表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/79

7 主のテリトリー④

 その辺で結木は、さすがに今日ここへ来た理由を思い出したらしい。頬を引くとこう言った。

「ああ、おしゃべりはこの辺にしとこ。今日来たんは、実は遥くんに頼みたいことがあるからやねん」

 遥はさらに生真面目な顔になると、重々しくうなずいた。

「はい。大楠先生から伺いました。祟り神になってしまった月の御剣の呪いを、草仁さんは受けてしまわれたそうですね」

「そう。これがなかなかおっかないお方でな。ここ……」

 彼は軽く前髪をかき上げ、遥に傷を見せる。

「そのおっかないお方の眷属に、昨日やられてしもてな。神崎さんやナンフウが助けてくれたお陰で、なんとか昨日中に散らせたっちゅうか退けたっちゅうか、そんな感じやねんけど」

 遥がやや青ざめる。

「え?そんな、草仁さんでさえ持て余す相手が、月の御剣の眷属なんですか?」

 結木は苦笑気味に言葉を続けた。

「クサのツカサやなんや()うても、基本ただの人間やし。この傷をつけやがった相手は、いくら子分みたいな奴や言うても怨霊は怨霊やからな。あのお方は怨霊の子分を、これまた沢山(ようさん)引き連れてはってなァ。難儀(なんぎ)なお方やねん。そんな訳やから一人ではどうすることも出来ん状態で。情けないけど、大楠先生やナンフウや、君にもサポートお願いしたいなあと……」

 遥は深くうなずいた。

「僕に何が出来るのか全然わかりませんけど、出来る限りのことはします」

 結木はふわっと笑んだ。

「君にしか出来んことがあるからぜひお願いしたいって、朝方ナンフウが様子をうかがいに来た時に、大楠先生がそう()うてはったって、聞いたで。落葉樹にしか出来へん、所謂『子守歌』があるって」

 遥は軽く戸惑った顔をした。

「『子守歌』ですか?確かにありますけど、それと怨霊退治、関係あるのかなァ」

「ようわからんけど、大楠先生がそう言うてはるんやし、関係あるんやない?一回その辺の作戦を詰めたいと思ってるねん。でも野崎の敷地に君とツナギが取れるメタセコイヤはいてへん。2~3日でかまわんから、君が野崎の敷地へ来れるようにしたいんやけど」

 遥は笑んでうなずいた。

「それなら僕の足元にいる、今年芽吹いた苗を1~2本、野崎邸の敷地に植えて下さい。自家受粉した子ですから僕自身と言えますし。あちらで根付く可能性は薄いでしょうけど、2~3日から1週間くらいはそれで行き来できるはずです」

 結木はうなずき、しゃがんで作業し始めた。キャンバス地の丈夫そうな手提げを持っているとは思っていたが、この作業の為だったのかとるりは納得した。そこはわかったが……。

「あ、あのう。遥…くん?」

 るりが話しかけると遥は緊張した顔で、はい何でしょうかとしゃちこばった。

「あ、そんな緊張しないで。ちょっと訊きたいだけだから。えっと、自家受粉した子ですから僕自身……って、今言ったよね?」

「はい」

「あの、それってどういう意味?」

 遥は首を傾げる。

「どう……って。文字通りです。自家受粉して種になり、発芽した芽や苗は僕自身です。発芽して30年から50年くらいしたら、僕であって僕じゃなくなりますけどやっぱり僕ですから、つながりは他のメタセコイヤより強いんです」

「……えっと、ごめんなさい。難しすぎてよくわからないわ。何て言うのか、すごく哲学的ね」

 しゃがんで作業していた結木が突然、あはははは、と笑った。

「いやいや神崎さん。木霊と自我について語るのは無茶ですよ。彼らの自我と我々の自我は、在り様がまったく違うんですから」

 正直、ボクも未だにようわかりません、と結木が言ったので、るりは理解をあきらめた。


 結木は、遥自身であるらしいメタセコイヤの儚い苗木を丁寧に掘り出し、傷まないように根を包み、そっとキャンバスのバッグに入れた。

「じゃあ、遥くん。また後で野崎邸で」

「はい。伺います」

 やはりきちんと目が合わないまま、結木は遥に背を向けた。

 2~3歩進み、ふとるりはふり返った。

 寂しそうな目で結木を見送っている遥と、一瞬、目が合った。

 彼は泣き笑いに似た感じに顔を歪めた後、綺麗なほほ笑みを浮かべてるりへ会釈した。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ