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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第二章

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第十五節 『修行』

 林の中で巻き起こった旋風が木々を大きく揺さぶり、次いで地響きが大地を揺らした。

 魔法ではない。

 トリヴィアがポールアックスを振るうことで生じる衝撃によるものだ。

 対峙するミツキは額に冷や汗を浮かべている。

 手加減してくれよと思うが、これでもかなり手を抜いているらしい。


「避けてばかりじゃ稽古にならないぞミツキ!」


 そんなトリヴィアの檄に、冗談じゃないと顔をしかめる。

 一合でも打ち合えば、剣か腕がイカれるのだ。


「でもまあ、確かに攻撃しないと勝てないよな」


 そう呟いて八相に構えた剣は、イリスに紹介された職人の工房に置いてあった鋳造品だ。

 注文した鍛造の剣が届くまでの代用として借りたのだが、連日のトリヴィアとの稽古で大分ガタがきているため、結局買い取ることになりそうだ。

 トリヴィアの武器もオーダーしたものではないが、こちらはまだ真新しい。

 彼女の使い方が良いからではない。

 稽古をするようになってから既に十本以上を壊しており、先程新品に替えたばかりだからだ。

 そのおろしたての長物を頭上で旋回させてから、穂先をミツキに突き出すように構える。

 一瞬の間を置き、仕掛けたのはミツキだった。

 構えはそのままに、一足飛びで間合いを詰める。

 すかさず突き出された穂先に対し、顔の横に構えた剣を当て軌道をずらして躱し、そのまま柄を滑らすようにして懐へ飛び込む。


「もらった!」


 勝利を確信して相手の小手に振り下ろした剣は空を切り、トリヴィアの立っていた場所に土煙が上がっていた。

 消えた!などと動じることはない。

 既に何度も手合わせをしているので、何処へ避けたかは瞬時に見当が付いた。

 弾かれたように見上げると、得物を逆手に構えたトリヴィアがミツキに向かって落下しつつあった。

 いつ見ても馬鹿げた跳躍だと息を呑む。

 魔獣との試合でも見せた上空からの打ち下ろしは、彼女の十八番だった。

 体重を乗せ、全身をバネのようにしならせながら振り下ろされる一撃は、岩をも両断する。

 付き合っていられるかと心中で呟き、バックステップで落下予測地点から間合いを取る。

 落ちた瞬間は、さすがのトリヴィアも着地のために構えを崩す。

 そこを狙って切り込むつもりで、前のめりの上段に構えた。

 トリヴィアの着地と同時に土煙が巻き上がり、ミツキは強く地面を蹴った。

 しかし、踏み込む前に大きく目を開き、体勢を崩す。

 土煙を突き破る様にして、トリヴィアが突進してきたのだ。

 どうして体勢を立て直すための一瞬の間さえ空けずに動けるのか。

 驚愕するミツキの目に、彼女の右手のポールアックスが映る。

 直感で、これだと確信した。

 着地の瞬間、ポールアックスを地面に突き差し、足ではなく斧で地面を蹴ったのだ。

 突進の勢いを殺さぬまま、トリヴィアは腕をぐるりと回して再び長物を構える。

 人間にはとても真似できない動きだ。

 トリヴィアと稽古をするようになって、ミツキは武術というものが弱者の技術だと理解させられた。

 洗練とは程遠いトリヴィアの戦いは、しかし動きの限界を想定しないがゆえのトリッキーな発想と、それを実現するだけの圧倒的なフィジカルによって、ミツキを容易に圧倒した。

 対人戦闘しか想定していない武術など、付け焼刃程度にしか役立たない。


「ちっ、くしょ!」


 トリヴィアとの激突を厭い、体勢を崩したまま斜め前方へ転がったミツキは、前転から起き上がりつつ、低姿勢のままに剣を払った。

 トリヴィアの足を捉えるかに思えた剣の軌道は、一瞬で地面に突き立てられた斧によって阻まれ、次の瞬間には半回転した長物の石突きがミツキの額に突き付けられていた。


「参った」


 しゃがんだ姿勢のままそう呟いたミツキに、トリヴィアは笑みを向けた。


「今のは、なかなか良かったんじゃないか?」

「どこがだよ」


 トリヴィアが差し出した手を掴み立ち上がる。


「私の反撃を剣でずらして躱したうえ、得物の柄に沿わせるように斬り付けてきたのは、けっこう危なかった。それと、着地からそのまま突進に移ったのに、姿勢を崩しながら躱したうえ足を取りにきたのも意表を突かれた。私でなければ、ミツキの勝ちだったよ」


 そう言ってニヤニヤしながら頭を撫でてくる。


「やめろっての。それより……」


 ミツキはトリヴィアの手を払い除けつつ、相手の頭から足先まで視線を巡らす。


「その服で、よくあんなに動けるな」

「ん? 別に問題はないぞ? というか、とても気に入っている」


 そう言ってポーズをとって見せる。

 確かに、似合ってはいる。

 しかし、やはりこの服装は攻め過ぎだとミツキは思う。

 やや踵の高いブーツはともかく、柔軟な皮革製の黒光りするボトムスは、切り込みの入ったサイドを紐で編み上げているうえ、内腿の生地がざっくりと抉れるように開いている。

 無論、開いたサイドの腰からブーツで隠れたふくらはぎの半ばにかけてと内腿は素肌が露出している。

 レザーパンツと同じ生地のジャケットも、胸の下までしか丈がなく、薄紫のインナーも同様に丈が短いので、ヘソが丸出しだ。

 しかも、パンツがかなりのローライズなので、胸の下から股間の上までが広く露出してしまっている。

 また胸元も、インナーの首周りが広く開いたUネックなので、谷間が強調されている。

 ミツキが顔に入れられた幾何学模様、イリスが言うところの数字をトリヴィアは胸元に入れられていたため、余計に目を引いた。


「なあ、やっぱり作り直してもらった方が――」

「ダメだ! せっかくミツキが私向けに仕立てなおしてくれたんだ! これじゃなきゃ、イヤだ!」


 トリヴィアの言葉の通り、彼女の服はミツキの手でカスタマイズされている。

 と言っても、扇情的な服を着せようと思ってそうしたわけではない。

 イリスから届けられた彼女の服のサイズが合っていなかったのだ。

 理由は容易に想像できた。

 人の女性としてはあり得ない体型ゆえ、作り手が発注ミスと判断し独断で小さく作ったのだ。

 現代日本ではないので、わざわざ問い合わせて聞いてくれるほど、業者は親切でなかったのだろう。

 無論、イリスにクレームを伝え、作り直してもらうのが筋なのだが、それにはある程度の時間を要する。

 汚れ切ったローブから少しでも早く解放してやりたいと考えたミツキは、アリアから裁縫道具を借りると、有り合わせの素材でどうにかトリヴィアが着られるよう届いた服の総てをひと晩でカスタマイズしてみせた。

 言語や格闘技と同じように、どういうわけか裁縫の技術も会得していたのは幸いだったが、いかんせん生地が足りず、このようなデザインになってしまったというわけだった。


「でも、寒くないか?」

「全然問題ない。この国の気候は穏やかで過ごしやすいからな」


 嘘だろ、とミツキは思う。

 日中と夜中の気温差は軽く三十℃以上はありそうだというのに過ごしやすいとは、いったいどんな世界からやって来たというのか。


「そういうミツキも、その服よく似合っているぞ」

「そりゃどうも」


 焦げ茶色の革でできたミドル丈のエンジニアブーツに、デニムに近い頑丈な生地で仕立てられたダークグレーのパンツ、上半身に纏うのはやや厚手で大き目のマウンテンパーカーのような白い上着だ。

 首周りにワイヤーを仕込んでおり、ボタンを首元まで留めるとフードを立てて目の下までを覆い隠すことができる。

 顔の数字を晒したまま出歩くのは目立つと考え、発注時にリクエストしたのだが、防寒の役にも立つので重宝していた。

 首元を立てた状態でフードを被ると、忍者の衣装のように目以外を隠すこともできた。

 上着の下には黒いヘンリーネックのシャツを着ており、日中はそれ一枚で過ごすことも多い。


「今日はこのぐらいにしておこう」

「むう。もう少し体を動かしたいのだが」


 トリヴィアは不平を言うが、今の生活においてミツキの負担が他の三人より格段に大きいことを理解しているだけに、それ以上ごねることはなかった。


 トリヴィアとの模擬戦は、日中の空いた時間を利用してほぼ毎日続けていた。

 他にも食事の準備に物資の調達、施設の整備などを主導しているミツキには、実戦への備えという以上に良い息抜きにもなっている。


「テメエら、またやり合ってたな? おかげで動物が怯えて隠れちまって、まるで狩りにならねえ」


 側壁塔への帰路、背後から声を掛けられ振り返ると、野兎を四羽携えたオメガだった。

 茶色い皮革のグラディエーターサンダルを履き、下履きは股下の深いベージュのサルエルパンツ、上半身は毛皮に覆われているので黒い皮革製のジレのみを羽織っている。


「おい、テメエに言ってんだぞデカ女! こんな狭い土地で地面が揺れる程力を出すんじゃねえ!」

「いちいち打ち込みを加減しては手合わせにならんだろう。獣には言っても解らんか?」


 にらみ合いを始めるふたりの間に、ミツキは慌てて割り込む。


「まあまあ、兎を狩れたんなら良かったじゃないか。こんな所で時間をつぶしてないで、肉が傷まないうちに戻って捌いちゃおう」


 ミツキに言われ、オメガはフンと鼻を鳴らし引き下がった。

 ミツキが食料を仕入れるようになってから、オメガの態度は目に見えて変わった。

 タチの悪いチンピラのように絡んで来なくなったし、暇に任せて林の中で狩ってきた小動物は独占したりせずミツキに分配と処理を任せた。

 不平を口にしつつではあったが、渡された衣服も着用している。

 急に従順になったはっきりとした理由は不明だが、おそらくは種としての習性なのではないかとミツキは推測している。

 つまり、群れの中で多くの餌を取って来る者ほど地位が高くなる。

 あくまで、オメガの見た目から連想した仮説だが、間違ってはいないような気がした。

 一度、レミリスの金で仕入れたから自分の手柄ではないと説明したのだが、オメガには貨幣の概念がなく、理解されることはなかった。

 彼の中では、狩猟で仕留めた獲物だろうが、金で仕入れた食品だろうが、等しく手柄なのだろう。


「日が暮れ始めたな」


 木々に囲まれた城壁周囲の林は、既に視界が闇に遮られ始めている。

 現代の都市部のような照明はなく、夜間の光源であるランプやランタンにしても、大した光量ではないうえ燃料も消費するので、基本的に陽が落ちるとすぐに寝て日の出とともに起きるというのがこの世界の常識だ。

 一度、魔法を光源に利用しないのかとアリアに尋ねたことがあるが、短時間周囲を照らす魔法はあっても日常的に使う機会は少なく、魔法を流用した道具もあるにはあるが、高級品ゆえ持っているのは貴族や豪商以上の富裕層とのことだった。

 トリヴィアもオメガも、この世界の習慣に倣ってかは知らないが、食事をとって日が落ちると、とっとと寝てしまう。

 しかし、ミツキにはこれからの時間にこそやることがあった。




「体に入れられた記号が数字だというのは知っている。おまえは顔に三二五、鬼娘は左の胸元に一〇二、犬は足の裏に二七七、そして私はうなじに三九八。おまえの予測通り管理番号と見て間違いなかろうが、実はそれ以外にも意味はありそうだ。まず、番号の前にこの国を表す記号。つまり、我々は国の所有物ということになるらしいな。ただし、この記号は軍の作戦等に使われる符号らしく、一般人にはほとんど知られていない。その女商人が数字だけに注目し記号の意味に言及しなかったのはそのためだろう。そして番号の末尾に属性の表記。もっとも、おまえに限り属性は書かれていない。要するに、魔法の素養皆無と、召喚直後に判断されたのだろう。ちなみに、犬は火、鬼娘は風と地、私は不詳と書かれている」


 炎の前で集中するミツキに、サクヤは話しかけている。

 集中が途切れるから止めろ、とは言わない。

 これも修練の一環だ。

 会話しつつも集中を続けるのが重要なのだ。

 炎に照らされたサクヤは、道服のような白い着物の上に白無垢の打掛を羽織っている。

 足元は、やはり白い毛革の足袋と朱塗りの雪駄を合わせ、頭は側頭部の髪のみを後ろに束ね金の(かんざし)で留めている。

 真っ白い着物に、蝶の刺繍が施された赤紫の帯が映え、彼女の現実離れした風貌を引き立てていた。

 この服はミツキが発注したものではない。

 彼女が虫の糸で織り上げた布を傀儡にした人間を使って仕立てたのだ。

 おかげで、ミツキの発注していたゴスロリ風の衣装はタンスの肥やしとなっている。


「属性ってなんだよ。得意な魔法の傾向ってことか?」


 応じながらも、焚き火の火力を操って見せる。

 まるでガスコンロの火力を操作するように、炎の大きさは増減を繰り返した。


「だいたいそんな認識で合っている。この世界では精霊信仰が盛んらしく、精霊は万物に宿ると考えられている。それこそ炎や水、大地に風から、人の作った道具、果ては概念や価値観といった抽象にいたるまで、何にでも精霊は宿るのだそうだ。ちなみに、精霊信仰には、精霊はあくまで精霊であると定義する原初精霊派と、遍く精霊を統べる精霊神なる存在を信仰する神聖精霊派があり、互いに対立しているらしい。と言っても、我々にはかかわりのないことゆえ、気にする必要はあるまい」

「宗教ってのは何処も同じだな……それで、精霊精霊っていうけど、名前とかあるのか? 例えば、水の精霊〝ウンディーネ〟みたいな」


 今度は炎の形を変えてみせる。

 燃え盛る火の先端をクエスチョンマークのように曲げ、そのままグルグルと螺旋を描く。


「精霊に名はない。人が精霊の名を定義したり、その名で呼んだりするのは不遜と考えられているからだ。精霊の正体が何なのか、そもそも実在するのか、私にはわからない。私の世界にはそんな概念はなかったからな」

「サクヤにもわからないことがあるんだな」

「わからないことだらけだ。だからこそ、退屈せずに済む。まあ、精霊については〝魔法の方向性を決める概念〟という程度の認識で構わないだろう。それより、魔法を使う際、より重要なのが〝魔素〟の存在だ」

「魔素? 魔力とは違うのか?」

「魔力は馬力、魔素は燃料と認識するとわかりやすいだろう。魔素に相当する概念は私の世界にもあった。龍脈や瘴気と呼ばれるもので、特定の土地に沸き外法などの特別な力の源になり得る。私の世界では極めて希少な土地由来の資源だったが、この世界は大気にさえそれが満ちている。おそらく、この世界の人間が魔法を使える要因がこれだ。対して、おまえの世界には魔素がなかったため、人間は魔法を使えるように進化しなかったのだろう」

「大気中に魔素があるんなら、魔法は際限なく使えるのか?」

「いや、水や空気をいくら摂取したところで、それを消費し無限に動けるわけではないだろう? 魔法の習熟度も、個人の才覚と修練に依存する」

「結局は、スポーツや勉強と同じようなもんか」


 コイル状に変形させていた炎を元に戻すと、焚き火の中から炎の蝶を無数に生み出した。


「火事になるぞ?」


 サクヤが傍らに控える看守の男に目配せすると、男は足元のバケツに満たされた水を焚火に浴びせた。


「おい。火が消えちゃっただろ」

「問題ない。火を使った修練は十分だ。次は煙を操って見せろ」


 神通の修練の第一段階が終ったのは、サクヤに脳をいじられてから丁度三十日目の夜だった。


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