8 作戦会議④
「……なるほど」
絶句しているるりの隣で結木は、ため息まじりに言った。
「色々と腑に落ちました。要するに御剣さんにとって結木草仁は、『幼い妹に手ェ出すロリコン男』やなくて『他人の女に手ェ出す最低男』……そういう認識な訳ですね」
ふふ、と彼は低く笑った。
「いや、お陰でごにょごにょしてた部分がスキっとしました。御剣さん、つまりお兄さん的には、神崎さんに近付く男は皆ロリコン男に見えとるんやないかと思ってたんですよ。それやったら身内として怒り狂うんも当然やと思いますし」
一度言葉を切り、彼はゆのみに手を伸ばす。白湯を一口飲み、眉間にしわを寄せて続ける。
「そもそも、彼が一番最初にヒトとしての規を超えたきっかけがそれですからね、思考がそこに凝り固まってて、結果、数々の罪を犯したんやないかって。だから正直、ちょっと日和ってた部分があったんですよ。彼が、妹さんはもう大人やと理解したら正気に返るんやないか、あわよくば妹さんのBFやと認めてもらえるかもと思わんでもなかった……」
「甘いな、甘々や」
ナンフウが顔をしかめながら鋭く口をはさむ。結木はナンフウのいる辺りへ視線を向けた。
「まあな。でもまさか、鏡と剣がそういう関係やとは思わんやろ?俺は現代人やねんから、同母やろうが異母やろうが、妹を妻として見てるとは思わんで。正しく妹として、御剣さんは守ってはるんやと思うやんか」
「そりゃま、知らんかったらそう思うわな。それでも甘々には違いないけど」
「ちょ、ちょっと待ってください」
るりは結木とナンフウの会話に割って入る。
「あの。御剣は兄です。私は兄だとしか思ったことありませんし、あちらも妹としか思っていない筈です」
大楠が困ったように、巫女姫、と声をかけてくる。
「実際がどうということではなくて、霊的な契り……契約、と言った方がわかりやすいかもしれませんね。鏡は剣を従え、剣は鏡に従うというこの契約は、互いが一心同体、比翼連理、つまり妹背であるという契約なのです。あくまで霊的な契約で、現世的な意味とはずれてきますが」
「でもこの場合、鏡は独り身を貫くのですよね」
おずおず、という感じで遥が大楠へ問う。
「だったら、やっぱり夫婦だって認識を持ってるんじゃないでしょうか?」
「同感ですね」
結木は言う。
「狂ってしまってるからやと、最初は思ってましたけど。考えたら彼のやり様はえげつないんですよね。神崎さんに無理矢理言い寄る男をぶち殺すんは、ま、百歩譲ってわからんことないにしても。ちょっと親しくなった、それも仕事する上で親しいだけの男まで問答無用にぶち殺すんは、なんぼ何でもやり過ぎやなあって。幼い妹を守ってる健気なお兄ちゃんというより、ヤンデレのストーカーに近いにおいがするなあって。あ……スミマセン、神崎さん」
言い過ぎたと思ったのか、結木は少々ばつの悪そうな顔でるりへ頭を下げた。
「神崎さんにはきつい言い方になってしまいますけど、そんな印象、なくもなかったんです」
(ヤンデレの、ストーカー……)
思いがけないワードだったが、何故かすとんとるりの腑に落ちた。
「ヤンデレのストーカーにしろ、妹守ってるつもりの健気なお兄ちゃんにせよ。一番最初にやるべきことは、彼個人の素の状態に戻すことやないかと思うんです」
大楠の問うような気配へ結木は答える。
「彼は今、自分が殺した者を眷属化して従えてます。さっき神崎さんが『膨れ上がる』みたいな表現をしてはりましたが、剣を取り巻く眷属たちが、いわゆる『膨れ上がる』っちゅう状態やないかと思ったんです。どうですか、神崎さん?」
問われ、るりはうろたえる。
「あ、あの。よく、わかりません。でもその……」
るりは思わず顔をしかめる。
『膨れ上がる』という言葉の中から、不快というか嫌悪というか、そんな感情が自然とわき出てくるのだ。
「あの状態が月の御剣として普通じゃない、そんな気はします。御剣は確かに、月の氏族最強の戦士で、ある意味、兵器かもしれません……」
るり自身知らない筈の記憶が、胸の奥から湧いてくる。
「でも、御剣自身が私情で誰かを祟ったりはしません。鏡の意志を……」
るりは思わず言葉を止めた。
唐突に、頭をキリで差すような痛みが走った。ちゃぶ台に肘をつき、額を押さえてざくざくと脈打つような痛みを、るりはこらえた。
「神崎さん?」
「巫女姫!ねーさん!」
「ど、どうしたんですか?」
声が飛び交う。大丈夫だと言いたかったが、頭痛がひどくてものも言えない。
失礼、と断わると、大楠が近付いてきた。
彼がそっとるりの頭へ手をかざすと、すうっといい香りがした。
ゆっくり、徐々に痛みが引いてきた。痛みでぎゅっとつぶっていた目を開け、そろそろ頭を上げる。心配そうにこちらを見ている、結木と木霊たちの目があった。
「すみません。大丈夫です」
るりがそう言うと、ようやく少しだけ一同の表情がゆるんだ。
「よくわかりませんが……」
すぐそばにいる大楠が、そっと言う。
「巫女姫の中に、強烈な緊張感……みたいなものがありますね」
「は?緊張…感?」
それこそよくわからない。首を傾げるるりへ、大楠は苦笑いを向ける。
「ええ。そこは決して触れてはならない、という感じの、すさまじい緊張感です」
(触れては……ならない?)
触れてはならない、ものなど思い付かない。正直まったくわからない。わからないが……大楠の言葉に、意味もなく胸が騒いだ。
不安に目を泳がせるるりへ、大楠があえてのようにのんびりとした笑みを向けた。
「少なくとも、血に潜む記憶はあまり一度に辿らない方がいいのかもしれませんね。お身体にもお心にも、やはり負担をかけてしまいましょうから」




