4 クサのツカサ③
中央広場に着いた。
ここに勤めて長いが、この時間帯の中央広場に来たのはほとんど初めてではないかと思う。
広場内にある灯りの白っぽい光に照らされた大松は日中と違い、恐ろしさと紙一重の神々しさがあった。
結木は幹の下に立つと鞄を置き、すっと姿勢を正した。彼の足元に、幻の青い炎が燃え立つ。
「松の木さん」
もう隠す必要がないからだろう、結木は声を出して松へ話しかけた。
「こんばんは。今朝方はお世話になりました」
そよ風のような淡い光のような、優しい気配がふわっと広がる。
【いいえ。お疲れは出ませんでしたか?】
「ええ。ゆっくり休ませていただきましたから。ありがとうございました。申し訳ないんですけど甘えついでに、今晩もこちらでやすませてもらってかまいませんか?ちょっとその、ゴツいお方に睨まれてしまいましてね」
気配が陰る。
【月の御剣に狙われていらっしゃいますね】
え、と、結木とるりは同時に声を出してしまった。
「月の、御剣?」
「御剣が何か、ご存知なんですか?」
るりと結木が問うと、やや逡巡したような気配がした。
【そちらにいらっしゃる月の鏡たる巫女姫……お力から察するに『神鏡』でいらっしゃる巫女姫は、ご存知ないのでしょうか?】
るりが答えるより早く、結木が答えた。
「この方はお小さい頃にご家族と死に別れ、ご自分の能力のことを何もわからんまま、ずっとご苦労をなさってきたのですよ、松さん」
優しい言葉だった。るりは思わず言葉を詰まらせた。
【ああ……】
ようやく納得したと言いたげな気配が広がる。
【いにしえから続く貴いお血筋の御裔でいらっしゃるのに、何故こんな下働きのような仕事をなさっているのかと思っておりましたが。ご自身のことをわかっていらっしゃらなかったのですね。伝えられている話の通り、剣を従えた月の鏡たる巫女姫でいらっしゃるのに不思議なことだと思っておりました】
結木へ向けられるのと同質の敬意を柔らかく向けられ、るりは戸惑った。
「月の鏡に、月の御剣。それがこの方……神崎さんのお血筋に現われる能力の名前なんでしょうか?」
考えながら結木が問うと、大松は答えた。
【能力というより、お立場と申し上げるべきでしょうか?我々木霊に伝えられている話では、こちらの巫女姫のお血筋……月夜見命の御裔のお血筋のうち、大抵直系に近い方に現われるその世代最高の能力者を『鏡』とお呼びするそうです。鏡には稀に、鏡を守る為に身体を捨てて魂のみになって仕える『剣』が現れるそうです。『剣』を持つほどの『鏡』は大抵、『神鏡』と呼ばれるほどの素晴らしい夢見の力をお持ちだそうです】
一度にいろいろ言われ、るりは混乱した。
同時に何故か、初めて聞いた話じゃない気もして、胸が騒いでならなかった。
結木は少し考え、松へ問う。
「その剣が暴走して、主である鏡の意思を無視して暴れまわることはあるんでしょうか?」
困惑した気配が広がる。
【そこまでは何とも。我々に伝えられている話も断片的ですし。ただ、そちらの巫女姫は目を閉ざしていらっしゃるし、従っている剣からは、ひどく疲れた荒んだ気配を感じていましたので、常々不思議に思っておりました】
(目を……閉ざして?)
その一言に息苦しいほどの胸騒ぎを感じ、思わずるりは心臓を押さえた。
松は話し続ける。
【この辺りの事情は、私などよりもヨシアキの楠の方がずっとお詳しいのではないかと思いますね。あの方は樹齢800年の大樹でいらっしゃいますから、私のような200歳程度の若造とは訳が違います】
「200歳が若造やったら30のボクなんかハナタレもエエとこですね、まあ木霊の皆さんと人間は、感覚が違うのはわかります。いや、色々とご教授ありがとうございました。ちょっと……急ですけどヨシアキの楠と話してみます。この辺で彼とツナギが取れそうな大楠、いてはりますか?」
結木の問いに、松はすぐ答えた。
【それならこの公園の西北の端に、100歳ほどの楠がいますよ。この公園が出来る前から自生していた、数少ない生き残りです。あの子なら喜んでツナギを取ってくれましょう】
100歳で『あの子』なんだ、と、るりはつまらないことに感心していた。
非日常と隣り合って暮らしてきた自分だが、たった今目の前で展開されている非日常は、さすがに初めての経験だ。
結木も思い出したのか、ああ、とうなずいた。
「ああ、確かに。いてはりましたね。仕事に気ィ取られてましたから、あの方には失礼してしまってました。ご挨拶かたがた、お願いしてきます」
結木はるりへ向き直った。
「メシの時間がずれ込みますけど、先程お話したウチの土地で最長老のお方に、ちょっと話を聞いてみましょう。ひょっとすると、ある程度の対策が見えてくるかもしれません」
るりは黙ってうなずいた。
結木は松を見上げ、美しい所作で腰を折った。
「それではまた。後ほどお世話になります」
柔らかな気配がふわりとただよう。
【ええ、どうぞご遠慮なく】




