7 主のテリトリー③
結木に促され、るりは高校の敷地を進む。
中庭にいるメタセコイヤが、結木の古くからの知り合いなのだそうだ。
「ここに入学してからの付き合いですから、大楠先生やナンフウのボケに比べたら付き合いそのものは短いですけど、いい子ですよ。と言うても、たぶん樹齢はそろそろ100歳になるんやないかっちゅう、大樹です。中庭には他にもメタセコイヤの木はありますけど、彼はここの最年長です。創立の頃に、若木の状態で植えられたんやそうです……あ、あれです」
指し示す方向に、見事なメタセコイヤの大樹があった。ゆっくり近付くと、幹の陰から制服姿の少年が現れた。一瞬、この学校の生徒かと思った。しかしこの少年こそがメタセコイヤの木霊なのだ。
「草仁さん!」
どことなくボーイソプラノの名残りがある、高めの声。
るりの髪色に近い、茶色がかった少し癖のある柔らかそうな髪。色が白く、繊細ですっきりとした目鼻立ちの、上品な美少年だった。夢の中で結木が着ていたこの学校の制服をきちんと身に着け、姿勢良く立っている。
前にテレビで見た、ウィーン少年合唱団の団員みたいな子だなとるりは思った。
「お久しぶりです、草仁さん!」
「お久しぶり、遥くん」
ほほ笑む結木と『遥』と呼ばれたメタセコイヤの木霊とは、やはりちゃんと目が合わない。それがるりは哀しかった。
「まずは紹介させてもらうよ。こちらは神崎るりさん。月夜見命を氏神に持つ氏族の直系に当たられる、神鏡の巫女姫と呼ぶべきお方や」
少年はこわばったような生真面目な顔で会釈した。
「はじめまして、神鏡の巫女姫。僕はメタセコイヤの木霊で、遥と呼ばれています。僕は草仁さんがこちらへ入学された時に、永遠の後輩としてこの方へついてゆくと決め、ぜひお側でお役に立ちたいとヒトの姿になりました。ふつつかものですが、今後ともよろしくお願いします!」
90度の礼。
見かけは少女漫画に出てくるような王道の王子様タイプだが、中々どうして、中身は硬派な体育会系の木霊らしい。軽く圧倒されつつ、るりは答えた。
「よ、よろしく……神崎です。あの。もっとその、気楽にして下さいね。ナンフウさんは私をねーさんと呼んでますし、あなたもそんな感じでいいんですよ?」
遥少年はしかし、ぶんぶんと音がしそうなくらいの勢いで首を振った。
「そんな、ナンフウさんと同じには。あの方は僕よりずっと先輩で、昔から色々とお世話になってきたんです。あの方がねーさんとお呼びするからって、僕までそんな風にお呼びする訳には」
結木が笑い出した。
「お世話は君の方がしてるんやないのん?昔、あいつがたらたらしとる間ァに、君がササッと色々やってるのん、ちょいちょい見かけたで?」
「いえ、そういう雑用は後輩の義務ですから」
あくまでも生真面目に答える遥は、ちょっとかわいい。
どうも彼は、本人が至って真面目なところが逆に愛嬌になるタイプらしい。
「神崎さん」
目許が笑ったまま、結木はるりを振り返った。
「素直で一生懸命で、かわいいでしょう?彼。ボクが最後にヒトとしての彼を見たのんは、小学校の高学年くらいの少年でした。十一、二歳って言うか。今の彼はどんな感じですか?」
るりは改めて遥を見た。るりと目が合うと、遥はみるみる赤面した。
耳のふちまで真っ赤にして、おどおどと彼は目を伏せた。かなりの恥ずかしがり屋さんのようだ。
「茶色っぽい柔らかな癖ッ毛で(結木はうなずく)、色白で、繊細な感じの顔立ちの、王子様みたいな典型的な美少年です(再び結木はうなずく)。私が見る限り、彼は十四から十五、六歳くらい、中学生か高校一年生……くらいに見えますね」
「え?」
彼は初めて意外そうな顔をしたが、すぐに合点したのかうなずく。
「多分、こちらの制服じゃないでしょうか?黒のブレザーにスラックスを着てらっしゃいますよ。中は白いカッターシャツで、臙脂のネクタイを締めています」
「ああ、確かにそれはここの標準服ですね」
「僕、津田高の標準服に憧れていたんです」
はにかみながら遥は言う。
「入学式で初めて草仁さんにお会いした時、標準服がすごくよく似合ってらっしゃって。なんてカッコいいツカサ殿なのかと感動したんです(あー、彼の目にはそう見えるそうです、一般は違います、とか何とか、結木は後ろでもぞもぞ言っているが遥は気にしない)。僕も着たかったんですけど、当時僕はまだ子供で、高校の標準服を着ても七五三みたいになってしまったんです。最近になってやっと違和感がなくなってきたんで、今日は着用してみました。……あの。似合ってますか?巫女姫」
こわごわ、というような雰囲気で遥はるりをうかがう。るりは笑んで、
「もちろん。とても似合ってらっしゃいますよ。最初にお会いした時、ウィーン少年合唱団の団員さんみたいだって思ったくらい」
と言った。ああなるほど、と、結木はうなずく。
「あの王子様フェイスが成長して、カチッとした高校生の服装したら……そんな感じになるでしょうね」
ふっ、と一瞬、結木の瞳が陰った。
見てみたいなァ、と、半ば無意識に彼はつぶやいていた。




