8 作戦会議⑦
木霊たちの言葉が本当に思いがけなかったのだろう。大きく目を見開いたまま、結木は硬直していた。
ややあって徐々に目を落とし、しばらく何か考えるようにうつむいていたが、彼の顔から突然、表情がなくなった。
半眼、といえる状態で、ななめ下辺りのどこか遠くを見つめているのだ。
たとえるなら、遠くから聞こえるかすかな音を是非とも聞き取ろうとしているかのような、不思議な緊張感が全身から発せられている。おそらく今、彼は呼吸すらしていない。
「……結木さん」
何だか怖くなって、小さな声でるりは話しかけた。が、彼は微動だにしなかった。
不意に陽炎のような青白い炎の幻が彼を包んだ。
木霊たちの気配が、一斉にはっとこわばる。
しかし、そこで彼はぐらっと姿勢を崩した。ちゃぶ台に手をつき、肩をゆらすようにして大息をついている。
「無理や。『おみず神事』の時の感じを思い出してみたけど……アッチにはたどり着けんみたいやな」
彼は独り言のようにそう言って、のろのろと額に浮いた汗をぬぐう。
こわばった頬に、大楠は笑みを浮かべた。
「ですが一瞬、オモトノミコトの霊力がこちらへ感じられましたよ。こういうことは意外と形が大事です。『おみず神事』の形をなぞってみられてはいかがでしょうか?」
問うような目をぼんやりと、彼は大楠の気配がする方へ向ける。
「精霊としては天寿をまっとうされたといえ、泉そのものが枯れた訳ではありません。あの頃のように早朝、正装で泉に向かわれて、白木の桶とひしゃくで泉の水を頂戴するのです」
失笑するような歪みが一瞬、結木の口許に浮いたが、彼はすぐに頬を引いて真顔になった。
「無駄や、と思いましたけど。やりもせんと無駄と決めつけるんは愚か者のすることでしょうね。そもそも、出来へん理由をごちゃごちゃ並べて手ェ束ねてられる暇も余裕もありません。可能性がゼロよりコンマ1でも大きいんなら、やってみる価値はありますからね」
大楠は今度は、ふわりと柔らかく笑んだ。
「あなたなら大丈夫ですとも、我が君」
その後、ちょっとした打ち合わせめいたことをぽつぽつと話し合った。
小波の町全体に今、木霊たちが不審なモノが入ってこないよう警戒網を敷いていること、野崎の敷地内は泉の霊力がなくなったとはいえ、古い神社と同じくらいの聖域・神域なので、この中にいればかなり安全であろうことも、主に大楠から説明された。
「それでも、月の御剣が大人しくしているのも2~3日が限界でしょうね。今この時も月の御剣にすれば、我々全員を焼き滅ぼしたいくらい腹が立っているでしょうから。そうしないただひとつの理由は、我々のそばに巫女姫がいらっしゃるからでしょうし」
ナンフウはため息をついた。
「難儀なにーちゃんやな」
「ご、ごめんなさい……」
思わずるりが謝ると、ナンフウはちょっとうろたえたような顔を向けた。
「ねーさんは悪ないやん。難儀なんは御剣のにーちゃんやし」
「でも、私のせいで結木さんや皆さんにご迷惑を……」
もぞもぞそう言うるりへ、神崎さん、と、結木が声をかけた。そちらを向くと、彼はふわりと、初めて会った時と同じ柔らかな笑みを浮かべた。
「誰が悪いとか迷惑とか、考えるんはやめましょうよ。大体、神崎さんに無理矢理ここまで来てもらったんは我々です。迷惑やったら我々も、十二分に神崎さんにかけてますし」
「で、でも。元をたどれば……」
「ああ、ソレも言いっこなしでいきましょう」
結木は明るく笑った。
「ごめんとかスミマセンとか、言いたなりますけどやめましょう。落ち着くべきところに落ち着いてから、あん時はごめんなさい、いえいえこちらこそスミマセンでしたと思う存分言い合いましょう。言い合えるように……今は一緒に、戦って下さい」
色々な思いが湧き上がったが、最終的にるりは笑みを作ってうなずいた。
「……はい」
『おみず神事』をなぞるのは近々、で話はまとまった。
必要なものの用意があれこれあるので、明日の朝すぐにはさすがに無理らしい。
「まず野崎さんに、『おみず神事』で使ってた道具が今も手に入るか、聞いてきます。手に入らんかったらそれに近いものを探す必要もありますし。それから、神事には正装で望むんが決まりでしたから、自宅からそういうのを取ってきます。お疲れになったでしょう、神崎さん、今日はもう休んで下さい」
そーじんのボディーガードには俺がついてくから心配いらんで、と、るりが言うより先にナンフウが言い、パチンと片眼をつむった。
ウインクが嫌味でないなんてつくづく日本人離れしているとるりは思い、考えてみれば棕櫚は元々日本の木ではなかったと思い直し、軽く笑う。
「では、ちょっと行ってきます」
「またな、ねーさん」
大楠と遥もるりへ挨拶をし、帰っていった。




