8 作戦会議⑥
結木はさすがにぎょっとした。
「いや、それこそ無茶やろ。御剣さん本人とは違うけど、相手はエエ死に方してない怨霊やぞ。お前は確かに昔から、あきれるほど喧嘩強かったけどやな、所詮中学生レベルでは、や。俺の左眉に傷をつけやがった、スプラッタさんみたいな剣呑な奴が複数おるんやぞ」
ナンフウは不敵に笑う。
「それがナンボのモンじゃ。コッチかって昔みたいに中坊やないで。『旧波多野邸の大和棕櫚』さまをなめんな。十年経ったら十年分、パワーアップしてるっちゅうねん」
絶句している結木へ、ナンフウは真顔になって言った。
「まあ正直、無傷では済まんと思う。でもその場合は樹木医の結木先生が、オレの本体のリカバリー、やってくれるやろ?」
結木は一瞬、息を呑んだ。血の気が引いて額に脂汗が浮いたが、大きく息をついて軽く目を閉じた後、
「わかった。全力を尽くす」
と、静かに答えた。ナンフウはへらっと笑う。
「おう。頼むで。なんやねん、悲壮な顔すんなや。オレはしぶといから簡単にやられへんし、万一の場合は結木先生の腕、信じてるし。気楽にいこ」
そう言って彼はグラスに触れた。
グラスの水は一瞬で空になっていた。
「そうやって、遥くんとナンフウくんが眷属を鎮めたり散らしたりしてくれても……」
大楠が口を開く。
「御剣から、完全に眷属や邪気を取り除くのは難しいでしょう。そこで私が、かつて独学で学んだ神道の作法で浄化を試みます。出来る限り彼から、不浄な気や邪悪な念を取り除いて……」
「あ」
るりは思い付き、立ち上がってさっき書き出した紙を持ってきた。
「これ、もしかしたらお役に立ちますか?」
ちゃぶ台の上に乗せた紙を、彼は軽く引き寄せる。
「『その本性明き者、明き方へと生命を伸ばす者』であれかし……巫女姫、これは?」
首を傾げる大楠へ、るりは言う。
「さっき夢の中で聞いた、両親が言っていた言葉です。兄……明生の、名前の由来といいますか込めた願いといいますか、そういうものだと思います」
大楠は大きく目を見張り、一瞬だったが、ぽかんと口を開けた。
「本当ですか?だとしたら……これは大きなアドヴァンスですよ、巫女姫」
意味がわからず、今度はるりが首を傾げた。
「ここに書かれているのは、月の御剣である巫女姫の兄上の、真名でしょう?今は昔ほどは、名に深い意味が籠っていると考えられていませんが、それでも名というのはやはり特別なもので、本人そのものとも言えるんです。名の意味するところまでこちらが把握したとすれば、彼を『神崎明生』の状態にするのが、ずっと容易になりました」
大楠は喜んでいるが、やはりるりにはピンとこなかった。曖昧に笑い
「お役に立つなら、使って下さい」
とだけ彼女は言った。お預かりします、と、大楠は大事そうに紙を折って胸ポケットへしまった。
そしてグラスの中の残りの水を摂ると、大楠は再び真顔になって結木を見た。
「そしてもう一つのご提案ですが。草仁さんに、オモトノミコトとツナギを取っていただくことです」
「そこ、ですよねえ」
結木は大きくため息をついた。
「どう考えても無理がありますけど、そこをクリアせんとすべてが無駄になりますよね。全員殺される最悪のバッドエンド・デッドエンドですよね、マジで。大楠先生はあちらの公園で、ボクやったらツナギが取れる、みたいなこと言うてはりましたけど、ホンマですか?」
「もちろんです」
大楠はごく真面目に言う。
「逆に言えば、あなた以外にこの国で、オモトノミコトとツナギが取れる方はいないでしょう。何しろ、あなたご自身がオモトノミコトでいらっしゃるようなものですから」
「はあ?」
結木は、それこそ鳩が豆鉄砲を食ったような、真ん丸な目になった。
「もう一度言いましょうか?今現在の小波の、水脈と水脈に繋がる草木はあなたを主と仰いでいるのですよ。私があなたを我が君とお呼びするのには、それ相応の理由があるのです。あなたがお望みなので、普段は昔と同じように『草仁さん』とお呼びしています。ですが、正式にあなたをお呼びする場合は『オモトノミコト』とお呼びするべきなのです」
「そういうことやな」
ナンフウがうなずく。
「お前個人はただのおマヌケ、ただの天然でムッツリスケベな男やけど……」
「おいこら。お前、ドサクサまぎれに無茶苦茶言てるやろ」
かすかに赤くなりながら結木は抗議したが、意外にもナンフウは真面目だった。
「そういう、表面というか個人としてのお前やなくて。お前の、芯……魂ってやつが、オモトノミコトと強く深く、繋がってるねん。この辺のことは草木には一瞥でわかることやねんけど、人間には自覚しにくい部分やろうとは思う。普段は自覚してやんでも別に困らへんから、オレ等もそのままにしてきたんやけどな、事ここに至ったら、自覚してもらわなどうもならん」
「草仁さん」
遥が思い切ったように言う。
「僕が草仁さんの永遠の後輩としてついてゆくと決めたのも、草仁さんが我々の主になられる方なのだと直感でわかったからなんです。言うまでもない、あまりにも当たり前のことでしたから、今まで僕、言いませんでしたけど」
遥は一生懸命、視線の合わない結木の目を見て言った。
「あなたは、オモトノミコトなんです」
「オモトノミコトの、力の一部。正しくはそう表現するべきでしょうが」
まとめるように大楠が口をはさんだ。
「一部であっても、あなたがオモトノミコトでいらっしゃる事実はゆらぎません……我が君」




