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6 戦闘開始⑥

 敷地をしばらく進むと、急に

「そーじん」

 と、ぞんざいに話しかけてくる声がした。結木は立ち止まり、声がした辺りへ目をやった。

「おかえり。ナンやお前、どないしてん、その左眉の上のド派手な傷。エラい男前になったなあ」

「ほっとけ」

 結木の方も、今までになくぞんざいな口調で返す。

「別に男前になりとうてなったん(ちゃ)うわ。とんでもなくおっかないお方の子分に、喧嘩売られてしもたんや」

「ああ。話は大楠先生から聞いてる。ソッチの別嬪さんが神鏡の巫女姫やな?」

 言葉と共に木の陰から、ひょろりとした青年が現れた。青年と言っても結木よりはかなり年下の、どことなく少年のにおいが残るまだ二十歳(はたち)にはなっていなさそうな青年だ。

 黒い長そでTシャツの上に茶色と焦げ茶のカモフラのベスト、焦げ茶のカーゴパンツといういでたち。

 浅黒い顔の中に描いたようにくっきりとした二重まぶた、大ぶりの鼻と唇というはっきりとした目鼻立ちの、南国の血を感じさせるエキゾチックな容貌の青年だ。

 青年はるりと目が合うと、にやっと笑った。

「よう。はじめまして。遠路はるばるお疲れさん、巫女姫のねーさん。俺はナンフウ。そーじんとは昔からツレやねん。よろしく」

「よ、よろしく……」

 気圧されたようにるりは答えた。

 無礼なまでになれなれしいと言えなくもない態度だったが、不思議と嫌な印象はない。

 木霊たちや野崎氏に、やたらと丁寧な応対をされてきた反動なのかもしれないが、かえってホッとしたくらいだ。

「こら」

 結木は少し眉をひそめる。

「なんやねんお前は。遠慮とか礼儀とか知らんのんか?初対面の人になれなれしいなぁ」

「うるさいワ、おっさん。俺はちゃんと、はじめましてとかお疲れさんとか()うたぞ。あ、わかった。お前、妬いてるんやろ?俺は、自分で言うのもナンやけどイケメンやからなァ。神鏡の巫女姫を盗られるんやないかと……」

 アホか、と結木がため息まじりに言う。

「木霊相手に誰が妬くか。おまけにイケメンやとか、よう言うなあ。お前は電信柱みたいに背ェ高いんだけが取り柄の和棕櫚やないか。背ェ高かったらイケメンやとでも(おも)てんのか?」

 ナンフウ、と名乗った青年はるりの目を見てもう一度ニヤッとする。

「神鏡の巫女姫にはヒトとしての俺の姿、見えてるみたいやぞ」

 結木がはっとした顔でるりを振り向いた。

「え?あ?あ…ああ、そうやった。神崎さんには見えるんやった」

「巫女姫のねーさん。この頭の固いおっさんに、俺の見た目を説明したってくれや」

 るりは結木とナンフウを交互に見て、そろっと口を開く。

(ナンフウ、さん、が木霊?木霊になんて見えないんだけど)

 大楠の時と同じように、るりには彼の息遣いすら感じられる。でも、そういえば大楠の時と同じように、結木の視線はナンフウの顔と微妙にずれたところをさまよっている状態だ。

「あの。ナンフウ、さん、で良いんでしょうか?ナンフウさんは背の高い、目鼻立ちのはっきりした、南国風って感じのちょっとエキゾチックな……」

「イケメン、やろ?」

「お前は黙っとれ」

 間髪入れない漫才コンビのような掛け合いをする結木とナンフウに、ここはやっぱり大阪なんだなと、るりは妙な感心をした。

「え、ええ。イケメン、ですね(無理に言わせるな、と、結木が小声でナンフウへツッコむ)。年齢は二十歳前くらいで、黒いTシャツの上にカモフラ模様のベストとカーゴパンツ、あ、色合いはどっちも焦げ茶ですね。足元はスニーカー……って、ゆ、結木さん?」

 結木が不意に姿勢を崩したので、るりは慌てた。

「ああいえ。なんでもないです」

 結木はすぐに姿勢を戻したが、声に少し湿り気があった。

「焦げ茶の、カモフラのベストとカーゴパンツはあいつの気に入りの服でした。未だに着てるのんか、物持ちのエエ奴め」

 悪態をつくように彼は言ったが、何とも言えない親しみと寂しさのにじむ声だった。

「やかまし。ほっとけや」

 ナンフウが憎まれ口をたたいたところで

「……どうなさいました?」

 と、かなり先まで行っていた野崎氏が、訝し気に戻って来た。

「ああ、すみません。実はナンフウがちょっかいかけてきて……」

 ああ、と野崎氏は合点したようにうなずいた。

「残念ながら私には聞き取れませんが。草仁さんには彼らの声が聞こえるんでしたね」

 寂しそうにかすかに笑むと、野崎氏はナンフウがいる辺りに軽く会釈した。

「彼は元気ですか?彼の本体は元気そうですけど、ヒトとしての彼と話が出来ないのは、やっぱり寂しいですね」

 そう言うと彼は、結木とるりへ目顔で先へ進むように促した。

「またな、ねーさん」

 背中越しに聞こえるナンフウの声が、何となく寂しげだった。


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