは……なんというか、綺麗だな」


 床や壁を青白い光の線が走り、幾何学的な模様を描いていく。

 おそらく、これが魔法陣なのだろうとミツキは推察した。

 線が床と壁の一面を覆い尽くすと、今度はレーザー状の光が幾筋も虚空に放出され、ミツキたちの佇む円の周囲に光線の檻を出現させた。


「……立体魔法陣だ」


 サクヤの呟きの直後、円筒形の空間を満たした光は、その輝きを虹色に変えミツキたちの視界を包んだ。

 痛いほどの眩さに、ミツキはたまらず両手で目を抑える。

 それでも、光は掌を透過して瞼の裏を赤一色に染めた。

 だが、そんな強烈な光も徐々に輝きを弱め、手で覆い隠した視界が馴染み深い闇色に戻ったのを確認したミツキは、ゆっくりと手を下ろしつつ恐る恐る目を開いた。

 周囲は再び闇に覆われた殺風景な空間に戻っていた。

 しかも、床に円を描いていた光までが消えていたため、灯りといえば遠くに小さく見える壁の灯火だけとなっていた。


「……え? 転移するんじゃなかったの? まさか、失敗?」


 ミツキが独り言ちた次の瞬間、広場の端の辺りから眩い光が放たれた。

 目を細めて光の方へ視線を向けると、それは徐々に近づいて来るようだった。


「なあ、魔法にしろ炎にしろ、ここじゃ厳禁なんじゃなかったか? あの光はいいの?」

「ミツキ様、転移は既に完了しております。術式を阻害するおそれがない以上、もはや火も魔法も使い放題でございます」


 アリアに指摘され、おもわず「えっ!?」と声をあげる。

 確かに、あの強烈な光はただごとではなかったが、身体感覚としてはまったく動いたように感じなかった。

 やがてミツキらの前に辿り着いた人物は、初老の男と同じような服を着ていたものの、顔立ちは二十代程の若者で、しかも女性だった。

 右手に持ったランタンのような照明器具は、炎よりもはるかに強い光を発している。

 魔法を応用した道具なのだろうかと、ミツキは想像した。


「お待ちしておりましたルヴィンザッハ卿。どうぞこち……ひっ!!」


 おそらく、集団の最前に進み出ていたレミリスに視線を向けていたためだろう、近づいてその背後に控えるトリヴィアの姿が照らし出されたことで、ローブの女は表情を強張らせて立ち止まった。

 転送元の塔で一行を案内した初老の男がトリヴィアやオメガを見ようともしなかったのに比べると、対照的とも言えるリアクションだ。

 あるいは、この女には転送されて来る者らについて詳しく知らされていなかったのかもしれないとミツキは推測した。


「出迎えご苦労」


 素っ気なく声を掛けると、レミリスはローブの女の脇をすり抜けるように闇の中へ進んだ。

 女はあからさまな程にトリヴィアらを警戒しつつ、慌てた様子でレミリスの前に走り出て先導した。

 ミツキたちも、続いて歩き出す。

 強い光に照らし出された広間は、大型の体育館のようでもある。

 ミツキには、以前魔獣と戦わされた闘技場よりも広そうに見えた。

 広間の端の扉から出ると、やはり廊下が左右に伸びていた。

 アリアの言を信じるなら、転送前の建物とは別の施設であるわけだが、レミリスは元来た道を引き返すように右手へと足を向けた。

 慌てた様子でローブの女が声を掛ける。


「あ! す、すぐお発ちになられますか!?」

「無論だ。馬車の用意はできているか?」

「はい! 入口正面に待機させてあります!」

「結構。本陣へ直行するので連絡を入れておけ」


 レミリスは返事も待たずに歩き出した。

 その後に続きながら、この女は、とミツキは思考する。

 常に上から目線で愛想の欠片もないのは、自分たち異世界からの被召喚者を〝戦奴風情〟と蔑むがゆえと思っていたが、同じ国の人間に対しても自分たちと同様に冷淡であるようだ。

 転移塔を案内した初老の男や若い女は、服装から判断するに施設の管理責任者か、それに類する地位の人間ではないかと推測できる。

 そんな人物がああも遜るということは、レミリスは相応の地位か階級の人物なのだろう。

 それが、己らのような得体の知れない存在の管理をさせられているという状況がよくわからない。


 ミツキが考え事をしている間にも、一行は塔の出入り口へと近づいていた。

 どうやら転移元と転移先の塔は、まったく同じ構造らしかった。

 実感の無さもあって、本当に転移したのかと疑いたくなる。

 塔を出てみたら、やっぱり転移できていなかった、ということもあり得るのではないか。

 そんなミツキの懸念は、入り口の扉を開けると同時に払拭された。


「……森?」


 視界を覆い尽くす一面の緑の中、塔の正面から一本の道だけが伸びている。

 その道の脇に、二台の馬車が停まっていた。


「本当に、転送されていたんだな」

「すぐに出立する。馬車に乗れ」


 そう言うと、レミリスはミツキらには視線を向けることもなく馬車へ乗り込んだ。

 隣国からの侵略を受けているのであれば、慌ただしいのも仕方がないとミツキは思う。

 レミリスとは別の馬車にいそいそと乗り込むと、車体はすぐさま動き出した。

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