12 対峙①
ハッとしたように顔を上げ、明生は、何故か眩しそうに結木を見た。
「お前……結木草仁、か?公園で見た時と、ちょっと違って見えるな」
結木はかすかに苦く笑う。
「そうですか?多分ここが小波で、ボクが今、クサのツカサとして本気モードやからでしょう。もっともボク個人の気分としてはあんまり変わっていませんよ、公園で樹木医の仕事している時も、今も」
明生はむっとしたように上目遣いで結木をにらんだ。
「なんだよ、本気モードって。ゲームじゃねえんだぞ」
「まったくですね。ゲームやったらリセット利きますけど、これはリセット利きません。ガチの一発勝負です」
どこか気合いの抜けた、いかにも結木らしい受け答えだったが、明生は苛立ってきたらしい。
「てめえ、ふざけてんのか?オレがガキだからって甘くみてたら痛い目に合うぞ、おっさん」
「はあ、まあ、おっさんはおっさんですけどね、明生さん。明生さんは確か、るりさんと六つ違いのおにいさんなんですよね?ボクは今年の八月で三十一ですから、明生さんとボクはそない年齢変わらんのとちゃいますか?」
け、と明生は吐き捨てる。
「オレは生身の人間じゃねえ。醜く老いさらばえるあんたとは違って、永遠に若いままなんだよ!」
ふっと結木の面が陰る。
「それは……辛いですねえ」
「はあ?」
苛立ちも露わに問い直す明生へ、結木は哀しそうに眉を寄せる。
「いやその、永遠に若いんですか?……シンドイ話ですねえ。若いってのはエエこともいっぱいありますけど、おんなじくらいシンドイことも多いですから。ボクは十代の頃、けっこうシンドイ思いをして過ごしてきましたから、トシ取ってからの方が呼吸が楽になりましてね。もう一回十代やるかと神様に聞かれても、いえ結構ですって答えそうですから」
「……あんたの個人的な話はどうでもいいんだよっ!」
明生は吠える。
「るりを出せ、この人さらい!ロリコン!詐欺師!」
「おにいちゃん!」
思わずるりは叫んだ。はっとしたように明生の視線がるりへ向いた。
よろめきながら野崎の敷地へ入ってきた明生の姿を見た瞬間、るりは強く胸が締め付けられた。
見上げるように背が高く、とても頼りがいのある大人っぽい人。
それが、るりにとっての兄の印象だった。
しかし今、眷属たちを失ってよろめくように歩いている彼は、ひどくいたいけで憐れだった。
神経質そうにしかめた眉は、今にも泣き出しそうな感じに震えていた。
乱暴な言葉で罵る声は声変わりしたばかりの少年のものであり、精一杯の強がりが透けて見えた。
(……おにいちゃん)
とても恐ろしい存在だと、深い狂気に囚われている手に負えない存在だと、長くるりは兄のことをそう思ってきた。
(……違う)
彼は、子供だったのだ。
手加減を知らない、寂しい子供だったのだ。
涙がにじんできた。
兄は裏返った声で結木に、るりを出せと詰め寄る。
結木のすぐ隣に立っているるりに、彼は気付かないらしい。思わず呼びかけると、兄は初めて気付いたようにるりを見た。
「……るり?」
彼もるりを、生前の記憶のまま捉えていたらしい。
彼の中では永遠に、るりは八歳の幼女だったのかもしれない。るりが目をふさいでいたことで、御剣である兄の目も曇っていたようだ。
「るり?るりなのか?……本当に?」
「そうだよ、おにいちゃん。るりだよ」
絶句している兄へ、結木が静かに語りかける。
「明生さん。あなたが守ってきた妹さんは、もうすっかり大人の女性に成長してはるんですよ、気ィついてはれへんかったのかもしれませんけど。明生さんが必死で守らなアカン、八歳の女の子やなくなってるんです」
結木は少しつらそうに声を落とした。
「わかりますか?あなたの役目は、ある意味もう必要やなくなってるんです。あなたが守らな生きていけん、小さい女の子はもうおらんのですよ」
結木はひとつ、大きなため息をついた。
「今まで必死にるりさんを守ってきはったんやろうけど。これ以上の守護は過剰なんです。妹さんは……大人になりはったんですから」




