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5 草原の夢の続き④

 その朝。

 るりはいつもよりかなり早く、職場へ向かった。


 結木は昨日、いったん宿泊先に帰って汗を流し、いつでもあちらを引き上げられるように片付けてから公園に戻ると言っていた。

「車にはフィールドワーク用の寝袋を積みっぱなしにしてますから、松の木さんの下で寝袋で寝ることにします」

 浮浪者と間違われてお巡りさんに職質されんよう祈ってて下さい、と、彼は冗談半分に笑っていた。

 清々しい朝の空気の中、中央広場へ向かう。

 鳥の鳴く声がのどかに響き、散歩をする年配者がチラホラいた。

 大松の下に黒っぽいものが長々とあった。結木の寝袋だろう。

 気配に気づいたのか、寝袋がもぞもぞ動き、薄手のグレーのスウェットを着た人物が半身を起こした。すでに起きていたらしい。

「おはようございます」

 ハンドタオルで顔をぬぐい、結木は近くにしゃがんだるりへ笑んだ。

 軽い寝ぐせの付いた髪や、うっすら伸びた無精ひげがなんとなくなまめかしい。るりは目を伏せ気味にし、おはようございますと挨拶を返した。

「ボクがあの夢を見るようになったんは、十八か十九、大学生になるかどうかという時期でした」

 当たり前のように彼は話し始める。

「そうしょっちゅう見る訳やないんですけど、ものすごく印象的な夢ですから、最初に見た時から忘れられんようになりました。あの女の子は誰やろう、ナンデあんなにさみしそうなんやろう、それに、ナンデあの黒い靄みたいなんに包まれて、どっか行ってしまうんやろうと……これもそうしょっちゅうやないですけど、折に触れて思ってました」

 るりは黙って結木を見た。

 結木はそこで軽く目を伏せた。

「……あの。朝っぱらから、おまけにこんなイケてない格好でこんなこと言うのもナンですけど」

 思い切ったように彼はるりを見る。

「こちらで一番最初にお会いした時にまず、メッチャ可愛らしい方やなあと思いました。テキパキと段取りよう仕事してはるし、所長さんからの信頼も厚い方やというのが伝わってきました。一緒に松の対策してる時も手際のエエ仕事しはるし、それでいて公園の樹木や花壇の花を大事にしてはるのがようわかりました。感じのエエ人や、もし彼氏いてはれへんのやったらぜひ立候補したい、せやけどこんなに綺麗で仕事もよう出来はる人に、彼氏がおらん訳ないやろうなとあきらめていました」

 結木は照れたように再び目を伏せる。

「でもその人が、あの夢に出て来る女の子やとは思いませんでした。付き合う付き合わんは別として、神崎さんはボクと縁の深い方なんやと思います」

「結木さん……」

 ぼんやり名を呼ぶるりへ、結木はふわりと柔らかく笑んでもう一度るりをきちんと見た。

「もちろん、御剣さんの件をどうにかせんことには、お互い未来がないも同然です、しばらく浮ついたこと()うてられません。でも、御剣さんが鎮まりはったら。ボクと、お付き合いしてもらえませんか?」



 るりのまなかいに、ある日の父の姿が閃いた。

 父は軽く晩酌をするのを日課にしていたが、その日はいつも以上に機嫌が良かったのか、母とのなれそめを語り出したのだ。

 兄がまだ小学生で、るりは幼稚園児だった。

「お父さんとお母さんは、現実で出会うより前に、夢で会ってるんだよ」

 嘘だあ、という兄へ、嘘なもんかと父は唇を尖らせた。

「夢の中でお母さんは、エキゾチックな衣装でゆったりとした異国の踊りを踊っているんだ。亡き恋人を偲ぶ舞だと、何故かお父さんは知っている。踊り子が恋人を失くして悲しんでいることも、ね。でもお父さんは、舞台を見ているただの観客に過ぎないから、悲しんでいる踊り子を慰めることは出来ない。それが悔しくってね……」

 酔っただけでなく、父の顔は桜色に染まっていた。

「伴侶と、現実より先に夢で逢う。ウチの一族にはちょいちょいあることだ。お前たちがもし、印象的な夢を何度も見るようならその夢を大事にしなさい。きっと大事な人に繋がる夢だからね」



「結木さん」

 るりは大きく息を吸い、思い切って、言った。

「……はい。私のような者でよければ」


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