5 草原の夢の続き③
眩しくてあたたかな陽が差す。
そろそろとるりは目を開けた。
「あ……」
風にゆれる、楠のような楢のような葉の群れ。
初夏を思わせる陽の光をはじいて、涼やかな葉擦れの音を響かせている。
幹側を背にるりは、まだ若そうななめらかな枝を見上げる。
(あの木、だ)
近付いてしまった。ほとんど無意識のうちに。力が抜け、ペタンと座り込む。
おひさまのにおいがする柔らかな草の上に座り、しばらくの間ぼんやりとるりは、風にゆれる木漏れ日を見上げていた。
「……来ちゃいけないって、思っていたのに」
思わずつぶやくと
「ナンデですか?」
と、笑みを含んだような柔らかな声が後ろから聞こえた。慌てて振り返る。
結木がいた。
初めて会った日のように紺のスーツを着て、彼は、すっと背を伸ばして立っていた。
風に漆黒の髪を遊ばせ、いつものようにふわりと柔らかく笑む。
「ナンデ来たらアカンのですか?ボクはいつも、来てくれたらエエのにって思っていましたよ」
え?と間の抜けた声が出た。
「夢の中で……ああ、これも夢ですけど、ボクは木になっているんです。ほんで決まってその夢には、ちょっと離れたところに立ち尽くしてるメチャクチャ寂しそうな女の子も出てくるんです。その子はこっち見ながら後ずさりして……最後に見えへんようになるんですよ。……気になりましたけど、ボクは木ィやから動かれへんし物も言えんしで、ずっともどかしい思いをしてました」
彼は本当に幸せそうに、それでいて痛ましそうに、ふわりと笑む。
「あの寂しそうな女の子は、神崎さんやったんですね。そりゃあ……そうですよね。あんなシンドイ秘密、たった一人で抱えて生きてはったんやから」
色々な言葉が胸にあふれ、息苦しいくらいだったが……るりは何も言えなかった。ただ彼を見上げていることしか出来なかった。
結木は静かに膝を折り、るりと視線を合わせた。
「来てくれて、ありがとうございます。情けないけどボクからは行きたくても行けん状態でしたから」
「あ、ありがとう、なんて」
声と同時に涙がにじみ出てくる。
「ありがとうなんて言わないで下さい。私は……死神みたいな女なんですよ?」
「死神みたいなんは、どっちか言うたらお兄さんの方やないですか?それに彼も多分、好き好んで死神みたいになった訳でもないんやないかと……」
「結木さんにはわかりません!」
夢では感情がむき出しになりやすい。
普段のるりなら決してそんな言い方をしないのに、金切り声で結木の優しい言葉を否定する。
「わかりません!絶対わかりません!」
駄々っ子のように首を振り、るりは泣きながらわめいた。
陽の光と熱をいっぱいに吸い込んだ、洗い立てのシーツのような香りがるりを包んだ。はっと言葉と涙を呑む。
「わかりません。多分一生、わからんでしょう」
額にも響いてくる静かな声。スーツの布地と地味な縞のネクタイが、ひどく近い。
「でも一生かけてわかろうとし続けることは……出来るんやないでしょうか?」
るりは何も言えなくなった。身体中から力みが抜ける。
ゆっくり目を閉じ、るりは、おひさまのにおいに包まれながら、ゆっくり意識を手放した。
穏やかな、幼児の頃のような深い眠りの中へおちてゆく。
耳障りなアラームの音が、強引に目覚めさせるまで。




