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13 よもつひらさか①

 結木には野崎氏が付き添って病院へ行き、夫人は入院に必要であろうあれこれを準備する為に残った。


 るりは、まず動きやすい服装に着替え、必要な用意を済ませた夫人と一緒に後から病院へ行けばいいと夫妻から諭され、迷いながらもそうすることにした。

 着替えてみると、足袋や草履だけではなく着物や長襦袢にも血や泥が飛んでいて、夫人に申し訳なく思った。

「いいえ。それどころやなかったんですから、気にしやんといて下さい」

 それより巫女姫もびっくりしはったでしょう?と、いたわるように言われた。

 特に何も聞かないのにおおよそを察し、淡々と必要なことを済ませる夫人に、るりは敬意を覚えた。自分ひとりだったとしたら、うろたえるしかなかっただろう。

「お着替えが済み次第、巫女姫は朝食を召し上がって下さいね。その間に草仁さんの入院の用意や、親御さんへの連絡なんかを済ませますから」

 るりは夫人の貫禄に気圧されるようにうなずき、着替えの後、食欲はないながらも卵入りのおじやを口にした。

 味はよくわからなかったが、おなかに物が入ると少し落ち着いた。

 そして準備が整った夫人と一緒にタクシーで、結木が向かった医療センターへと駆けつけた。


 あらかじめ野崎氏から電話で聞いていた階・聞いていた部屋番号へ向かう。

 それなりに広い個室だ。

 病院で貸し出される寝間着を着せられ、胸に氷嚢を置かれた状態で結木は、こんこんと眠っていた。

 野崎氏はるりに気付くと、軽く会釈して近付いてくる。

「胸を強く打って、肺から出血してる……お医者はそう()うてはります」

 るりに対して少し気安くなってきたのか、あるいは彼も内心うろたえているのか、しゃべり方が、丁寧ながらもすっかり大阪弁に戻っていた。

「あざの形から、棒状のものが肋骨の隙間をピンポイントで突くみたいに、全体重がかかる勢いでぶつかったんやないかと」

 野崎氏の説明に、るりは血の気が引く。

 心臓はココや、と、明生を挑発していた結木の姿が脳裏に浮かぶ。

「私の方からは、野崎(うち)で昔からやってる泉を祀る神事を彼にやってもらってた、そう()うてます。ぬかるんでて足元のあやうい場所やから年寄りには酷やろうと、昔から知り合いの結木さんが代わりを務めると買って出てくれはった、どうやらうっかり転んで木の根か枝か、そんなもんに胸をぶつけはった様子やけど、我々は見てへんから詳しいことはわからん、そうも言うておきました」

 取りあえずの説明にはなる、しかし肝心なことは何も言っていない、政治家の答弁にも似た言葉だ。

 こちらもさすがと言うか、あの何もわからない混乱の中で冷静に言い訳を組み上げて堂々と言い切る、野崎氏の蓄積というか貫禄に、るりは軽い敬意を覚えた。

 ただ、と、野崎氏は顔を曇らせ、言いよどむ。

「出血そのものはもう止まってるそうです。だからそっちの心配は当面大丈夫やそうですけど、心臓に近い位置に衝撃を受けたせいか、傷がつくまではいかんにせよ、心臓そのものにもキツイ負担がかかったそうです。不整脈の傾向が……」

 野崎氏の声が不意に遠くなり、くらり、と視界がゆれた。



 真白の大地。紺碧の空。

 1mほどの距離を開け、対峙しあう白い獣と黒い人影が見える。

 るりはふらふらとそちらへ寄る。歩くというより浮いているようで、身体だけでなく心もふわふわした感じだった。

「お久しぶりです、一角のミコト」

 ややあってから大きく息をつき、頭を下げる人影……結木へ、真白の獣……一角のミコトはつまらなさそうに鼻を鳴した。

「確かに久しいな。わざわざこんなところまで来るとは、よほど切羽詰まっているか死にかけているか、そのどちらかというところだな」

 男のものとも女のものとも思えない、若いような老いているような不思議な響きの声。何度聞いても冷ややかだ。

 結木はかすかに苦く笑う。

「どちらも、でしょう。実は、怨霊となってしまった病んだ月の御剣の呪いを受けてしまいました。当然自分にできる最善を尽くしますが、かの方と決着をつけて呪いから自由になる為に、ミコトのお力をお貸し下さいませ」

(……これは!)

 最初に神事を行った日の、結木と一角のミコトの対面だ。

「何故、お前に力を貸さねばならぬ?」

 素っ気なくそう問う大鹿へ、苦笑を浮かべる結木。

 ずいぶんと冷たい問いだが、おそらく一角のミコトはいつもこんな調子なのだろう、結木は淡々としている。

「生きたいからです、もう少し……出来ればこの身体が老衰で死ぬしかなくなるまで。神鏡の巫女姫と共に」

 ふん、と、ミコトは鼻を鳴らす。

「それは相手次第だろうが、望みを持つことそのものを否定はしない。だが、巫女姫と生きようとするのなら、鏡と剣の妹背の契りを解かねばなるまい。あの契りは、たとえるなら互いの意思で指を強く絡み合わせているような、互いの魂魄の一部を複雑に絡まり合わせる強い契りだ。果たして巫女姫は、契りを解くつもりがあるのか?」

「あると思われます」

「言い切る自信はないのか?」

 なぶるようにそう言うミコトへ、結木は真顔で応じる。

「彼女ではありませんから断言はできないのです。しかし彼女は、少なくとも現状を是としていません」

 そうだろうな、と、ミコトは遠い目をする。

「結木草仁。お前は自らの命を懸ける覚悟があるか?」

 結木はやや青ざめる。

「どういう意味ですか?一角のミコト」

「別に。文字通りの意味だ」

 やはり素っ気なくミコトは答える。

「あの病んだ剣は己れの全存在で、己れの主である鏡に執着している。まずは言葉で説得し、アレを納得させる努力をするべきだろう。だがおそらく無理だ。アレは聞き分けのない駄々っ子のようなもの、理を静かに受け入れるだけの器が育たないまま自らの強大な力に呑まれた。その狂った力のまま鏡に執着しているのだ、手強いことはわかるだろう?」

 うなずく結木へミコトは続ける。

「アレの霊力(いのち)を一度、お前自身へ向けさせる必要が出てくるだろうな。そうなったらどうしても、自分の命を危機にさらすことになる。アレの霊力(いのち)を受け止められれば、私を呼べ、結木草仁。私が責任を持って病んだ剣……神崎明生を紺碧の空の果てへと導こう。ただ、お前自身も空の彼方へ吸い込まれる可能性は否定出来ない。割合は五分五分というところだな」

 ふふ、と結木は不敵に笑んだ。

「二分の一の確率ですか?……わかりました。当然やります。ご協力賜りますようお願い致します」

(なんてことを!結木さん!)

 るりは、決して声にならない声で叫ぶ。

 彼の行動はすべて、事前の計画だったのだ!


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― 新着の感想 ―
[良い点] >「二分の一の確率ですか?……わかりました。当然やります。ご協力賜りますようお願い致します」 まあやるよね 即決すばらしい、イケメンだよ結木さん [気になる点] 結木さん……あんたかわい…
[一言] 結木さん……!( ˘ω˘ ) まあ、前も言いましたけど、男という生き物は自己犠牲がカッコイイと思ってる節がありますからねw 遺された人のことはさして考えず、平気でああいう選択をしてしまうんで…
[良い点] 50%に自分の命を賭けおってからに!! まじかよ! でも賭けなかったら自分が100%死ぬか、愛する人が自分を守るために死ぬかしかないもんなぁ。 ふたりで老衰まで生きられる可能性がそれだけあ…
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